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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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17/28

O-16:ハラスメント相談員のお仕事

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(面談室前)


 補給科長に促され、総務陸曹はおずおずと面談室の前まで来た。

 隊長もそのままついてきていたが、補給科長は扉の前で一度立ち止まった。


「隊長」


「なんや」


「ここから先は、まず私が聞きます」


「……ああ」


「相談員案件なんで」


 隊長は数秒だけ総務陸曹の顔を見てから、小さくうなずいた。


「分かった。

 わしは隊長室に戻っとる。

 終わったら上げてくれ」


「必要な範囲で」


「それでええ」


 隊長はそう言い残して去っていった。


 総務陸曹は、その背中を見送りながら小さく息を吐いた。

 補給科長は面談室の扉を開ける。


「どうぞ」


「……失礼します」


 


(面談室)


 向かい合って座ると、総務陸曹は膝の上で手を強く握った。

 補給科長は、机の上にメモ用紙だけを置いて、先に口を開いた。


「まず確認します」


「はい」


「これは説教の時間やないです。

 相談を受ける時間です。

 なので、今は“上手く喋る”必要はありません」


 総務陸曹は少しだけ目を見開いた。


「……はい」


「もう一つ。

 さっき自販機の前で

 “自分が悪いと思う”

 と言いましたね」


「はい……」


「それは後で整理します。

 でも、自分に足りんところがあることと、指導がハラスメントになることは別の問題です。

 そこは一回分けてください」


 総務陸曹は、すぐには返事をしなかった。

 しばらくしてから、絞り出すように言った。


「……はい」


「では、何があったかを時系列で聞きます。

 思い出せる範囲で結構です」


 総務陸曹は、何度か息を整えてから話し始めた。


「自分、総務に来て、まだ日が浅くて……。

 前任者の申し送りも、あんまりまとまってなくて……」


「はい」


「規則をしっかり確認したいんですけど、日々の業務に追われて、全体が見えないまま動いてる感じで。

 それで、期限を落としたり、内容が抜けたりして、班長に何度も指導されてます」


「そこまでは、仕事上の指導の範囲ですね」


「はい。

 自分も、そこは分かってます。

 自分ができてないんで……」


「そこは後で切り分けます。続けてください」


 総務陸曹は少しうつむいた。


「班長、指導の時に、普通に

 “このバカ野郎が”

 とか、

 “なんでこんなことも分からんのじゃボケ”

 とか言うんです。

 最初は、そういう言い方の人なんだと思ってました」


「うん」


「でも、聞けって言うから聞いたら

 “少しは考えろ”

 って言われて。

 それで、自分なりに考えて動いたら

 “勝手に動くな”

 って言われて……」


 補給科長は、静かにメモを取った。


「よくあるのは、同じ案件の中でそれが起きるんですか。

 それとも別件でですか」


「両方あります。

 でも、自分からしたら、どっちも

 “結局どうしたらよかったんやろ”

 ってなります」


「でしょうね」


「あと……」


 総務陸曹はそこで一度言葉を切った。


「続けてください」


「……できの悪い資料を、目の前で破って捨てられたことがあります」


 補給科長の手が一瞬だけ止まった。


「いつ頃です」


「先月、特別勤務を各隊に割り振る調整案のたたき台を持って行った時です。

 “こんなもん紙の無駄や”

 って言われて、破って、そのままゴミ箱に」


「他に見ていた人は」


「いました。

 同じ班の人も、総務科長も……たぶん」


「“たぶん”」


「総務科長、聞こえてないみたいな顔してました」


「……なるほど」


「その時、自分、なんか、頭が真っ白になって。

 内容が悪いんなら直せばいいのに、なんで破るんやろ、って思ったんですけど……」


「うん」


「それを思ったあとで、

 いや、自分がそれだけ酷いものを持って行ったからやろ、ってなって」


 補給科長は、総務陸曹の顔を見た。


「それ以外には」


「みんなの前で立たされたまま長く言われることもあります。

 班長の向かいの席なんで、周りにも聞こえるし……。

 班長の言うことは正しい部分もあるんですけど、言われてるうちに、何が正しいのかより

 “早く終わってほしい”

 しか考えられんようになって」


「貴方から総務班長への質問は、しづらくなっていませんか?」


「……相談できなくなりました」


「報告や合議はどうですか?」


「それも、遅くなってると思います。

 何を持って行っても怒られる気がして、完成してから持って行きたいんですが……余計遅れます」


「総務班長と目を合わせて話すのは無理そうですね」


 総務陸曹は苦笑した。


「……そこまで分かるんですか?」


「顔に書いてますね」


 しばらく沈黙が落ちた。


 補給科長は、そこでペンを置いた。


「では、一回整理します」


「はい」


「まず、あなたに業務上の不足があるのは事実なんでしょう」


「はい……」


「でも、それと

 人格否定、

 矛盾した指示、

 人前での長時間指導、

 資料の破棄。

 これは別です」


 総務陸曹は黙っていた。


「仕事ができていない人間には、何をしてもいい。

 そういう理屈はありません」


「……」


「もう少しきつく言います。

 できていない相手ほど、指導する側はやり方を選ばなあかんのです」


 総務陸曹は、少しだけ顔を上げた。


「自分が悪くても、ですか」


「悪いところがあるからこそ、です。

 不足がある相手に、感情で殴って、学習可能性まで潰したら、指導者の負けでしょう」


「……」


「あなたは今、

 “何が悪かったか”

 より、

 “自分は駄目なんや”

