訓練
私はアリスの部屋に来ている。予定より早く来たのでさっきまで昨日行ってきた遺跡の話をしていたのだ。話を聞いたアリスから返ってきた感想は…
「リズ。あまり危ない事をしないで。一つ間違えたら大怪我をしていたかもしれないのよ。」
ぐふっ!何か突き刺さった。全体的にソフトにして話したとはいえ昨日あった事をそのまま伝えたらそりゃ心配しますよね。初めての遺跡探索で貴重な本が手に入ったという事もあって少し興奮してたみたいですね。聞いたアリスがどう思うかまで配慮できてませんでした。喜んでもらおうと思って話したのに逆に心配させてしまうなんて…。…魔力切れで倒れたなんて言わなくて本当によかった。
「…ごめんなさい。」
「リズ、反省しているならその分気合を入れてわたしに魔術を教えてくれないかしら。五日間でマスターできるぐらいに!」
「い、五日ですか!?」
少し驚きましたが流石に無理だとはアリスも分かっていると思うのでその位本気で取り組みたいと言いたいのでしょう。…しかし何故五日間?
「…分かりました。それじゃあ早速始めましょう!」
まずは座学からじっくり教えたいのですが重要な所だけざっと話して魔力の出し方の訓練に入ります。アリスは魔力が出っぱなしなので正確には自分の意思で魔力を出し入れできるようになる訓練ですね。どちらにしても魔力を感じる事ができるようにならなくてはいけません。これさえできればアリスの持つ固有魔法の細かい制御はまだ無理でもオンオフぐらいはできるようになるはずです。
「魔力は魂から生まれます。集中して己の存在を強く意識して魂を感じる事でそこから生まれる魔力の存在にも気づけるようになります。」
アリスは目を閉じて集中します。おそらく出来るようになるまでしばらくかかるでしょう。私も出来るようになるまで二週間かかりましたからね。
アリスがこの訓練をしている間私はする事がなくなります。マスターのように横から話しかけてアリスの邪魔をするわけにはいきませんし…。
という事で私は異界空間から本を取り出し開きます。昨日遺跡で手に入れた未完成本です。昨日ここに書かれている術式を実際に使って失敗しましたからね。忘れる前に注釈を書き足しておきましょう。この本に書かれている術式達はどうも効果が尖りすぎて他を犠牲にしすぎですね。なんとか調整して普通に使えるように改良する事が出来れば良いのですが…。この本のページも余りまくってますしメモ代わりに使いながら改良してみましょうかね…。
「アリスそろそろ休憩にしましょう。」
ふとアリスに目を向けるとだいぶ集中が乱れてきているように見えたのでそう提案しました。
「でも…まだ全然できるようになってないわ…。」
「そんなにすぐ出来るようにはなりませんよ。」
「…でも…。」
「…集中し続けるのは難しいのでこのまま続けても効率が悪いです。休憩して頭を切り替えましょう。」
アリスはどうも焦っているように感じます。訓練に熱心になるのはいいのですが…この様子だと根を詰めてしまいそうです。今まで苦しんできたみたいですし一日でも早く魔術を習得して固有魔法を制御できるようになりたいということでしょうか?
何かアドバイスでも出来ればいいのですが感覚的な物ではそれも難しいです。
「…わかったわ休憩する。………リズの持っている本は何?」
「さっき話した遺跡で見つけた未完成本ですよ。空白ページの有効活用をしていました。」
「もう一冊の方は?」
「もう一冊の方に手を出すのは古代文字を解読できるようになってからですね。」
そっかぁ~と呟きながらアリスは、ぼふっと自分のベッドに倒れこみます。
「………リズは魔力が出せるようになるまでどの位かかったの?」
「私は二週間かかりましたね。」
「…二週間………そんなに…。」
「まあ、個人差があると思うのでその日数が参考になるかは分かりませんよ。」
「リズ…わたし楽をしたい訳ではないの…。もっとずっと厳しくていいから少しでも早く出来るようにならないかしら…」
「…う~ん…。」
「…あっ…ごめんなさい…教えてくれるだけでも十分なのに…こんな我侭言って…。」
休憩後、訓練を再開したが特に進展はなくその日の訓練は終わりにして私は宿屋に戻った。
ベッドに入りながら一日を振り返る。やはりアリスは焦っているのだろう。それとなく(直球)理由を聞こうとしたのだがはぐらかされてしまった。もっとアリスのやりやすい訓練法とかがあればいいのだけど…。
いつの間にか私は眠りについていたのだった。
「おはようございます!お兄さんいますか。」
次の日の朝、私はアリスの所に行く前にお兄さんの泊まっている宿屋に来ていた。
お兄さんも魔術を使えるので魔力を使えるようになった時のことを聞いて参考にできないかと思ったのだ。
「…わぁ~リズちゃんいらっしゃい!」
「えっ………ひゃぁ…!?」
扉が開いたと思ったらいきなり部屋に引き込まれてマノンさんに正面からヘッドロック…もとい抱きつかれてしまった。…しまった…ここベルさんとマノンさんの部屋だったか…。
「マノン…そろそろ放してあげなさい。………いらっしゃいリズ。イリーに何か用事?呼んでこようか?」
喋れないのでもがいていたらベルさんが注意してくれた。
「………ふぅ…あっはい。お願いします。お兄さんに聞きたい事があるんです。」
マノンさんが後ろから抱きつく形に変えてくれたのでようやく喋れるようになった。…マノンさんは離れる気がないようです。
「おはようリズ。俺に聞きたい事ってなんだ?」
お兄さんが部屋にやってきた。
「はい。今私友達に魔術を教えているのですがうまく魔力の出し入れができないので…お兄さんが魔力を使えるようになった時の事を聞いて参考にできないかなと…。」
「そういう事か…。俺の場合は意識してそれっぽいのを探してたら見つけたってだけだから参考にはならないだろう。そもそもこういうのは個人の感覚だからな…これっといった正解なんてないと思うぞ。」
「それは…そうなんですが…。」
「こればかりはリズちゃんが実際にやってみせる事もできないし個人でどうにかしなきゃいけない事ですよ。」
「そうね…他人の魔力を感じるのは自分の物を感じるよりずっと難易度が高いから…自分の魔力を感じれない人に見せることはできないわ。」
他人の魔力を感じるのが難しいのは自分の魔力と違うからですね。魔力の個人差はわずかな物ですがそれでも大きな壁になっています。なんとか魂のある場所を把握させることができればそこにある力にも気づけると思うのだが…。
………………………でも…。私ならできるんじゃないだろうか?…私の魂は他よりもずっと強大だとマスターも言っていた。私の方が魂を感じとらせ易いのでは…?それに魔力の波長を合わせれば魔力の個人差という問題もないから私の魔力を派手に動かせばすぐに気づけるのではないだろうか?
