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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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O-25:丸く収まった、が一番危ない

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(本管中隊駐車場地域)


 朝。


 駐屯地内、本管中隊隊員に割り当てられた駐車場地域で、小さな音がした。


 金属が触れるような、鈍い音だった。


「うわっ!」


 偵察小隊陸曹が慌てて車を止める。

 車体の左後方が、通信小隊陸曹の停車中の車に擦っていた。


 降りて見れば、両方とも軽い損傷だった。

 バンパーとフェンダーに擦過痕。

 見た目は派手ではない。

 走れなくなるほどでもない。


 通信小隊陸曹が顔をしかめる。


「うわぁ……」


「すまん、ほんまにすまん」


 偵察小隊陸曹も顔色を変えて頭を下げる。


 その時だった。


「何しとるんや」


 駐車場の奥から、本管中隊長が歩いてきた。


 出勤直後らしく、まだ手には書類鞄を持っている。


「中隊長……」


 二人が敬礼する。


 本管中隊長は車を一瞥し、傷を確認し、すぐにため息をついた。


「ケガは」


「ありません」


「走れるな」


「はい」


 本管中隊長は、そこで少しだけ表情を緩めた。


「なら、まだマシや。

 公道やないし、ケガもない。

 こういうのは、変に大ごとにせん方がええ」


 偵察小隊陸曹が恐る恐る尋ねる。


「……どうすればいいでしょうか」


 本管中隊長は、少し考えるような顔をしてから、妙に手慣れた調子で言った。


「共済使って処理したる。

 お前ら自分の任意保険使わんで済むように話を組む」


「えっ」


「どうせ軽い接触や。

 走れるし、ケガもない。

 こんなんで等級落とす方がアホらしいやろ」


 通信小隊陸曹が、ほっとしたような顔になる。


「それでいけるんですか」


「いけるようにする。

 お前らは余計なこと言わんでええ。

 私が厚生科に話しとく」


 偵察小隊陸曹は何度も頭を下げた。


「ありがとうございます……」


 本管中隊長は、少し得意そうに鼻を鳴らした。


「現場のことは現場で丸く収めんと、上はすぐ面倒にするからな」


 通信小隊陸曹も、正直助かった顔をしていた。

 事故は嫌だ。

 だが、もっと嫌なのは、自分の保険や手続きで話が広がることだった。


 だからその場では、誰もそれ以上疑問を持たなかった。


 少なくとも、当事者たちは。


 


(業務隊厚生科)


 数日後。


 補給科長は、共済関係の別件で業務隊厚生科を訪れていた。


 窓口の向こうで対応していた厚生科長が、書類を一通り揃えながら、ふと苦笑した。


「補給科長、本管中隊って、相変わらず賑やかですね」


 補給科長は、書類に目を落としたまま返した。


「主語が大きいですね。何がです」


「いや、今週の車両関係の共済申請ですよ」


 そこで初めて、補給科長が顔を上げた。


「何かありました?」


 厚生科長は、机上の控えを軽く見た。


「同じ日、同じ駐車場地域で、二件の接触申請が上がってましてね」


「二件」


「ええ。

 本管中隊長が、偵察小隊陸曹の停車中車両へ接触。

 その後、偵察小隊陸曹が、通信小隊陸曹の停車中車両へ接触。

 時間帯も、通勤直後でほとんど同じです」


 補給科長の目が、わずかに細くなった。


「……珍しいですね」


「でしょう。

 しかも、駐車場の同じ列です。

 偶然にしては、まあまあ器用やなと」


 厚生科長は、そこまで言ってから肩をすくめた。


「まあ、申請書類自体は揃ってますし、当事者の話も一致してます。

 こっちは出てきた物で回すしかないんですが」


「ふむ」


 補給科長は、そこでそれ以上は聞かなかった。

 ただ、受け取った書類を鞄に入れる動きだけが、さっきより少し遅くなっていた。


 


(駐車場地域)


 厚生科を出た帰り、補給科長はそのまま駐車場地域へ足を向けた。


 理由は自分でもはっきり言葉にしていなかった。

 ただ、嫌な違和感があった。


 本管中隊長の車はすぐに見つかった。


 いつもの位置に停められている。


 補給科長は、何でもない顔でその横を通り過ぎるふりをしながら、ちらりと車体を見た。


 運転席側。

 後部。

 バンパー。

 フェンダー。


「……」


 傷らしい傷が見当たらない。


 もちろん、軽い接触なら見た目で分からないこともある。

 塗装が少し擦れただけなら、洗えば消えることもある。


 それでも。


「軽い接触だから」


 その一言で片付けるには、妙に綺麗だった。


 補給科長はそのまま歩き去ったが、表情だけは少し硬くなっていた。


 


(隊長室)


