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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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3/25

Oー3:業務改善提案

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(隊長室)


 隊長は、机の上に並べた紙を見下ろしながら、納得いかんような顔をしていた。


「……偏っとるな」


 そこに書かれているのは、先月までの業務改善提案の一覧だった。


 

 情報科、二件。

 補給科、二件。

 第1中隊、四件。

 第2中隊、二件。

 第4中隊、三件。

 第5中隊、一件。


 以上。


 総務科はゼロ。

 訓練科もゼロ。

 本管中隊もゼロ。

 第3中隊もゼロだった。


 隊長はもう一度見直した。


「……いや、分かりやすいくらい偏っとるな」


 見直しても偏っていた。


 どの提案も、出している顔ぶれがだいたい同じである。

 内容も、様式の統一だの、調整要領の見直しだの、締切の可視化だの、それなりにまともだ。


 まともなのはええ。

 むしろええ。


 ただ問題は、出してくる人間と所属がいつも同じことである。


「分からん時は一人で悩んでもしゃあない。……呼ぶか」


 隊長は受話器を取った。


「補給科長、ちょっと来い」


 


(隊長室)


 数分後、補給科長が入ってきた。


「失礼します。何でしょう」


「これや」


 隊長は一覧を差し出した。

 補給科長は受け取って一通り見てから、あっさり言った。


「ええ、見事なまでに偏ってますが、これが何か?」


「即答するな。

 こっちは今、“何でやろうなぁ……”と一応考えてから呼んどるんやぞ」


「ご自身で考えて分かるんやったら、私を呼ばんでしょう」


「言い方……」


 補給科長は紙を机に置いた。


「で、どこが分からんのです?」


「昨日、お前が言うとったやろ。

 心理的安全性が高い職場は、下からちゃんと物が上がってくるって」


「言いましたね。前話で」


「ほな、これ見る限り、うちの連隊で物が上がってくるのって、だいたい決まった所だけや。

 心理的安全性って、部署ごとにそんな極端に違うんか?」


 補給科長は、少しだけ考えてから答えた。


「そこまで単純やないです」


「心理的安全性の話と違うんかい」


「心理的安全性の影響はあります。ただ、業務改善提案の偏りは、心理的安全性"だけ"で決まるほど雑な話やないってことです」


「……どういうことや?」


「業務改善提案って、思いついた瞬間に勝手に紙になるほど便利なもんやないでしょう」


 隊長は腕を組んだ。


「……まあ、そらそうやな」


「最低でも四つ要ります」


「また四つか」


「好きなんで」


「知らんがな」


「一つ、言っても無駄やないと思えること。

 二つ、困り事を問題として言語化できること。

 三つ、提案の形にする余力があること。

 四つ、出したせいで自分が損せんこと」


「……なるほどな」


「心理的安全性は、一つ目と四つ目に強く関わります。

 でも、二つ目と三つ目は、また別のしんどさです」


 隊長は一覧を見下ろした。


「じゃあ、第1中隊とか第4中隊は、そこがそろっとるんか」


「比較的そろってます」


「どういうことや」


 補給科長は、指で一覧を軽く叩いた。


「第1中隊長は、困りごとを問題として言語化するのが上手いです。

 本人の頭の中で整理が済んでる。

 しかも、叩き台で持ってきても変に潰されんと分かってる」


「ふむ」


「第4中隊は、現場の声が中隊長まで上がりやすい。

 部下が“これ、やりにくいです”を言えるし、第4中隊長もそれを“気合いで何とかしろ”で切り捨てん」


「なるほどな……」


「第5中隊は少し毛色が違いますね」


「姉御のとこか」


「あそこは部下が自由にポンポン出してくるというより、中隊長の中で一回ふるいにかけられてから上がる感じです。

 件数は多くないですけど、上がってくる時はかなり具体的です」


「たしかに、あそこはそうやな」


「補給科と情報科も同じです。

 思いつきで出してるんやなくて、

 “現場で小細工するより制度で直した方が早い”

