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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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23/23

O-20:それ、恋愛相談の顔した別件です

本作はフィクションです。

作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(面談室)


 補給科長が面談室に入ると、若い男性隊員が妙に居心地悪そうな姿勢で座っていた。


 背筋は伸ばそうとしている。

 だが、膝の上の手だけが落ち着きなく動いている。


「待たせました」


「いえ」


「で、今日はどうしました。相談員のところまで来る時点で、だいたい一人では処理しきれん話でしょう」


 通信小隊陸士長は、一瞬だけ視線を落とした。


「あの……。これ、相談員に言うような話か分からないんですけど」


「その前置きで来る話、だいたい相談員案件です。言ってみてください」


「……恋愛相談、みたいなもので」


「帰っていいですか」


「ちょ、ちょっと待ってください!」


「冗談です。半分くらい」


「半分は本気なんですか……」


「昼休み削ってるんで。で、恋愛相談とは」


 通信小隊陸士長は、腹を括るように息を吐いた。


「同じ本部管理中隊の衛生小隊に、好きなWAC陸士長がいて……。少し前に告白したんです」


「はい」


「それで、振られました」


「それはまあ、世の中そういうこともありますね」


「いや、それだけなら仕方ないんです。でも、どうも変なんです」


「何が」


「向こうから

 “先任さんに言い寄ってる人ですよね”

 みたいな扱いをされて……」


「は?」


「自分、そんなことしてないんです。でも、もう女性隊員の間では、そういう話になってたみたいで」


 補給科長は、そこで初めて少しだけ眉をひそめた。


「なるほど。失恋相談やなくて、噂の訂正相談ですね」


「……たぶん、そうです」


「“たぶん”ということは、自分でもまだ整理できてない」


「はい……」


「分かりました。では、まず恋愛を横にどけます。

 好きだった相手にどう見られたかは、結果です。

 その認識がどうやってできたのか。そこからです」


「はい」


「その先任WACとは、普段どういう接点があるんです」


「同じ本部管理中隊なんで、顔は合わせます。衛生小隊の古参の人で……准看護師の陸曹長です。仕事はできる人です」


「はい」


「正直、すごい人やと思ってます。嫌いとか、怖いとかではないです」


「では、何がしんどいんです」


「前からちょっと……距離が近いというか」


「物理で」


「はい」


「どの程度」


 通信小隊陸士長は、そこで口をつぐんだ。

 視線が落ちる。

 言うべきか迷っている顔だった。


「言いにくいなら、言いにくいままでいいです。ただ、ここをぼかすと整理がずれます」


「……必要ないのに、やたら近くに立たれたり。後ろから密着されたり。お尻……とか、その、股のあたりを触られたこともあります」


「他には」


「彼女いるの、とか。経験あるの、とか。休みの日何してるの、とか。そういうのも結構聞かれます」


「断ったことは」


「露骨には……。いや、一回、ちょっとやめてください、とは言いました」


「反応は」


「不機嫌になりました。その後しばらく、挨拶しても反応が薄かったです」


「なるほど」


 通信小隊陸士長は、少しずつ言葉が出るようになったのか、自分から続けた。


「だから、嫌やなとは思ってたんです。でも、その……。男が女の人に触られたくらいで騒ぐのも変かなって」


「そこ、もう少し詳しく」


「いや……。普通は、男が女の人に触られたり、距離近かったりしたら、嬉しいとか思われるじゃないですか。だから、自分が嫌だと思うのがおかしいのかなって。それに、自分から言ったみたいに見られたら嫌で」


「……すでに、だいぶ見られてますね」


「はい」


「好きだったWAC陸士長に告白した時、そのへん何か言われましたか」


「直接は言われてないです。でも、

 “先任さんにそういう感じなんですよね”

 みたいな空気で。自分が否定しても、もう向こうの中で話が出来上がってる感じでした」


「なるほど。では確認します」


 補給科長は、わずかに前へ体を傾けた。


「あなたが今、一番しんどいのは何ですか。

 触られたことですか。

 噂ですか。

 好きだった相手に誤解されたことですか」


 通信小隊陸士長は、かなり長く考えた。


「……全部です。でも、一番きついのは噂です。自分はそんなつもりないのに、もう向こうでは

 “先任さんに言い寄ってる”

