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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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4/30

Oー4:否定しない技術

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(隊長室)


 隊長は、机の上の業務改善提案一覧を指で叩きながら、向かいの補給科長を見ていた。


「で」


「はい」


「昨日の続きや」


「そらそうでしょうね」


「“初手で潰さんことが大事”とは言うてたけどな」


「ええ」


「じゃあ、否定せんって何や。

 何でも

 “いいね、採用”

 って言うときゃええんか?」


 補給科長は、わずかに眉を上げた。


「違います。そこを一緒くたにするのは雑です」


「即答やな」


「そこを曖昧にすると、今度は“誰も責任取らんし、なんも決まらんけど空気だけはいい会議”になります」


「なんも決まらん会議……嫌やな」


「私も嫌です。

 否定しないって、何でも賛成することやないです。そこ履き違えると、ただの迎合です」


「ほう」


「雑に言うと、

 話の入口を壊さないことです」


 隊長は腕を組んだ。


「話の入口」


「ええ。

 提案や相談を持ってきた相手に、最初の一言で

 “次から黙っとけ”

 を学習させんことです」


「……あー」


「例えば、今回の件ならこういうのです。

 “前からそうや”

 “そんなもん無理や”

 “余計なこと考えんでええ”

 “現場で工夫しろ”

 この辺ですね」


「言いそうなやつばっかりやな……」


「言う側は楽なんです。

 その場で話を終わらせられるんで」


「でも、それやると次から上がってこん、と」


「そうです。

 だから否定しない技術って、甘やかしやなくて入口管理なんです。雑に切るな、の技術です」


 隊長は少しだけ苦い顔になった。


「その言い方は嫌やけど、分かりやすいな」


「ありがとうございます」


「褒めてへん」


「知ってます」


 補給科長は気にせず続けた。


「大事なんは、相手の

 提案の完成度

 と

 困りごとそのもの

 を分けることです」


「どういうことや」


「持ってくる提案なんて、大体未完成でしょう」


「まあ、そらそうやな」


「未完成な提案そのものを切るのは、別に構わんのです」


「ほう」


「でも、その奥にある

 “現場が何に詰まってるか”

 まで一緒に潰したら管理職は終わりです」


 隊長は、しばらく黙っていた。


「……なるほどな」


「例えば、

 “この様式、分かりにくいです”

 という声に対して、

 “お前の理解力が無いだけや”

 で返したら終わりでしょう」


「終わるな」


「でも本来は、

 “どこで詰まるんや”

