O-7:採用面接で完成品を探すな
本作はフィクションです。
作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。
なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。
(自販機コーナー)
隊長は、自販機で買ったブラックコーヒーを片手に、ベンチへ腰を下ろした。
午前の執務時間中だというのに、顔は朝礼の時よりよほど厳つい。
「……誰を出すかなぁ」
独り言が漏れる。
採用担当官から、某大学の面接支援の依頼が来ていた。
面接官として、連隊から幹部を一名出してほしい、という話だ。
誰を出すか。
何となく、最初に補給科長の顔が浮かんだ。
仕事はできる。
人も見ている。
話の芯も切れる。
その場の空気や印象だけで評価をぶらしたりもせんやろう。
だが、隊長は数秒でその案を自分で却下した。
「……いや、あいつはあかん」
基準が高すぎる。
某大の受験生に対してまで、
“その理解で幹部候補とか雑です”
“知らんことを知った顔で誤魔化すなら帰ってください”
“理想論は結構ですが、現場の負債にならんことを先に証明してください”
くらいは、平気で言いそうである。
採用ゼロとか出したら洒落にならん。
総務科長は無理だ。
あれ以上仕事を増やしたら、普通に気の毒である。
訓練科長も違う。
優秀なのは間違いないが、受験生が可哀想だ。
質問の意図を理解する前に、次の質問へ飛ぶ未来が見える。
第1中隊長は悪くない。
悪くないが、妙に期待してしまいそうだ。
第4中隊長は熱すぎる。
第5中隊長は、受験生が面接室に入った瞬間に縮み上がる可能性がある。
「……情報科長の方がまだマシか……?」
隊長がそう呟いた時だった。
「こんな所で、偉い人が厳つい顔して唸ってたら、若手はジュース一本買えませんよ」
顔を上げると、補給科長が立っていた。
「心理的安全性をだだ下げして、何を悩んでるんですか」
「お前なぁ……」
「本当でしょう。
若手が“隊長おるから後にしよ”って遠回りし始めたら、無駄な損耗です」
「そこまで威圧しとるつもりはないんやけどな……」
「威圧するつもりがあるかどうかは、受ける側にはあんまり関係ないです」
補給科長はそう言って、自販機で水を一本買った。
「で、何があったんです」
隊長は、観念したように缶コーヒーを一口飲んだ。
「某大の採用面接支援や。
面接官を一人出してくれって話が来とる」
「なるほど」
「総務科長は余力がない。
訓練科長は受験生が可哀想。
お前は基準が高すぎて採用ゼロにしそうで怖い」
補給科長は、ほんの少しだけ眉を上げた。
「最後だけだいぶ失礼ですね」
「でも否定せんやろ」
「まあ、面接で完成品を拾いに行ったら、ゼロに寄るでしょうね」
隊長は、缶コーヒーを持ったまま固まった。
「……やっぱりお前あかんやん」
「だから、その発想が雑なんです」
「何がや」
「面接って、完成品を探す場やと思ってるでしょう」
「違うんか?」
補給科長は、呆れたように息を吐いた。
「今の時代に、そんな贅沢言うてる余裕がどこにあるんです」
「言い方」
「でも本質でしょう」
補給科長は、ベンチの端に立ったまま続けた。
「今は人が足りんのです。
募集担当官だって、採用担当官だって、楽な数字見て仕事してるわけやないでしょう」
「……まあ、そうやな」
「なら、面接官がやるべきなんは
“理想の完成品を見つける”
ことやなくて、
“育成不能な地雷を見落とさん”
ことと、
“育成前提で拾える人間かどうかを見る”
ことです」
隊長は腕を組んだ。
「育成前提、か」
「ええ。
どうせ入れて終わりやないんです。
入れたあと、どこに置いて、誰が育てて、どこまで持っていけるか。
そこまで含めて採用でしょう」
「でもなあ、某大やぞ。
将来、人の上に立つやつを採るんやろ。
やっぱり、優秀そうなやつとか、感じのええやつとか、そういうの見た方がええんちゃうんか」
補給科長は、そこで少しだけ笑った。
「一番面接官に向かんの、隊長ですね」
「いきなり切るなや」
「だってそうでしょう」
「なんでや」
「隊長、理想像が先に立ちすぎるんです。
“こういう幹部であってほしい”
を学生に求め始めたら、現実が見えんようになる」
「……」
「感じがいい。
覇気がある。
目を見て話せる。
志が高い。
結構です。
全部あっても構いません。
でも、それだけで通した人材の後始末を、現場が何年もすることになるんですよ」
隊長は、少しだけ嫌そうな顔になった。
「後始末て」
「現実でしょう。
愛想はいいけど、確認が雑。
真面目そうやけど、分からんことを抱えて黙る。
元気はあるけど、継続してやれるかは怪しい。
そういうの、面接の場では見落としやすいんです」
「……なるほどな」
「だから、面接で見るべきなんは、