 まで整理してから出してる」


「だから件数は多くないけど、出てくるやつはそれなりに筋がええんやな」


「そういうことです」


 隊長は一覧の、ゼロが並んでいる方へ目をやった。


「……じゃあ、出てこん方は?」


「理由は部署ごとに違います」


「例えば」


「総務科は、今の回し方やと余力が死んでます」


「ああ……」


「改善点がないわけやないでしょう。

 むしろ山ほどある。

 でも、提案書に落とす前に、目の前の火消しで一日が終わる。

 なので、“思う”までは行っても、“出す”まで辿り着かん」


「……総務っぽいな」


「ええ。

 あと、抱え込む人の下って、提案が出にくい。

 どうせ最後は上で握り潰されると思っとるんで」


 隊長は、少しだけ嫌そうな顔をした。


「刺さるな……」


「訓練科は、少し違う意味で余力がないです」


「ほう?」


「訓練科長が剛腕で回しすぎていて、部下が“困りごとを言語化する前に処理される”んでしょう」


「ああ……」


「一番しんどいのは、訓練科長が話している内容をその場で正確に理解することでしょうね」


「身に覚えがありすぎる……」


「あの人、前提知識込みで最後まで一気に飛ばすんで、追いつくだけでだいぶ消耗するでしょう。着いて行くことさえできれば相当に鍛えられるんでしょうけどね」


「総務とは別のベクトルで余裕がないのか……」


「本管中隊はもっと単純です」


「うん。聞かんでも何となく分かる」


「問題が起きても、“仕組みで直す”やなくて“その場の顔つなぎで流す”に寄るでしょう」


「……あー」


「なので、改善案になりません。

大体その場しのぎで終わりです。」


「言い方」


「でも本質でしょう」


 隊長は、苦い顔で笑った。


「で、第3中隊は」


「ここも余力が足りてないですね」


「やっぱりか」


「ええ。

 困ってること自体はあるでしょう。

 でも、それを言語化して、紙にして、上げて、押し返されてももう一回整えて出す。

 そこまで回す気力がない」


「……しんどいな」


「しんどいですよ。

 だから“提案が出てこない”を“問題意識がない”で片付けたら外します」


 隊長は黙った。


 一覧のゼロの列が、さっきまでとは違う意味を持ち始めていた。

 ただの無関心や怠慢ではなく、出せない事情の違いに見えてきた。


「なあ」


「はい」


「じゃあ業務改善提案って、件数が多ければええわけでもないんやな」


「全然違います。その認識も雑です」


「そこも言い切るんか」


「言い切れます。

 件数にノルマなんて課そうものなら、ゴミの山になりますよ。現場はそういうの得意です」


「言い方……」


「だってそうでしょう。

 “時刻がズレないように全ての事務所の時計を同一機種揃えて欲しい”

 とか

 “ペンが行方不明になるので全員同じボールペンにして欲しい”

 とか、そういう“問題はそこか?”っていうレベルまで上がってきますよ」


「それはそれで平和やな」


「平和ですけど、業務改善審議会がゴミ捨て場で宝探しする場になりますよ。嫌でしょう?」


「それは嫌やなぁ……」


 その時だった。


 隊長室の扉がノックされた。


「入ります」


 入ってきたのは、第1中隊長だった。

 手には一枚の紙を持っている。


「おう、どうした」


「隊長、お話中すみません。今、少しお時間いいですか」


「なんや」


補給科長がいることを、特に気に留めた様子もない第1中隊長。

隊長はやや不思議に思って補給科長を見るが、補給科長は、まるで内容が分かっているかのように当たり前の顔で座っている。


「記念日行事関係の準備資料なんですが、様式が随意になっとるせいで、中隊ごとに提出様式が微妙に違って、総務科でも各中隊でも手戻りが多いので、提出様式を一本化するための改善案を作ってきました」