 を聞くべきです」


「つまり、案をそのまま採用するかは別として、まず困りごとの本体を聞け、と」


「そういうことです。案と本体をごっちゃにしたら外します」



 ちょうどその時、扉がノックされた。


「入ります」


 入ってきたのは、第3中隊長だった。

 少し遠慮がちに、手帳を持って立っている。


「おう、どうした」


「今、少しだけ、お時間よろしいでしょうか」


 隊長は補給科長をちらりと見た。

 補給科長はまたしても何でもない顔をしていた。


「ええぞ」


 第3中隊長は、一歩だけ前へ出た。


「検閲準備で、各科から求められる提出物や締切がメールごとに散っていて、正直追いきれない部分がありまして……」


 隊長は、少しだけ嫌そうな顔をした。


「また紙増やす話か?」


 第3中隊長は、露骨に口をつぐんだ。


 補給科長が横から口を挟む。


「隊長」


「なんや」


「今のです。まさにそれです」


「何がや」


「話の入口の破壊です。またえらく雑にぶっ飛ばしましたね。木っ端微塵ですわ」


「言い方……何とかならんのか」


 呻く隊長を無視して、補給科長は第3中隊長へ向き直った。


「まだ相談の形にすらなっていません。続けてください」


「……はい。

 各科から送られてくる内容が、それぞれ必要なんは分かるんですが、締切や提出先が分散していて、漏れが怖いんです。

 なので、いっそ全部を一枚にまとめた提出物一覧表みたいなものが、毎週出してもらえたら助かるかなと……」


 隊長は言いかけた。


「それ、誰が作るんや」


 補給科長が即答した。


「今はそこやないです。指揮官なのにせっかちすぎます」


「お前なぁ……」


「第3中隊長。

 困ってる本体は、紙がないことですか。

 それとも、締切と提出先が散っていて見通しが悪いことですか」


 第3中隊長は、少し考えてから答えた。


「後者です」


「でしょうね。

 なら、“一覧表を毎週配る”は手段であって、本体やないです」


「……あ」


「締切と提出先の見通しを、一か所で持てるようにしたいんでしょう?」


 第3中隊長の顔が少し明るくなった。


「はい。そうです」


 補給科長は続けた。


「だったら、毎週新しい紙を増やすより、各科の提出要求を一本の管理表に統合して、業務システム上で管理した方が早いでしょうね」


 隊長はそこでようやく理解した。


「……なるほど。

 “一覧表を作りたい”をそのまま採るかどうかやなくて、何に困ってるかを見るんか」


「そうです」


 第3中隊長は少しだけほっとした顔で言った。


「自分の言い方やと、ただ書類増やしたいみたいでしたね」


「そう聞こえました」


「刺さるなぁ……」


「でも、本体は拾えました」


 補給科長は、そこでわずかに口元を緩めた。


「指揮官はそこを外さんことが大事なんです」


 第3中隊長は深くうなずいた。


「分かりました。

 では、現状の提出物と締切を一回洗い出して、叩き台を持ってきます」


「ええ。

 その段階なら見ます。完成品のつもりで抱え込まんでください」


「ありがとうございました。要件終わり、帰ります」


 第3中隊長が出て行くと、隊長はしばらく扉を見ていた。


「……今のが、否定しないってやつか」


「そうです」


「でも、お前、提案そのものは修正したやろ」


「ええ。

 だから、否定しないって、相手の案を丸呑みすることやないんです。そこを混ぜるとまた雑になります」


「なるほどな……」


「今の話で受け取るべきやったのは、

 “一覧表を毎週配れ”

 やなくて、

 “現状は見通しが悪くて漏れが怖い”

 の方です。そこを外したら、会話した意味がない」


「困りごとの本体やな」


「そうです。

 そこを受け取らんと、会話は入口で死にます」



 隊長は、机の上の業務改善提案一覧を見下ろした。


「なあ」


「なんでしょう」


「じゃあ、否定しない技術って、結局どこまでやればええんや」


 補給科長は、少しだけ前かがみになった。


「最低限なら三つです」


「今度は三つか」


「たまには減らします。温情です」


「そういう問題か?」


「一つ、最後まで言わせる。

 二つ、困りごとの本体を聞く。

 三つ、案そのものと困りごとを分ける。

 最低限これです」


「……ああ」


「逆にダメなのは、途中で賢いつもりで論破し始めることです」


「……言い方」


「相手の言い方が雑でも、論点が甘くても、途中で

 “それは違う”

 をやると、その奥にある本体ごと黙ります」


「……うわ、やりそう」


「やってるじゃないですか」


「なんでそんな即答なんや」


「隊長、昨日からずっとそういう流れですし」


「お前なぁ……」


 補給科長は気にせず続けた。


「あと、否定しないって、感情の入口を潰さんことでもあります」


「感情?」


「ええ。

 部下が何か持ってくる時って、案だけやなくて、だいたい感情も少し乗ってるでしょう。

 困ったとか、しんどいとか、やりにくいとか」


「まあ、そらそうやな」


「そこへいきなり

 “でもそれは違う”

 を入れると、相手は

 “困ってること自体を切られた”

 と受け取りやすい」


 隊長は、そこで少し黙った。


「……ああ」


「だから、最初に必要なんは

 “そういう困り方をしてるんやな”

 までは受け取ることです」


「それが、昨日言ってた“物が上がってくる”にもつながるんか」


「ええ。

 初手で潰さん。

 ちゃんと聞く。

 だから次も持ってきやすくなる。それだけです」


「……なるほどな」


 しばらく沈黙が落ちた。


「なあ」


「なんでしょう」


「今の話、結局、聞き方の話になってきとらんか」


 補給科長は、少しだけ笑った。


「そうですよ。やっとそこです」


「やっぱりか」


「否定しないって、結局、ちゃんと聞けるかどうかにかなり左右されます。雑に返したら全部潰れるんで」


「……また次の話っぽいな」


「実際そうですからね」


「今度は何や」


「傾聴、でしょうね」


「うわ、またそれっぽい言葉が出てきた」


「でも、今日の続きとしてはそれでしょう」


「聞かんわけにもいかんやないか……」


「そういうことです。この分野で指揮官に退路なんてありません」


 補給科長は立ち上がった。


「では、今日はこのへんで」


「おう」


「今日は、隊長が途中で一回しか話を潰してないので上出来です。だいぶマシでしたね」


「褒め方が腹立つんやわ!」


 隊長室に、少しだけ乾いた笑いが落ちた。


 否定しない技術。

 それは、何でも受け入れることではなく、入口で会話を殺さないための技術なのかもしれなかった。


 隊長は机の上の一覧と、第3中隊長の置いていったメモを見ながら、小さく呟いた。


「……ちゃんと聞かんと、そもそも何に困っとるかも分からんのやな」


 その独り言に返事はなかったが、補給科長の背中は、妙に満足そうにも見えた。

2026.3.15改稿

2026.3.16誤字修正

2026.3.22全面改稿

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