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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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9/25

O-8:コーピングは逃げではない

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(連隊本部・廊下)


 昼前。

 隊長は、訓練科事務室から出てきた若い陸曹を見て、少しだけ眉をひそめた。


 手にはペットボトルの水。

 足取りは早いが、顔にははっきり疲労が出ている。


 さっきも見た気がする。

 その前も見た気がする。


「……最近の若いのは、よう席外すなぁ」


 独り言のつもりだったが、背後から即座に返ってきた。


「そうやって全部サボり扱いするから、黙って潰れるんですよ」


 振り返ると、補給科長がいた。


「お前、いきなり刺してくるなや」


「独り言にしとくには雑すぎたんで」


「わしは、勤務中にちょこちょこ席外すのがどうなんやって言うとるだけや」


 補給科長は、隊長の隣に並んで若い陸曹の背中を見た。


「顔見ました?」


「疲れとるな、とは思った」


「でしょうね。

 あの顔で机に縫い付けといて、精度の高い仕事だけ出せは無理でしょう」


「でも勤務中やぞ」


「勤務中ですよ。

 だからこそ、壊れる前に戻すんです」


 隊長は少しだけ嫌そうな顔をした。


「また専門用語が出る流れか?」


「そらそうでしょうね」


「嫌な肯定やな」


「今の話、雑に言うとコーピングです」


「出たな」


「逃げんでください。

 今回は、わりと大事です」


 


(隊長室)


 隊長は、補給科長を向かいの椅子に座らせ、自分も応接セットに腰を下ろした。


「で、コーピングって何や。

 前から聞くには聞くけど、正直、意識高い人が好きそうな言葉にしか聞こえん」


 補給科長は、ほんの少しだけ眉を上げた。


「その理解はだいぶ解像度が低いですね。ガラケーのカメラの方がまだマシなレベルです」


「言い方」


「コーピングって、雑に言うとストレス対処です」


「ストレス対処」


「ええ。

 圧がかかった時に、壊れる前に少し戻す手段のことです」


「……そんなもん、昔はなかったやろ。わしらはそれでもやれてたで?」


「名前がついただけです。

 昔から皆やってますよ」


「例えば?」


「缶コーヒー飲む。

 煙草吸いに行く。

 廊下を歩く。

 トイレで一息つく。

 自販機の前で雑談する。

 水を飲む。

 深呼吸する。

 メモに書き出す。

 人に愚痴る。

 全部、昔からあるでしょう」


「……まあ、あるな」


「あるのに、“コーピング”って横文字がついた瞬間、急に甘えてるって言い出すのが年寄りの面白いところですね」


「言い方」


「でも本質でしょう」


 補給科長は、何でもない顔で続けた。


「コーピングって、仕事から逃げるための行動やないんですよ」


「ほう」


「仕事を続けるために、一回戻すんです」


「戻す?」


「ええ。

 顔が死んだまま続けさせて、確認漏れと誤記だらけの資料を出させる方が、よほど非効率でしょう」


 隊長は少し黙った。


「……それはそうやな」


「一回5分、10分くらいの水分補給や短い離席を惜しんで、半日分の精度を落とす方が損です」


「うわ、現実的やな」


「現場ですからね。実際に各事務所覗いて、みんながどんなコーピングをやっているか見てみましょうか」


「よさそうやな。行ってみるか」


 隊長と補給科長が各事務所を覗いてみるために、隊長室を出ると目の前に補給陸曹がいた。


「科長、すみません。今、よろしいでしょうか?」


 焦った様子で話しかける補給陸曹。だが、いつもより明らかに顔色が悪い。

 資料を持つ手も、少しだけ力んで見える。


「科長、本管中隊から返ってきた備品なんですが……」


 補給科長は資料を受け取る前に、補給陸曹の顔を見た。


「補給陸曹」


「はい」


「今、頭回ってませんね」


 補給陸曹が、一瞬だけ固まった。


「……顔に出てますか」


「顔にも出てますし、資料の揃え方にも出てます。

 今その状態で続けても精度落ちるだけです。

 この件、今すぐ5分10分を争う話ですか?」


「いえ、そこまでは……」


「では、資料を机に置いて、5分だけ外歩いてから私の机まで持ってきてください。時間は空けておきます」


 隊長は思わず口を挟んだ。


「休ませるんか?」


 補給科長は、ちらりと隊長を見た。


「休ませるんやなくて、戻してるんです」


 補給陸曹は少しだけ困ったように笑った。


「……すみません。さっきから本管中隊の方で、数が合わん、書類が違う、いやそっちが悪い、みたいな話が続いてて」


「でしょうね。

 その顔で続けたら、今度は補給科が雑になります。

 5分でいいです。外でも歩いてきてください」


「はい。すみません」


 補給陸曹が去って行くと、隊長はその背中を見たまま言った。


「お前、よう見とるな……」


「管理者なんで」


「便利やな、その言葉」


「便利ですよ。

 管理者が“顔死んでるけど頑張れ”をやり始めたら終わりです」


 


(連隊本部・廊下)