“理想の幹部候補っぽく見えるか”
より、
“育成して使えるところまで持っていけるか”
の方です」
隊長は、少し黙ってから聞いた。
「じゃあ、面接官に必要なんは何や」
補給科長は即答した。
「最低限なら三つです」
「また三つか」
「好きなんで」
「知らんがな」
「一つ、理想を押しつけすぎんこと。
二つ、今できることと、育てれば伸びる余地を分けて見ること。
三つ、採った後を現場に丸投げする気満々で判定せんこと」
「最後、だいぶ刺さるな……」
「面接官が
“感じいいから採ろう”
で通して、
現場に
“あとは育てて”
を雑に投げるのが一番よくないでしょう」
「それは……まあ、そうか……」
「採用って、採った瞬間に終わりやないです。
配置、育成、定着まで含めて採用です」
隊長は缶コーヒーを見ながら、ぽつりと言った。
「わし、面接やと“感じの良さ”見てまうな……」
「でしょうね」
「そこはほんま即答やな」
「隊長、善人なんですよ。
だから、“ちゃんとした学生に来てほしい”って思うんでしょう」
「悪いことやないやろ」
「悪くはないです。
でも、善意だけで面接やると、見誤ります」
「……」
「ちなみに私は、一般幹部候補生の面接で、国連憲章第51条について意見を述べろと言われて、
“知らないので、それが何か教えてください”
と答えて通ってます」
隊長は、缶コーヒーを持ったまま止まった。
「……は?」
「知ったかぶって適当なことを並べるより、
知らんことを知らんと言えること。
分からん時に確認を取りに行けること。
そっちの方が、現場ではよほど重要やと判断されたんでしょうね」
「いや、そんなことある?」
「ありますよ。
面接で見られるんは、知識量そのものやなくて、未知への態度です」
「うわぁ……」
「知らんことを誤魔化す人間の方が、現場ではよほど事故ります。
しかもそういうのに限って、自信満々に間違えますからね。
面接官からしたら、あれが一番始末が悪い」
隊長は、嫌そうな顔で缶コーヒーを見た。
「……言い方」
「でも本質でしょう」
「まあ……それは、そうかもしれんけど」
「だから、面接官が見るべきなんは、好感度やなくて、事故の起き方です」
「事故の起き方?」
「ええ。
この学生は、
分からん時に聞けるか。
抱え込んで黙るか。
見栄で完成品ぶるか。
圧がかかった時に雑になるか。
そういう、“崩れ方”を見た方がまだマシです」
「うわ、嫌な見方やな」
「現場はもっと嫌ですよ。
しかも採ってしまったら、嫌でも何年も付き合うんです」
隊長は、思わず吹き出した。
「お前、ほんま夢がないな」
「夢で採って、現場で泣くくらいなら、最初から現実見た方がマシでしょう」
しばらく沈黙が落ちた。
自販機のモーター音だけが、妙に大きく聞こえる。
「……じゃあ、誰を出すのがええと思う」
補給科長は少し考えた。
「情報科長でしょうね」
「やっぱりか」
「ええ。
規則から外れん。
感情でブレにくい。
変に理想論へ飛びにくい。
受験生が萎縮しすぎる可能性も、訓練科長ほどではない」
「お前は」
「私ですか」
「お前、向いとる気はするんや」
「でしょうね」
「そこは否定せんのやな」
「人を見るのは嫌いじゃないですし、雑な採用に腹が立つタイプなんで」
「でも、やっぱり怖い」
「それも正しい認識でしょう」
隊長は、少しだけ笑った。
「ほな、情報科長を第一候補にするか」
「それが無難やと思います」
「無難って言うなや」
「採用支援で事故らん方が大事でしょう」
「それはそうやけどな……」
補給科長は、水のペットボトルを軽く持ち上げた。
「ただ、隊長も一回は面接官側の思考を整理しといた方がいいですよ」
「なんでや」
「某大の出身なんでしょう。
思い入れがある人ほど、理想像で学生を見ます」
「刺さるなぁ……」
「実際そうでしょう」
「否定はできん」
「なら、ちょうどよかったです。
今日の悩みは、無駄ではなかった」
隊長は、少しだけため息をついた。
「……お前、こういう時だけはええこと言うな」
「こういう時“だけ”ではないです」
「褒めてへん」
「半分はそうでしょう」
「その返し気に入っとるやろ」
「便利なんで」
補給科長は一礼した。
「では、私は科に戻ります」
「おう」
補給科長が去ったあと、隊長はしばらく自販機を見ていた。
採用面接って、学生を試す場やと思っていた。
だが、違うのかもしれない。
むしろ、組織側が
何を求めているのか。
どこまで育てる覚悟があるのか。
何を現場に背負わせるつもりなのか。
そこまで含めて試される場でもあるのだろう。
隊長は、飲みかけの缶コーヒーを見下ろして、小さく呟いた。
「……一番面接官に向かんのがわし、は地味にへこむな」
その独り言に返事はなかったが、廊下の向こうを歩いていく補給科長の背中は、少しだけ楽しそうにも見えた。
2026.3.22全面改稿




