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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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32/37

E-2:嘘は、外から崩される

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

【土曜日】

00:04

(部外病院・医局)


 先輩陸士長の処置を終えた医師は、カルテを見返していた。


 酔って階段から転落。

 顔面の局所的な打撲2箇所。

 右手第2指脱臼骨折。


 書類にすると、それだけの話だ。


 だが、実際に診た感触は、その説明を拒んでいた。


 顔の打撲は左側の近い場所に2箇所。

 拳で狙って殴られたように、局所的だ。

 右手の人差し指も、ただ転んで折ったというより、顔を庇おうと前へ出した手に強い衝撃が加わったような受傷具合。


 看護師が、小さく尋ねた。


「先生、やっぱりですか」


「ええ」


「転落では無理があります?」


「少なくとも、そのまま飲み込んでいい傷ではありません。

 それに本人の受け答えも、不自然でした」


「怯えている感じですか」


 医師は、少し考えた。


「断定はしません。

 でも、“本当のことを言いたくない人間”の沈黙でした」


 医師はカルテを閉じた。


「通報します」


 声は静かだった。

 だが、その静けさの中に、医師法に基づく通報義務と、自分の見立てに対する責任があった。


 

00:53

(警察署)


 通報を受けた警察は、まず医師から事情を聴いていた。


 医師は感情を交えず、怪我の態様と本人の様子を説明した。


「局所的な顔面打撲が2箇所です。

 加えて、右手第2指の脱臼骨折。

 転落だけで説明するには無理があります」


「暴行の可能性が高いと」


「高いと思います。

 それと、相手は自衛官だと聞いています。

 組織の中で口を合わせている可能性も考えました」


 刑事は手元のメモを閉じた。


「分かりました。

 こちらで確認しつつ、警務隊とも連携します」


 相手が自衛官だと分かった時点で、話は単純な傷害の裏取りだけではなくなった。

 組織の内側に、まだ何かある可能性が出る。


 


07:25

(警務隊・当直室)


 警察から駐屯地の警務隊当直へ通報が入った。


 昨夜、駐屯地近傍の飲食店利用者のうち、自衛官と思われる男性が、不自然な外傷を負って病院を受診した。

 本人は転落と説明しているが、医師は暴行被害を疑っている。


 当直警務隊員は、内容を復唱しながら、表情を硬くした。


 こういう話は、外から来た時点でもう嫌な形だ。

 しかも土曜朝で、まだ当事者側の報告は何も入っていない。


 

12:03

(警務隊事務室)


 警察と警務隊で認識共有が行われた。


 警察は、病院から提供された情報を伝えた。

 警務隊は、対象者が本部管理中隊所属の若手陸士長らしいことを確認した。


「暴行はかなり濃厚です」


 警察側が言う。


「ただ、被害者がまだ嘘をついている可能性があります。

 脅されているか、自分から庇っているかはまだ不明です」


 警務隊員がうなずいた。


「こちらで駐屯地内の事情聴取を進めます」


 

12:38

(駐屯地当直司令室)


 警務隊から駐屯地当直司令へ通報。

 駐屯地当直司令から、休暇中の隊長と、本管中隊当直へ連絡が飛ぶ。


 本管中隊当直は、即座に本管中隊長へ電話をかけた。


「中隊長、警務隊から通報です。

 先輩陸士長が昨晩通院したと言う病院から、警察へ通報が入ったそうです」


 本管中隊長は、一瞬だけ声を失った。


「……は?」


 情報が漏れた。

 その認識だけは、一瞬で腹に落ちた。


「警務隊の要請により、先輩陸士長には帰隊を命じます」


「分かった。本人に事情を確認する」


12:45

(期待途中の路上・電話)


 帰隊の道すがら、先輩陸士長は後輩1士を含む宴会参加メンバーへ、一人ずつ電話をかけていた。


「後輩1士と喧嘩したことは認める。

 でも、後輩1士に迷惑かけたくないから、怪我したのは、みんなと別れた後に階段から落ちたことにする。

 殴られた時の怪我の状況は“酔っててよく覚えてない”で頼む。

 営門で別れてからのことは知らない。

 月曜に先輩陸士長が自分で中隊長へ報告するつもりだと思った、で合わせてほしい」


 通話を切るたび、履歴は削除した。


 理屈ではなく、ただ必死だった。

 自分が原因で後輩1士を終わらせたくない。

 その一点で動いていた。


 だが、そういう善意まじりの隠蔽ほど、外から見ると質が悪い。


 

13:15

(本部管理中隊・営内居室)


 本管中隊長は、後輩1士へ直接会って事情を聞き直した。


 後輩1士は顔色が悪い。

 金曜からほとんど眠れていない顔だった。


「喧嘩に至る経緯と、実際の内容は、事実だけを隊長に報告する」


 本管中隊長は、そこでそう言った。


「ええか。口論になったことも、殴ったことも、そこは事実で上げる。

 ただ、無駄に話を広げんようにする」


 後輩1士は、何とも言えない顔でうなずいた。


「……はい」


 本管中隊長は、そこで自分が“誤魔化せ”と明言していないことに、妙な安心を覚えていた。

 自分は隠蔽を指示してはいない。

 そう、自分に言い聞かせていた。




13:32

(本部管理中隊長室・通話)


