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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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7/23

F-1:隊長、補給科長の部下を気にする

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(連隊本部・廊下)


 前日の夕方。

 隊長は、補給科長と別れたあとも、なんとなく胸の中に引っかかるものを抱えたままだった。


 理屈は分かる。

 部下の褒め方の話も、傾聴の話も、管理の話としては全部筋が通っている。


 だが、筋が通っていることと、毎日浴びて平気かどうかは別の話だ。


 補給科長は、あの調子である。


 正しい。

 的確。

 よく見ている。

 よく見ているが、よく見すぎている。


 しかも、見たものは容赦なく言葉にする。


「……お前の部下、ほんま大丈夫なんか」


 誰に向けるでもなく呟いてみたが、返事はない。


 なので翌朝、隊長は用もないのに補給科の前を通った。


 いや、用はある。

 連隊長としての視察である。

 たぶん。

 きっと。


 


(補給科事務室前)


 補給科の事務室は、朝からよく回っていた。


 誰かが帳票をめくる音。

 ホワイトボードに予定を書き足す音。

 倉庫鍵の受け渡し。

 電話。

 短いやり取り。

 無駄口は少ないが、ピリピリしているわけでもない。


 その空気の中心にいるのが、補給科長だった。


「科長、これ、朝の時点で回収できた分だけまとめました」


 若い陸曹が一枚の表を差し出す。


 補給科長は受け取って、数秒で眉をひそめた。


「数字、合ってませんね」


「え」


「3中隊の返納数と、倉庫受領数が一個ズレてる。

 このまま上げたら、私が恥をかきます」


「す、すみません」


「謝罪はいいです。確認先どこです」


「えっと……3中隊の――」


「“えっと”で仕事が進むなら、うちもだいぶ楽なんですけどね。

 確認先を切ってから持ってきてください。

 もしくは、確認先がまだ切れてない未完成品ですと明言して出すか。

 完成品の顔して半端なもんを出されるのが一番困ります」


「……はい」


 若い陸曹は、ぺこりと頭を下げて戻っていった。


 隊長は、事務室の外からそれを見ていた。


「うわぁ……」


 思わず声が漏れた。


 やっぱり怖い。

 全然優しくない。

 言っていることは分かるが、言い方がだいぶ鋭い。


 やはり補給科の部下たちは、日々あれを浴びているのか。


 隊長がそう思った時だった。


 別の陸曹が、メモを片手に補給科長へ近づいた。


「科長、まだ確認途中なんですけど、先に相談いいですか」


 補給科長は顔を上げた。


「どうぞ」


 声の温度が、さっきと少し違った。


「偽爆筒の過不足、今の時点で見えてる分だけだと4中隊から2本、5中隊から1本融通してもらえば足りるんですが、本管中隊の申請数そのものが怪しくて……。

 このまま各中隊と話を進める前に、一回確認した方がいい気がして」


「その持ってき方は正しいですね」


 補給科長は、即答した。


「未完成のまま抱え込まず、怪しい時点で上げた。

 それなら手遅れにはなりません。

 で、どこが怪しいと思ったんです」


「本管中隊の申請書の内訳と、訓練実施要領の必要数が噛み合ってません」


「よろしい。

 なら、本管中隊には申請根拠の確認。

 並行して、4中隊と5中隊には融通可能数だけ先に当たってください。

 正式調整はその後でいい」


「はい」


「あと、先任にも一回見せてください。

 数字物で勘違いしたまま走ると、後から面倒です」


「了解しました」


 その陸曹は、さっきの若い陸曹とは違い、かなり落ち着いた足取りで戻っていった。


 隊長は、思わず瞬きをした。


 さっきまでの切れ味と、今の返し方が、同じ人間から出ているのが不思議だった。


「……使い分けとるんか」


 


(補給科事務室前)


 しばらくすると、さっき数字を合わせ損ねていた若い陸曹が戻ってきた。


「科長、確認取れました。

 3中隊側の記載ミスで、返納数はこっちの受領数が正でした」


「でしょうね。表、直してください」


「はい」


「あと」


 補給科長は、そこで表を指で叩いた。


「今回、数字がズレてること自体は問題です。

 でも、今の時点で拾えたのは悪くない。

 朝一の段階で持ってきたから、こちらで止められた。

 夕方に完成品の顔して出されるより百倍マシです」


 若い陸曹は少しだけ目を見開いた。


「……はい」


「次からは、確認先が切れてない時点で

 “未確認ですが”

 をつけて持ってきてください。

 隠して完成品ぶるな、が今回の教訓です」


「はい!」


 今度の返事は、さっきよりよほど大きかった。


 若い陸曹が戻っていくのを見ながら、隊長は思った。


 なるほど。

 怒っているのではない。

 いや、多少は腹も立っているのかもしれんが、怒りを浴びせたいのではなく、線を引いているのだ。


 何が駄目で、何なら拾うのか。

 それをえらくはっきり切っている。


 だから、怖い。

 だが、その代わり分かりやすい。


 隊長は、少しだけ嫌そうな顔になった。


「……理屈は分かる。分かるけど、やっぱり怖いな」


 


(自販機コーナー)


