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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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20/37

O-19:相談を受けたあと、どうやって職場に戻すのか

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(隊長室)


 隊長は、机の端に積んだ書類を見もせず、向かいに座る補給科長を見ていた。


「なあ」


「はい」


「総務陸曹、いつまでも別室待機ってわけにもいかんやろ」


「いきませんね」


「やんな。

 せやけど、昨日みたいな状態で大部屋に戻すのは無理やろ。

 ほな、どう戻すんや」


 補給科長は、少しだけ椅子に深く座り直した。


「まず前提から言います」


「おう」


「元通りには戻しません」


 隊長は眉を上げた。


「元通りには、か」


「ええ。

 相談が上がる前の配置、指導方法、距離感で削れてるんです。

 そのまま戻して、

 “はい仲良くやってください”

 は、無理でしょう」


「まあ、そらそうやな……」


「相談を受けた後の復帰って、

 “元の場所に戻す”

 のが目的やないんです。

 戻れる条件を作る、です」


 隊長は腕を組んだ。


「戻れる条件、か」


「最低でも三つです。

 一つ、距離。

 一つ、業務の切り方。

 一つ、監督者」


「順番に言え」


「まず距離。

 総務陸曹を、いきなり元の席に戻さんことです」


「そこはもう決めたな」


「ええ。

 総務班長の向かい席で、顔を突き合わせて通常運転は論外です。

 少なくとも当面は、席を離す。

 視線がぶつからん配置にする」


「総務科の中で、やな」


「ええ。

 部内異動までは大げさですし、根本解決になりません。

 ただ、今の席配置は最悪なんで、そこは変えます」


「うん」


「次に業務の切り方。

 総務陸曹には、しばらく

 “正解の輪郭が見える仕事”

 を持たせます」


「ほう」


「今の総務陸曹、何をやっても

 “どうせまた怒られる”

 が先に立ってるんです。

 なので、まずは

 “ここまでやればよい”

 が見える仕事で、小さい成功を積ませる」


「成功体験か」


「ええ。

 いきなり全部任せん。

 期限、必要事項、確認先を切った仕事を渡して、終わりまで行かせる」


 隊長は少しうなずいた。


「で、最後が監督者」


「そこです。

 総務班長と総務陸曹を、いきなり二人で回させんことです。

 間に総務科長を入れます」


 隊長は顔をしかめた。


「その総務科長が、一番信用ならんのやが」


「私も信用はしてません」


「お前なぁ……」


「でも、管理責任者でしょう。

 ここで逃がしたら、また“聞こえてないふり”に戻ります。

 なので、総務科長に、見て、切って、止める役目を明示的に持たせます」


「なるほどな……」


「総務班長が総務陸曹に直接、感情のまま触らんようにする。

 指示は一回、総務科長が整理してから落とす。

 少なくとも当面は、そこまでやります」


「だいぶ面倒やな」


「面倒ですよ。

 壊れかけた人間を職場へ戻すんやから、面倒で当たり前です」


 隊長はため息をついた。


「ほんま、お前、こういう時だけ言うことがまっとうやな」


「失礼ですね。

 いつもまっとうです」


「言い方がまっとうやないんや」


「そこは個性です」


「便利に使うな」


 


(隊長室)


 ほどなくして、総務科長が再び呼ばれた。


「失礼します」


「座れ」


 隊長は短く言った。

 総務科長は、いつもより素直に従った。


「今後の方針を伝える」


「はい」


「まず、総務科内の席の配置をいじる」


 総務科長は小さくうなずいた。


「具体的にどう変えますか?」


「総務班長と総務陸曹の席を離す。

 顔を突き合わせたまま業務に戻す気はない」


「承知しました」


「次。

 総務陸曹への指示は、しばらくお前が一回整理して落とせ」


 総務科長は顔を上げた。


「自分が、ですか」


「お前がやらんで誰がやる」


 隊長の声は低かった。


「班長が感情のまま触るのを防ぐ。

 業務の優先順位も切る。

 それがお前の仕事や」


「……はい」


 隊長は補給科長に目配せした。

 補給科長が続ける。


「総務科長。

 総務陸曹には、当面

 “正解が見える仕事”