 その日の午後。


 隊長は、机の前で小さくうなっていた。


「……つまり、怪しいんやな」


「ええ。かなり」


 向かいに座る補給科長は、何でもない顔で答える。


「業務隊厚生科長の話では、同じ日、同じ駐車場地域で

 本管中隊長→偵察小隊陸曹

 偵察小隊陸曹→通信小隊陸曹

 の二件が上がっています。

 偶然にしては出来すぎですし、本管中隊長の車に傷らしい傷も見当たらん」


 隊長は腕を組んだ。


「でも、見当たらんだけやろ。

 軽い接触なら分からんこともある」


「ええ。そこは否定しません」


「厚生科長は何か言うとったか」


「書類は揃ってる。当事者の話も一致してる。

 だから厚生科としては、出てきた申請を回すしかない、です」


 隊長は、そこで少しだけ嫌そうな顔をした。


「……つまり、嫌な匂いはするけど、証拠がないと」


「そうです」


「呼ぶか」


「呼ぶしかないでしょうね」


 


(隊長室)


 本管中隊長、偵察小隊陸曹、通信小隊陸曹の三人が呼ばれた。


 三人とも神妙な顔をしている。

 だが、その神妙さの濃さはそれぞれ違った。


 隊長が低い声で切り出す。


「共済申請の件や。経緯を聞く」


 本管中隊長が、間髪入れずに答えた。


「はい。

 朝、駐車場で私が偵察小隊陸曹の車へ軽く接触しました。

 その後、偵察小隊陸曹が動揺してしまい、通信小隊陸曹の車にも接触した。

 いずれも軽微で、ケガもなく、走行可能でした」


 補給科長は、その説明を一語も遮らずに聞いていた。


 隊長が続ける。


「偵察小隊陸曹、それで間違いないか」


「はい」


「通信小隊陸曹は」


「……はい」


 補給科長が、そこでようやく口を開いた。


「本管中隊長」


「はい」


「ご自身の車の損傷は」


「軽微です。

 軽い接触でしたので、目立つほどではありません」


「写真は」


「撮っています。申請時に出しています」


 補給科長は、それ以上そこを追わなかった。


「では、接触位置を確認します。

 本管中隊長は、偵察小隊陸曹の停車中車両の、どの部分へ接触しましたか」


「後部左側です」


「偵察小隊陸曹。

 その後、自分は通信小隊陸曹のどの部分へ」


「前進時に、通信小隊陸曹の右後方へ……」


「同じ列で、通勤直後に、二件とも停車中車両への接触ですか」


 本管中隊長は少しも揺れない。


「はい。そうです」


 隊長は三人の顔を見比べた。


 補給科長は、そこでようやく少しだけ声を落とした。


「本管中隊長。

 偵察小隊陸曹と通信小隊陸曹の事故だけを正直に処理した方が、まだ自然やったと思いますけどね」


 一瞬だけ、空気が止まった。


 偵察小隊陸曹の喉が小さく鳴る。

 通信小隊陸曹は視線を落とした。

 本管中隊長だけが、妙に落ち着いていた。


「どういう意味でしょうか」


「そのままの意味です。

 事故が一件やなくて二件に増えてる。

 しかも、真ん中に立つのが本管中隊長。

 だいぶ都合が良すぎる」


 本管中隊長は、そこで初めて少しだけ不快そうに眉を動かした。


「補給科長、憶測で言うのはやめてもらえますか」


「憶測ですよ。今のところは」


 補給科長の声は静かだった。


「だから確認してるんです」


 隊長が一度手を上げる。


「そこまでや。

 今の段階で、虚偽申請やと断定するだけの証拠はない」


 補給科長は隊長の方を見た。


「ええ。証拠はありません」


「本人らの話は一致しとる。

 厚生科の申請上も形式は整っとる。

 嫌な匂いはするが、切れんもんは切れん」


 本管中隊長は、そこでようやく少し呼吸を緩めた。


 その緩みが、補給科長にはだいぶ腹立たしかった。


 隊長は、本管中隊長へ向き直る。


「ただし、本件、再発防止は必要や。

 駐屯地内とはいえ、事故は事故や。

 今後、事故があった際は、事実確認と報告をきっちりやれ。

 “丸く収めたつもり”で話を作るな。

 疑われるような処理自体が管理として雑や」


「……はい」


 神妙な顔で、本管中隊長は答えた。

 偵察小隊陸曹と通信小隊陸曹も、それに続いて頭を下げる。


「以上や。下がれ」


 三人が敬礼して退室する。


 扉が閉まる、その直前だった。


 本管中隊長の口元が、ほんの少しだけ緩んだように見えた。


 


(隊長室)


 扉が閉まると、隊長は深く息を吐いた。


「……証拠がない以上、今日はここまでや」


「でしょうね」


 補給科長は、不機嫌さを隠しもしない顔で答えた。


「切れんものは切れんです。

 ただ」


「ただ、何や」


「味をしめたでしょうね」


隊長は顔をしかめた。


「言い方」


「でも本質でしょう。

 小さな不正をやって、通った。

 しかも当事者は感謝してる。

 これ、一番学習してほしくない成功体験ですよ」


 隊長は、しばらく黙った。


「……嫌な言い方やけど、分かるわ」


 補給科長は何も言わなかった。


 隊長も、それ以上は続けなかった。


 今はまだ、証拠がない。

 切れないものは切れない。

 だから今日のところは、これで終わりだった。


 終わり、のはずだった。


 だが、補給科長の胸の中には、妙に引っかかるものだけが残っていた。


 神妙な顔で出ていった本管中隊長の、

 あの、扉が閉まる寸前の口元。


 あれを見た時の嫌な感じを、補給科長はぬぐい去ることが出来なかった。

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