 みたいになってて。しかも、もし否定したらしたで、言い訳してるみたいになるし……」


「うん」


「触られるのも嫌でした。でも、それ以上に

 “自分がそういう男だと思われてる”

 のが、かなりしんどいです。この件で拗れて仕事しにくくなるのも嫌で……」


「分かりました。一回整理します」


「はい」


「あなたは今日、

 恋愛関係の誤解をどうにかしたい

 つもりで来た。

 でも話を聞く限り、本体はそこやないです」


 通信小隊陸士長は、黙っていた。


「根っこにあるのは、

 先任WACからの過剰接触

 私的な詮索

 断ると不機嫌になる圧

 そして噂の流布

 です」


「……はい」


「先に言っときますけど。触る側の性別でセーフにはなりません」


「……」


「男が女に触られたから軽い、は成立しません。嫌がってる相手に、立場と空気で距離を詰めてる時点で、普通に相談案件です」


「でも、自分、そんな大ごとなつもりで来たわけじゃ……」


「でしょうね。そこが今回、一番面倒なところです」


「……」


「男が女に触られて喜ぶべき、は、だいぶ雑な認知です。しかも、それを周りも本人も半分信じてると、被害そのものが相談に上がらん。上がってきた時には、大体もう別件を連れてくるんです」


「別件」


「今回は、噂ですね。

 触られた。

 嫌だった。

 でも黙った。

 断ると不機嫌になるから、強くも切れない。

 そのうち

 “向こうもまんざらじゃない”

 みたいな話が周囲で流れて、最後に恋愛関係で爆発した。

 だいたいそんな順番でしょう」


「……はい」


「今回一番怖いの、触られたことそのものより、

 話を作られてること

 では」


「……それです」


「ですよね。

 嫌なのに断れん。

 断ったら空気が悪くなる。

 しかも、下手に言い返したら

 “向こうから来た”

 みたいに話をひっくり返されそう。

 それ、もうコミュニケーションやなくて、だいぶ圧です」


 通信小隊陸士長は、何も言わずにうなずいた。


「あと、はっきり言います。

 “男なんやから、そのくらいで”

 を言い始めた瞬間、被害の中身やなくて、世間体の話にすり替わるんです。あれ、加害側に一番都合のいい雑さなんで」


「……そんなふうに考えたこと、なかったです」


「でしょうね。本人も周りも、その雑な認知で慣れとるからです」


「じゃあ、これ……」


「はい。これはただの恋愛のもつれや、人間関係の誤解だけではありません。

 セクハラと人間関係操作が混ざった相談です」


「……それ、相談していい話なんですか」


「今さら何を。むしろ、やっと相談の入口に立ったところです」


 通信小隊陸士長は、ようやく少し息を吐いた。


「今日はここで主訴の切り分けまでやります。

 次回、時系列と希望確認です」


「希望確認、ですか」


「ええ。

 接触を止めたいのか。

 噂を止めたいのか。

 訂正が要るのか。

 処分まで望むのか。

 そこを切らんと、相談員が勝手に話を作り始めるんで」


「……はい」


「では宿題。

 次までに、接触された場面、言われたこと、噂を感じた場面、思い出せる範囲で時系列にメモしてください。雑でいいです。

 あと、今後しばらくは、相手と二人きりになりそうなら避けてください」


「分かりました」


「いい返事です。では次回、恋愛相談の顔した別件を、ちゃんと相談案件として処理していきましょう」


「最後の言い方、やっぱり嫌ですね……」


「認知の差です」


「それ便利ですね……」



(面談室の外)


 面談室を出たところで、隊長とばったり会った。

 通信小隊陸士長は慌てて敬礼して去っていく。


「おう。今の相談、重かったんか」


「ええ。恋愛相談かと思ったら、だいぶ別件でした」


「なんやそれ」


「誤配です」


「は?」


「恋愛相談として持ち込まれましたけど、本体はセクハラと噂の流布でした」


「……ああ」


「男が触られて喜べ理論の犠牲者ですね。

 性別が変わると、周りの認知が急に雑になる」


「なるほどな……」


「ほんま、世の中の雑な認知は相談員の仕事増やすんでやめてほしいです」


「結局そこなんかい。ほんま、お前はそういうとこやぞ」

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