 本管中隊長は、帰隊途中の先輩陸士長から、他のメンバーへの口止め内容を聞かされていた。


 その時、本管中隊長の中に、言葉にしにくい不安が一度だけよぎった。


 これは、少しまずいかもしれない。


 だが、その“不安”は、何がどうまずいのかまでは形にならない。

 法律に明るくない本管中隊長には、まだそこまで見えていなかった。


 先輩が後輩を庇おうとしている。

 それ自体は分かる。


 だが、その庇いが、何をどこまで壊すのかは分からない。


 分からないまま、本管中隊長は後輩1士に伝えたのと同じことを、先輩陸士長にも繰り返した。



14:03

(隊長室)


 休暇を切り上げて登庁した隊長へ、本管中隊長が報告を行う。


「先輩陸士長には電話で、後輩1士には直接聞き取りをしました。

 先輩陸士長と後輩1士が口論になり、後輩1士が先輩陸士長に暴行を加えました。

 口論の原因は、先輩陸士長が後輩1士の交際相手の容姿を過剰に批判したことにあるようです」


 隊長は、机の前で黙って聞いていた。


 本管中隊長は続ける。


「被害者の先輩陸士長が、原因は自分であると非を認めており、本人たちの間では和解済とのことです。

 先輩陸士長は現在、隣市の実家から帰隊中です。詳しい負傷状況は帰隊後に確認します」


 隊長は短くうなずいた。


「速報としては了解や。

 内容まとめて、司令部へ上げろ」


「はい」


 この段階では、隊長は本管中隊長がすでに深く関与しているとまでは思っていなかった。

 だが、違和感はあった。


 暴力。

 負傷。

 警察。

 警務隊。


 そこまで出ているのに、なお“和解済”が報告の中心にあることが、少し引っかかった。


 


 

16:01

(警務隊・面談室)


 帰隊した先輩陸士長は、直ちに警務隊の事情聴取に回された。


 頬は腫れ、指は固定されている。

 だが、まだ口は割らない。


「昨夜、誰と飲んでいた」


「本部管理中隊の先輩後輩で自分入れて陸士5人です」


「喧嘩はあったか」


「……口論はありました」


「その怪我はどうしたんや」


「酔って階段から落ちました」


 警務隊員は淡々と聞く。


「誰にそう言えと指示された」


「指示は受けてません」


「中隊長は関与していないか」


「関係ありません」


 静かなやり取りだった。

 だが、その静けさが余計に重かった。


 先輩陸士長の言葉は揃っている。

 揃いすぎている。

 そこにだけ、生々しい違和感があった。



16:57

(駐屯地近傍・居酒屋)


 警察は、昨夜の店の状況を軽く押さえに行った。


 数件目に入った、駐屯地の近傍にある個室型の安い居酒屋。

 営内居住の若手隊員がよく利用する店だった。


 店員は、迷惑そうな顔で言った。


「喧嘩は、ありましたね」


「見ましたか」


「個室なんで、最初からは見てません。

 派手な音がして、駆けつけた時には、一人が倒れてて、もう一人は周りに押さえられてました」


「怪我の様子は」


「顔をおさえていた気はしますが、はっきりとは覚えていません。右だったかな?左だったかな?

ただ、血は出てなかったと思います。掃除した時に血痕はなかったので。

 でも、はっきりと怪我をしていたかまでは見てません。その後すぐ帰ったので」


「この店の前の階段から落ちた人は?」


 店員は少し呆れたように首を振った。


「少なくとも、うちの店の前では落ちてません。

 駐屯地に戻った後のことまでは知りませんけど」


 受傷の瞬間を目撃した者はいない。

 だが、“喧嘩があった”こと自体は、もう裏が取れた。


 

17:37

(警務隊・別室)


 後輩1士は、警務隊へこう答えた。


「自分が殴りました。

 興奮していたので、どう殴ったかははっきり思い出せません」


 喧嘩があったこと。

 殴ったこと。

 そこは認める。


 だが、先輩の怪我については、やはり口を合わせる。


「怪我そのものは……自分も、どこまでが喧嘩で、どこからが別なのか分かりません」


 警務隊員は、その言葉をそのままは受け取らなかった。


 同じ頃、警察は店での聞き込み内容を警務隊に共有していた。


 店員は受傷の瞬間を見ていない。

 だが、喧嘩があったこと、倒れた先輩陸士長が顔

をおさえていたこと、周囲が後輩1士を取り押さえていたことまでは一致した。


 事実は少しずつ集まる。

 だが、肝心なところだけが妙に整いすぎていた。


 

20:58

(警務隊)