試してみよう。
「………少し試したい事を思いつきました…皆さん相談に乗ってくれてありがとうございます。」
「ちゃんと相談に乗れたとは思えないが…なにかアイデアが浮かんだみたいだな。」
「リズちゃん、上手くいくといいですね。頑張ってください。」
「…だからマノン、リズを放してあげないと動けないじゃない。」
渋るマノンさんに明日も来る事を伝えてなんとか放してもらい宿屋をあとにする。
「アリス!今日も昨日の続きをしますが少しやり方を変えましょう。」
アリスの部屋に入るとあいさつもそこそこにそう切り出します。
「訓練法を変えるの?」
「はい。ちょっと思いついた事がありまして…。アリスここに座ってください。」
私は部屋にあるベッドに腰掛けてアリスにその隣に座るように言う。
「?…ええ。」
不思議そうにしながらもアリスもベッドに腰掛けた。微妙に距離を開けて座ったので私はその距離を一気に詰めてからアリスを引き寄せて頭を胸に抱きかかえた。
「わっ…ちょっと…リズ!」
「アリスあまり暴れないで下さい。訓練が始められませんよ。」
アリスが落ち着くまでそのまま抑えておく。
「リズ…どういう訓練なのかしらこれは…。」
「だから昨日の続きですよ。変更点は昨日はアリス自身について見つめさせましたが今日はアリスではなく私を感じて下さい。」
アリスの体が硬直する。
「アリス…余計な力が入ってます。もっと力を抜かないと集中できませんよ。」
「誰のせいよ…誰の…。」
何故か下から睨まれたので頭をなでて宥めておく。
しばらくして観念せたのかようやく力を抜いた。そのまま静かにアリスを抱きかかえる。ちなみに頭をなでるのは止めていない。効果は無いと思うが心の中でアリスに私はここに居るぞとアピールしておく。
時たま魔力を内側でうねらせたりしながらしばらく時間が経ったが特に変化がない。………というかこれ…アリス寝てませんか?いやでももし集中している最中だったら声をかけると邪魔をしてしまうことになる。う~ん。もう少しして変化が無いようなら休憩を名目に声をかけよう。…しかし、こう…静かにじっとしていると眠気が………。
「………んっ。」
目をあけるとアリスの顔が見えた。
「あっ…リズ。起きた?」
日はすっかり落ちてしまっており窓から月明かりが入ってきている。私は途中で寝てしまったようだ…不覚。
「リズ…はい、お水よ。」
アリスから水の入ったコップを渡される。
「アリス…ごめんなさい…途中で寝てしまうなんて…。」
「別にかまわないわ………わたしも寝ちゃったし…。それに…リズ。気づかない?」
…何にだろうか?特に何か大きく変わったようには見えないが…。うん…特に何もない…。…何も感じられない…。………………………ずっと垂れ流しだったアリスの魔力を…感じない!?
衝撃で落としそうになったコップを脇に置く。
「アリス…もしかして…!」
「ええ!出来るようになったわよ。魔力の操作!」
おそるおそるアリスに手を伸ばす。アリスの魔力と波長を合わせてはいない。魔力が供給されていないのだからこのまま触っても固有魔法は発動しないはず…。
そして…アリスに触れた。…固有魔法は発動しなかった。
「アリス…これで固有魔法の発動を抑えられますよ。…誰かに触れても傷つける事はないですよ。」
アリスは驚きで目を見開く。理論上はそうだといっても実際確認が取れるまでアリスがぬか喜びにならないように魔力操作で固有魔法のオンオフができる事は教えていなかったのだ。
「…リズ…本当?…わたし…もう誰かを…傷つけたりしない?」
「ええ。今のように魔力を出さなければ大丈夫ですよ。」
アリスの目から涙が零れたと思ったらそれは止まらず次々と出てきた。
「ア、アリス!」
アリスが泣いてしまって私はどうすればいいのか分からなくなる。もっと早く教えた方が良かったのだろうか?
と、アリスが飛び込むように抱きついてきた。私はベッドから上半身を起こしているだけの状態だったので踏ん張りきれずに倒れこむ。
「…リズ………ありが…とう…。」
私はアリスの背中をさすりながらアリスが落ち着くまで待つことにした。
やがてアリスが落ち着いて静かになってきた所で私はまた眠ってしまうのだった。
「…すぅ………すぅ…。」
「(やっぱりアリス寝てるんじゃ………でも何でかアリスを抱いてると安心する………うぅ…眠気が…。)」
※次回の更新は一週間以内を目指します。