 昼前。

 隊長は、補給班長を自販機コーナーで捕まえた。


 補給班長は缶コーヒーを片手に、隊長を見るなり姿勢を正す。


「お疲れさまです」


「そんな固ならんでええ」


「いえ、連隊長相手にそれはちょっと……」


「真面目やな、お前」


 隊長は少し声を落とした。


「なあ、ちょっと聞きたいんやけど」


「はい」


「補給科長の下で仕事してて、しんどないんか?」


 補給班長は、数秒だけ黙った。


 それから、妙に真面目な顔で言った。


「しんどい時は、普通にあります」


「あるんかい」


「ありますよ。

 怖いですし。

 よく見てますし。

 半端なもん持って行くと、秒で切られますし」


「やろうなぁ……」


「でも、何が駄目で、何が正解かは分かります」


 補給班長は、缶を握り直した。


「科長、曖昧に怒らないんですよ」


「曖昧に?」


「はい。

 気分で機嫌悪いとか、

 なんとなく虫の居所が悪いとか、

 そういうのはないです」


「ほう」


「雑な仕事。

 隠し事。

 確認不足。

 完成品ぶって持ってくる。

 この辺は刺されます。

 でも、怪しい時点で持って行くとか、途中で助けを呼ぶとか、考えた形跡があるとか、そこは拾ってくれます」


 隊長は、さっきの事務室のやり取りを思い出した。


「なるほどな……」


「あと」


「うん」


「科長、切る時は切りますけど、投げっぱなしじゃないんです」


「ほう」


「駄目なところ言うだけやなくて、

 次どう持ってこい

 どこまで切ってから上げろ

 誰に確認しろ

 まで言うんで」


「……ああ」


「しんどいですけど、見捨てられてる感じはないです」


 隊長は、少しだけ黙った。


「そうか」


「ただ」


「ただ?」


 補給班長は少しだけ笑った。


「たまに、ようそこまで見とるな……とは思います」


「やっぱりそこは思うんやな」


「思います。

 褒められても、

 “そこまで見とったんか”

 ってちょっと怖い時ありますし」


「やろうなぁ……」


「でも、だからこそ、次に何をやればいいかは分かります」


 補給班長は、一度言葉を切った。


「補給科長の下って、楽ではないです。

 でも、頑張った方向を間違えたまま放置される感じはないです」


 隊長は、その言葉をしばらく反芻した。


 楽ではない。

 だが、放置もされない。


 それは、しんどい上司の言い訳にも、信頼の表現にも聞こえた。


「……お前らも大変やな」


「他人事みたいに言わんでくださいよ」


 補給班長が少し笑う。


「連隊長、科長のあの感じ、止める気ないでしょう」


「いや、まあ、理屈は通っとるし……」


「そういうとこですよ」


「お前まで刺してくるんか」


「補給科なんで」


 その返しに、隊長は思わず吹き出した。


 


(隊長室)


 午後。

 隊長が書類を見ていると、補給科長が入ってきた。


「失礼します。午前中の件、処理終わりました」


「おう」


 補給科長が書類を置く。


 隊長はそれを受け取りながら、何でもない風を装って言った。


「なあ」


「何でしょう」


「お前の部下ら、よう逃げへんな」


 補給科長は、一瞬だけ目を細めた。


「急にどうしました」


「いや、なんとなく」


「嘘でしょう」


「なんでや」


「隊長の“なんとなく”は大体なんとなくじゃないです」


「腹立つなぁ……」


 補給科長は、小さく息を吐いた。


「しんどい時はあるでしょうね」


「やっぱりあるんかい」


「そらありますよ。

 見ますし、言いますし、直すまで追いますし」


「うわぁ……」


「でも、曖昧に

 “よかったよ”

 だけ言って、何がよかったか分からんまま放り出す方が、私はよっぽど無責任やと思いますけどね」


「それは……まあ……」


「あと、うちの連中は、そこまで含めて分かってるでしょう。

 分からんようなら、あの速度で仕事回りません」


 隊長は、補給班長の言葉を思い出した。


 楽ではない。

 だが、放置もされない。


「……理屈は分かる」


「でしょうね」


「でも、やっぱりちょっと、お前の部下ようやっとるなとは思うわ」


「ありがとうございます」


「褒めてへん」


「半分はそうでしょう」


「半分だけかい」


「残り半分は心配ですね」


「自覚あるんか」


「それなりには」


 補給科長は、何でもない顔で書類の続きを差し出した。


「でも、補給って、気ぃ遣ってふわっと育つ仕事やないでしょう」


「……まあ、そらそうやろうけど」


「雑に流したら事故になる。

 数がズレる。

 申請が漏れる。

 必要なもんが必要な時に揃わん。

 そうなった時に困るんは、結局現場でしょう」


「……」


「だから、見て、切って、返すんです。

 それだけですよ」


 隊長は、しばらく補給科長の顔を見ていた。


 この男は、たぶん本当に分かってやっている。

 部下にとって楽ではないことも。

 自分が怖がられていることも。

 そのうえで、必要やと思ってやっている。


 理屈は通っている。

 だからこそ、余計に厄介でもあった。


「……お前、やっぱりちょっと怖いわ」


「今さらですか」


「今さらや」


 補給科長は、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「でも、隊長にそう思われるくらいでちょうどいいんやないですか」


「なんでや」


「甘いと思われるよりはマシでしょう」


「それは、まあ……そうかもしれんけど……」


「よろしい」


 補給科長は一礼した。


「では、補給科に戻ります」


「おう」



 補給科長が出て行ったあと、隊長は椅子にもたれた。


「……理屈は分かるんやけどなぁ」


 それでもやっぱり、少しだけ部下たちが気の毒にも思える。

 だが同時に、あの補給科の妙な強さの理由も、少しだけ分かった気がした。


 隊長は、机の上の書類を見ながら、ぽつりと呟いた。


「……あいつの部下、鍛えられすぎやろ」


 その独り言に返事はなかったが、廊下の向こうから聞こえてきた補給科の短いやり取りは、今日も妙にきびきびしていた。


2026.3.16改稿

2026.3.22全面改稿

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