 宴会参加者全員への聞き取りが始まった。


 そして、他の三人は揃いも揃って同じ方向へ逃げる。


「営門で別れたので、その後のことは知りません」


「二人が週明けに自分で報告するものだと思っていました」


「喧嘩は見ましたが、怪我の程度は酔っていてよく覚えていません」


 揺れがない。

 揺れがなさすぎる。


 酔っていて、細部は見ていない。

 なのに、肝心なところだけ綺麗に同じだ。


 警務隊は、そこでようやく“誰かが話を整えている”前提へ思考を切り替えた。


 

23:35

(本管中隊・娯楽室)


 一度目の聴取を終えた警務隊は、先輩陸士長と後輩1士を別にして、口裏合わせを防ぐため監視員を付けたうえで娯楽室へ寝かせた。


 携帯電話は任意提出で預かった。

 だが、その時にはもう、通話履歴は消されていた。


 遅かった。

 しかし、遅くても進めるしかない。


 

【日曜日】


07:30

(警務隊・取調室)


 取り調べ再開。


 関係者全員の証言は、やはり大きくは揺れなかった。


 そのこと自体が、逆に不自然だった。



09:03

 警察から、病院の医師が書いた診断書が届いた。


 そこには明確に書かれていた。


 「握り拳による打撃痕の可能性極めて高し。本人の説明による受傷起点とは創傷の状況に矛盾を認める」


 警務隊員が、その文面を先輩陸士長の前へ置く。


「まだ階段から落ちたと言うか」


 先輩陸士長は、そこで初めて顔を崩した。


 長かった沈黙のあと、ようやく口が開く。


「……違います」


 そこからは早かった。


 階段からの転落は虚偽。

 怪我は喧嘩によるもの。

 後輩1士を庇いたくて、話を作った。

 参加メンバーにも、自分から口裏合わせを頼んだ。


 先輩陸士長は、その場で保険金詐欺未遂、証拠隠滅、犯人隠避の疑いで任意同行のうえ拘束。

 後輩1士も傷害で拘束された。


 しかし、問題はそこでは終わらなかった。


 

10:38

(警務隊・取調室)


 先輩陸士長が口裏合わせの主体であることは見えた。


 だが、警務隊はなお疑っていた。


 本管中隊長が、証拠隠滅と犯人隠避の首謀ではないのか。


 少なくとも、関与はある。

 知っていたのに止めていない。

 あるいは、もっと深く噛んでいるのではないか。


 警務官が、低い声で問う。


「……で、その嘘、誰が考えた?

 お前か。

 それとも中隊長か」


 先輩陸士長は首を振った。


「自分です」


 後輩1士も、同じように答えた。


「中隊長は、喧嘩の事実を報告するとしか言ってません」


 警務隊は、本管中隊長首謀の組織ぐるみ隠蔽を疑った。

 だが、決定的な証拠は見つからない。


 中隊長の認識が甘いのは明らか。

 しかし、“指示した”とまでは切れない。


 

11:48

(隊長室)


 日曜午前。


 警務隊地区隊長が、隊長と本管中隊長へ状況を説明していた。


「先輩陸士長は、保険金詐欺未遂、証拠隠滅、犯人隠避の疑いで身柄を確保しました。

 後輩1士は傷害です。

 なお、関係者の供述統制が強く疑われ、組織内での関与も排除していません」


 警務隊地区隊長は、そこで本管中隊長へ視線を向けた。


「あなたの部下は、随分なことをしてくれましたね」


 本管中隊長は、顔を強張らせたまま敬礼した。


 地区隊長が退出すると、隊長はしばらく黙っていた。


 そして、本管中隊長へ視線を向ける。


「本管中隊長」


「はい」


「お前、どこまで知っていた」


「喧嘩の事実と、先輩陸士長が後輩1士を庇っていることは把握していました」


「虚偽報告は」


「……怪我は階段から落ちたものと聞いていました」


「その説明を、そのまま通したな」


「はい」


「証拠隠滅を教唆したか」


 本管中隊長は、そこでようやく少しだけ顔を上げた。


「していません」


「本当にか」


「していません」


 隊長は、じっと本管中隊長を見た。


 完全には信用できない。

 だが、ここで嘘を言い切る人間の顔とも、少し違う気がした。


 やっていない可能性はある。

 だが、それで無罪になる話ではない。


 隊長は長く息を吐いた。


「……一回下がれ」


「はい」


 本管中隊長が退室する。


 扉が閉まると、隊長は机に肘をついたまま、数秒動かなかった。


 暴行。

 虚偽申告。

 警察。

 警務隊。

 拘束。


 もう、自分一人の言葉で整えられる段階ではない。


 隊長は机上の内線に手を伸ばした。


 休日の静かな隊舎に、呼び出し音が鳴り渡る。


「……悪いな。

 ちょっときてくれ」


 自分が誰かを、隊長はわざわざ言わなかった。


 それでも、向こうはたぶん分かる。

 そういう声だった。


 受話器を置いたあと、隊長はひとり、小さく呟いた。


「……ほんま、こういう時は頼るしかないんやな」


 その独り言に返事はなかった。

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