 隊長は改めて補給科長を見た。


 補給科長は変わらず何でもない顔をしていた。


「……よく出来とる」


「補給科長に一回見てもらって、筋は悪くないと言われたので」


「やっぱりお前が噛んどったんか」


「ええ。

 相談があれば、叩き台の時点で持ってきて構いません、と普段から言うてるんで。このタイミングで持ってきたと言うことはそういうことでしょう」


「そういうことか……」


 第1中隊長は紙を机に置いた。


「今の運用やと、提出する側も確認する側も微妙に解釈が違うので、毎回どこかでズレるんです。

 様式を共通化すれば、少なくとも抜け漏れは減ると思います」


 隊長は紙をめくった。


 確かに、分かりやすい。

 しかも、一見地味だが、確実に毎回効く類いの改善だった。


「……補給科長」


「はい」


「これが、上がってくる仕組みってやつか」


「ええ。

 問題に気づく人がいて、言葉にできて、叩き台で持ってきても初手で潰されんと分かってる。

 だから、紙になるんです」


「なるほどな……」


 第1中隊長は、隊長と補給科長の会話の意味が分かっているような、分かっていないような顔で立っていた。


「とりあえず預かる。

 これはええと思うわ」


「ありがとうございます」


「あとで総務科とも擦り合わせる」


「はい。失礼します」


 第1中隊長が出て行くと、隊長はしばらく紙を見ていた。


「……分かりやすすぎるやろ」


「でしょうね」


「そこでその“でしょうね”を出すなや」


 補給科長は気にせず続けた。


「だから、提案が上がるかどうかって、

 “下が優秀かどうか”

 だけで決まるほど単純やないんです」


「ほう」


「上が、叩き台の段階で潰してないか。

 “そんなもん無理や”

 “前からそうや”

 “余計なこと考えんでええ”

 で切ってないか。

 そこがかなり大きい」


 隊長は、思い当たる顔を何人か思い浮かべた。

 そして、あまり深く考えないことにした。


「……嫌な気づきばっかり増えるな」


「でも必要でしょう」


「それはそうやけどな」


「あと、業務改善提案って、出した人が偉い話でもないです」


「ん?」


「本当に大事なんは、現場の困りごとが制度や手順の話として上に届くことです。

 なので、本人が書かんでも、中隊長や科長が拾って上げる形で構いません」


「なるほど」


「逆に、現場が困ってるのに、

 “それは現場で頑張って”

 で終わらせると、だいたい何も変わりません」


「……本管やな」


「言ってません」


「三回目やぞ」


「今日も含めて全部、隊長が言ってます」


 隊長は、思わず吹き出した。


「ほんま、お前、絶妙に責任逃れするな」


「事実関係の整理です」


「腹立つなぁ……」


 しばらく沈黙が落ちた。


 隊長は、一覧のゼロと数字を見比べた。


「……じゃあ、結局どうしたら増えるんや」


 補給科長は、少しだけ口元を緩めた。


「初手で潰さんことです。まずそこです」


「初手」


「ええ。

 叩き台レベルで持ってきたものを、いきなり論破しない。

 まずは困りごとの本体を聞く。

 整理はその後です」


「……なんか、また次の話っぽくなってきたな」


「実際そうでしょう」


「今度は何や」


「否定しない技術、でしょうね」


「うわ、また面倒くさそうなやつや」


「でも、隊長が今困ってる

 “上がってくる所と来ん所がある”

 にもつながりますよ」


「聞かんわけにもいかんやないか……」


「そういうことです。逃げ道はないですね」


 補給科長は立ち上がった。


「では、今日はこのへんで」


「おう」


「そういえば」


「……なんや?」


「今日は褒め言葉、まだ頂いてませんね?」


「いつも褒めてへんやろ!」


 隊長室に、少しだけ乾いた笑いが落ちた。


 業務改善提案。

 それは単なる紙ではなく、その職場がどれだけ“困りごとを言葉にして上へ出せるか”の指標なのかもしれなかった。


 隊長は机の上の一覧を見ながら、小さく呟いた。


「……出てこんこと自体が、もう情報なんやな」


 その独り言に返事はなかったが、補給科長の背中は、だいぶ満足そうにも見えた。

2026.3.15改稿

2026.3.22全面改稿

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