 を渡してください」


「正解が見える仕事……?」


「ええ。

 各中隊や他部隊との調整業務の主担当をいきなり全部持たせるんやなくて、

 相手に送信するメール原案の作成、

 相手から返ってきた回答の整理、

 過去の日命から同内容のものを探す、

 そこから今回変更すべき点の洗い出し。

 そういう、正解と終わりが見えやすい仕事からです」


「……」


「あなた、昨日まで

 “どうせこいつはできん”

 で見てたでしょう」


 総務科長は何も言わなかった。


「その前提を一回捨ててください。

 今やるんは能力判定やなくて、学習可能な状態へ戻すことです」


「……分かった」


「あと、班長が人前で総務陸曹に長く触り始めたら、その場で止める。

 “後で言う”はもう禁止です」


「そこはもうわかっとる」


「聞こえてないふりも禁止です」


 総務科長は、そこで初めて少しだけ苦い顔をした。


「……りょーかい」


 隊長が口を開いた。


「総務科長。

 これは班長の指導法是正でもあるけど、お前の管理の立て直しでもある。

 そこは忘れるな」


「……承知しました」


「よろしい。下がってええ。

 班長を入れろ」


 


(面談室)


 総務班長は、昨日よりも少し元気がなかった。

 さすがに、一晩で全部は飲み込めなかったらしい。


「失礼します」


 補給科長は机の上の紙を見せた。


「今日は、貴方への是正指導を具体的に伝えます」


「……はい」


「まず、総務陸曹への直接指導をしばらく制限します」


 総務班長の眉が動いた。


「自分が、ですか」


「ええ。

 全面的に禁止はしませんが、総務班長単独で長い指導をしないこと。

 指導前に、指導内容について総務科長を通す。

 少なくとも当面は続けてください」


「……そこまで信用ないですか」


「あなた個人への信用の話ではありません。

 再発防止のための仕組み作りです」


 総務班長は口をつぐんだ。


「次。

 総務陸曹に渡す仕事は、期限、到達点、確認先を明確に示してください。

 “ちゃんとやれ”は禁止。

 “ここを見て、ここまで作って、ここで一回見せろ”まで言う」


「はい」


「あと、あなたには記録を続けてもらいます」


「昨日言ってたやつですね」


「ええ。

 今日から一週間、毎日。

 “言いそうになったこと”

 と

 “本来言うべきやったこと”

 を書いてください」


「……面倒ですね」


「でしょうね。

 でも、あなたの問題はそこが見えていないことなんで」


 総務班長は不満そうに息を吐いた。


 補給科長は、そこで少しだけ声を落とした。


「総務班長。

 これは罰やないです」


「……」


「総務班長、入隊してからこれまで、その場その場で一生懸命やってきたんでしょう?」


 総務班長は、少しだけ目を見開いた。


「……まあ、それなりには」


「でしょうね。

 その自負がある人は、正しいやり方を知れば伸びます。

 逆に、その自負があるまま間違ったやり方を続けると、周りを壊します」


 総務班長は、初めて真正面から補給科長を見た。


「……自分、変われますかね」


 補給科長は即答しなかった。

 少しだけ考えてから、静かに言った。


「変わる意思があって、適切な指導が受けられれば、誰であっても変われます。

 あなたも、総務陸曹も、です」


 総務班長は長く黙った。


「……分かりました」


「今のは昨日よりマシですね」


「昨日よりは、自分でも納得出来ていると思います」


「よろしい。

 では、そこからです」


 


(別室)