 補給科長は、そのまま歩きながら続けた。


「コーピングで大事なんは2つです」


「今度は2つか」


「たまには減らします」


「さよか」


「1つ、効くこと。

 2つ、被害を広げんことです」


「被害?」


「ええ。

 ストレス対処してるつもりで、周りに被害撒くやつおるでしょう」


 隊長は少し考えてから、嫌そうな顔をした。


「……酒とかか」


「酒、暴食、怒鳴る、八つ当たり、机叩く、黙り込む、運転荒くなる、その辺ですね」


「最後の方、だいぶ嫌やな」


「嫌ですよ。

 でも現実にあるでしょう」


「……あるな」


「だから、ストレス対処してるつもりで他人に被害出してるやつは、コーピングやなくて事故です」


「言い切るなぁ……」


「言い切れます。

 自分を戻すための行動なのに、周りを削ってどうするんです」


 隊長は、少しだけうなずいた。


「じゃあ、ええコーピングって何や」


「人によります」


「そこは人によるんか」


「当たり前でしょう。

 一人で落ち着く人もいれば、少し喋った方が戻る人もいる。

 甘いもんで戻る人もいれば、水だけで十分な人もいる。

 さっきの補給陸曹の場合は、少し外の空気を吸う、ですね。

 だから、管理者はそこを見といた方がいいです」


「そこまでか?」


「そこまでです。

 部下が煮え始めた時に、何させたら少し戻るか知らん上司は弱いです」


「うわ、刺さる……」


「“頑張れ”しか言えんのなら、別に上司じゃなくてもいいでしょう」


「ほんま、お前は容赦ないな」


「仕事なんで」


 


(補給科事務室)


 10分後、補給陸曹が書類を持って科長の席を訪れた。


 さっきより顔色は少しマシだった。


「失礼します。頭冷えました」


「よろしい。

 では、今度は資料を見せてください」


 補給科長は表を受け取ると、ざっと目を通した。


「ええですね。

 どこが未確認で、どこが確定か分かる形にはなってます」


「外歩いて、未確認のまま確定欄に入れかけてたところが見えました」


「でしょうね。

 今の10分で、防げたミスが1個あったわけです」


 補給陸曹は、少しだけ背筋を伸ばした。


「はい」


「こういうのがコーピングです。

 仕事を止めたんやなくて、雑になる前に戻したんです」


 隊長は、それを聞いて少し黙った。


 なるほど。

 サボりではない。

 少なくとも、今のやり取りを見る限りでは、そうだった。


「では、本管中隊との再確認に行ってきます」


「お願いします」


 補給陸曹が出て行くと、隊長は缶コーヒーを見下ろした。


「……さっきの10分、惜しんだら逆に高くついたわけか」


「そういうことです」


「でもなあ、あれを全部許し始めたら、だらけんか?」


 補給科長は、少しだけ呆れた顔をした。


「そこを全部同じに見るから雑なんです」


「また雑って言う」


「雑なんで」


「で、どう違うんや」


「戻るために外してるか、逃げるために外してるか、です」


「見分けつくんか」


「だいたいは」


「だいたいかい」


「万能な上司なんておらんでしょう。

 でも、少なくとも“席外した=サボり”で全部切るよりはマシです」


「……なるほどな」


「あと、コーピングって、弱いやつだけのもんでもないです」


「ほう」


「むしろ、ちゃんと働き続ける人ほど、自分の戻し方を持ってます」


 隊長は、少しだけ目を細めた。


「……そういうもんか」


「そういうもんです。

 気合いだけで保つやつは、だいたいどこかでまとめて折れます」


「嫌な言い方やな」


「でも、経験ありません?」


 隊長はそこで黙った。


 ある。

 だいぶある。


 ずっと平気そうにしていたやつが、ある日急に崩れる。

 その手の話に、見覚えがないわけがなかった。


「……あるな」


「でしょうね」


 しばらく沈黙が落ちた。


「なあ」


「何でしょう」


「じゃあ、コーピングって、弱いやつのための特別措置やないんやな」


「違います。

 壊れんように働くための技術です」


「技術、か」


「ええ。

 気合いも根性も否定しませんよ。

 でも、それだけで全部持たせようとすると、最後に管理職が泣きます」


「なんで管理職が泣くんや」


「潰れた部下の穴埋めと、遅れた仕事と、後から出てくる事故の処理を全部やるの、誰やと思ってるんです」


「……各科長、か」


「やっと分かりましたか。隊長が気合いで部隊を回そうとした場合、我々がその尻を拭く便所紙みたいな仕事せなならんのです」


「腹立つなぁ……」


 補給科長は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「で、こういう話の次に、隊長はだいたいこう言うんですよ」


「なんや」


「“深呼吸とかマインドフルネスって実際どうなんや”って」


 隊長は、少しだけ目を逸らした。


「……言おうと思っとった」


「でしょうね」


「なんで分かるんや」


「浅い理解のまま横文字に飛びつきそうな顔してるんで」


「最後まで言い方が腹立つ」


「でも、ちょうどいいでしょう。

 次はそこです」


 補給科長は立ち上がった。


「では、私は仕事に戻りますんで、隊長室にお帰りください」


「おう」


「今日は、隊長が“席外すやつはサボり”で最後まで押し切らんかったので上出来です」


「評価の仕方が腹立つんやわ!」


 二人の間に、少しだけ乾いた笑いが落ちた。


 コーピング。

 それは、仕事から逃げるための言い訳ではなく、壊れる前に戻すための技術なのかもしれなかった。


 隊長は、手の中の缶コーヒーを見ながら、小さく呟いた。


「……気合いだけで保つやつが、最後にまとめて折れる、か」


 その独り言に返事はなかったが、補給科事務室の奥で補給陸曹に指示を出す補給科長の声は、少しだけ満足そうにも聞こえた。

2026.3.16

全話くらいから、メタな視点を入れてコント形式の解説小説にすることにしました。

2026.3.22全面改稿

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