 その頃、総務陸曹は、空いている会議室の隅で一人、業務システムの前に座っていた。

 画面には、各中隊への調整依頼メールを、総務科長から添削された文章が映っている。

 どの部分を、なぜ変えなければならないか、具体的に赤字で指導されていた。


 扉が軽く叩かれた。


「入るで」


 入ってきたのは、総務科長だった。


 総務陸曹は反射的に立ち上がりかけたが、総務科長は手で制した。


「座っといてええ」


「……はい」


 総務科長は、机の上に数枚の紙を置いた。


「今日からしばらく、ここに書いてある仕事を任せる。

 まず、昨年と一昨年の記念日行事の日命と担当者会同資料を見て、勤務員の人担割と各部署の責任者割り当て案を作成してくれ。

 案ができたら、一度総務班長に出して確認を受ける。

 総務班長の確認を受けたら、さっき添削したメールに人担割のデータを添付して、駐屯各部隊の総務担当者にメールを送信するように。

 来週の月曜日1200時点で、回答がない部隊をチェックして、リマインドメールを月曜日中に送信するように。

 そこまでやって、来週の木曜日までにメールを返さんようなら、俺に報告してくれ。

 俺から相手に電話で確認する。

 ここまで、質問はあるか?」


 総務陸曹は、その紙を見た。

 期限。

 到達点。

 確認先。

 昨日までより、だいぶ具体的だった。


「……ありません」


 総務科長は数秒だけ黙ってから、気まずそうに言った。


「今はその仕事だけでいい。

 他は持たせん」


「はい」


「……あと」


「はい」


「俺は、お前が仕事を出来んやつやと思っとる。

 ただ、どうやったらお前ができるようになるかを考えて指導をしていなかった。

 そこは悪かった」


 総務陸曹は、返事に困った。


「……はい」


 総務科長も、それ以上うまいことは言えなかったらしい。

 短くうなずいて、部屋を出ていった。


 扉が閉まる。


 総務陸曹はしばらく動けなかったが、やがて紙を見下ろした。


 どこまでやればいいか。

 何を見ればいいか。

 終わったら誰に見せればいいか。


 たったそれだけのことが、昨日までよりずっと分かりやすかった。


 


(隊長室)


 夕方。

 補給科長が隊長室に戻ると、隊長はお茶を飲みながら聞いた。


「どうや」


「一応、形にはなり始めました」


「班長は」


「まだプライドが邪魔してます。

 でも、自分のやり方を疑う入口には立ちました」


「総務科長は」


「隊長にはもうバレてしもうたんで、改善には動くでしょう。

 今はそれが一番面倒やないんで」


「総務陸曹は」


「今は“何をしたらいいか分かる仕事”を渡しました。

 小さいですけど、ああいうのから戻します」


 隊長は小さくうなずいた。


「……元通りには戻さん、か」


「ええ。

 壊れたもんをそのまま元の形に戻すんやなくて、戻れる形に組み直すんです」


「お前、たまにええこと言うな」


「たまに?」


「そこに引っかかるなや」


 補給科長は、ごくわずかに口元を緩めた。


「まあ、しばらくは地味ですよ」


「地味で面倒なんやろ」


「ええ。

 こういうの、一発で綺麗には直らんので」


 隊長は、深く息を吐いた。


「ほんま、管理職って面倒くさいな」


「だから、襟にいいもんつけてるやないですか」


「それを言われるとなんも言えんやないか……」


「心理的安全性でも下がりました?」


「だだ下がりや」


 隊長室に、少しだけ軽い空気が戻った。


 壊れた職場が、一日で元に戻ることはない。

 だが、壊れたまま放っておくよりは、よほどましだった。


 隊長は、湯呑みを机に置きながら小さくつぶやいた。


「……まあ、地味でも前に進んどるなら、それでええわ」


 補給科長は、何でもない顔で答えた。


「認知の差です」


「そこは“その通りです”でええやろ!」

2026.3.22タイトルのナンバリング修正

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