 に寄り始めてる。

 それはだいぶ危ないです」


 総務陸曹の喉が、小さく鳴った。


「自分……最近、ちょっと思ってました。

 本当に、自分、無能なんやろなって」


「誰に言われたんです」


 総務陸曹は、少しだけ口をつぐんだ。


「言ってください」


「……宴会の席で、総務科長が、自分のことを

 “無能のハズレ”

 って言ってたの、知ってます」


 補給科長の目が、ほんのわずかに細くなった。


「直接ですか」


「いや、自分はその場にはおらんかったんですけど。

 聞いた人が、あとで……」


「なるほど」


「班長だけやなくて、科長も、そう思ってるんやろなって。

 だったら、言われても仕方ないんかな、って」


 補給科長は、しばらく何も言わなかった。


「……補給科長」


「はい」


「これ、相談していい話なんですか」


「いいですよ」


「でも、自分にも悪いところはあります」


「あるでしょうね」


「なのに、こういうこと言うのって、逃げじゃないですか」


「違います」


 補給科長は即答した。


「逃げやったら、まず自分が悪いとは言いません。

 あなたは今、必要以上に自分の方へ責任を寄せてるだけです」


「……」


「相談の場で大事なんは、

 自分が完璧な被害者かどうか、

 やないです。

 今起きてることが改善を要する状態かどうか、

 です」


 総務陸曹は、その言葉をゆっくり飲み込むように黙った。


「で、ここからが本題です」


「本題……」


「はい。

 相談を受けた以上、私は動きます。

 ただし、どう動くかは、あなたの希望を聞かんと決められません」


 総務陸曹は少し緊張した顔になった。


「希望……ですか」


「ええ。

 大きく分けると三つです」


 補給科長は指を折った。


「一つ、話を聞いてもらえればいい。

 一つ、相手の行動が改善すればいい。

 一つ、厳正な処分まで求めたい。

 この三つです」


「……」


「もちろん中間もあります。

 でも、ざっくりはそのへんです」


 総務陸曹は長く黙った。


 面談室の時計の音が、やけに大きく聞こえる。


「……自分」


「はい」


「班長のこと、嫌いではないんです」


 補給科長は表情を変えなかった。


「自分から見たら、仕事ができる人やと思ってましたし、ちゃんと育てようとしてくれてるんだろうなって思う時も、なくはなくて」


「うん」


「だから、処分してほしい、とは……正直、あんまり思わないです」


「分かりました」


「でも、今のままは、しんどいです」


「でしょうね」


「あと、総務科長も気づいているはずなのに、見てないみたいにされるのが……それも結構きついです」


「……」


「だから、自分は……」


 総務陸曹は、そこで一度深呼吸した。


「状況が、改善してほしいです」


 補給科長は小さくうなずいた。


「分かりました。

 では、そこを主目標にします」


「……お願いします」


「ただし、改善に向けて事実確認は要ります。

 班長にも、科長にも聞きます」


 総務陸曹の肩が少しだけ強張った。


「それで、自分が誰か分かりますよね」


「分かるでしょうね」


「……」


「そこは隠せません。

 ただし、だからこそ相談員として私が対処します。

 貴方が直接彼らと向き合う必要はありません」


 総務陸曹は、少しだけ力を抜いた。


「はい……」


「あと、今後のために確認です。

 今この時点で、勤務継続が無理なほど削れてる感覚はありますか」


「……無理、までは、まだ」


「睡眠は」


「浅いです」


「食欲は」


「落ちてます」


「分かりました。

 そこも含めて考えていきましょう」


 補給科長は椅子にもたれず、真っすぐ総務陸曹を見た。


「今日のところは、ここまでで結構です。

 ただ、一個だけ覚えといてください」


「はい」


「あなたの能力に不足があることと、指導がハラスメントであることは別の問題です。

 そこを混ぜると、相手にとって都合が良すぎます」


 総務陸曹は、小さくうなずいた。


「……はい」


「よろしい。

 では、まず隊長には必要な範囲で共有します。

 そのあと、こちらで動きます」


「お願いします」


 「それと、隊長と調整するまで、このまま面談室で待機してください。

少なくとも今日は、顔突き合わせて通常運転させる段階やないです」


「分かりました。ありがとうございます」


隊長室に向けて歩き去る補給科長を、総務陸曹はお辞儀をして見送った。


(隊長室)


 面談室を出た補給科長は、そのまま隊長室へ入った。

 隊長は、顔を上げるなり聞いた。


「どうやった」


 補給科長は扉を閉めてから答えた。


「パワハラ案件であると判断しました」


「……そうか」


「はい。

 総務班長の指導は、かなり危ないラインに入ってます。

 人格否定、矛盾した指示、人前での長時間指導、資料破棄。

 総務陸曹は、だいぶ自分責めに寄ってます」


 隊長の顔が曇った。


「総務科長は」


「知ってる可能性が高いです」


「止めてへんのか」


「止めてる“ふり”くらいはしてるかもしれませんが、本質的な改善にはなってないでしょうね」


 隊長は、深く息を吐いた。


「……嫌な話やな」


「ええ。

 ただ、総務陸曹本人は処分感情より、状況改善を望んでます」


「ほう」


「そこは重要です。

 なので、次は事実確認です。

 班長と総務科長、それぞれ別で聞きます」


「分かった。

 総務科長はわしが呼ぶ」


「お願いします。

 総務班長は私が面談で取ります」


 隊長は静かにうなずいた。


「おう」


 補給科長は一礼した。


「では、次に進みます」


 隊長は、その背中を見送りながら、小さくつぶやいた。


「……理屈の話やなくなってきたな」


 だが、それは当然だった。

 管理の話はいつも、最後は人間の話に戻ってくる。


 そして人間の話は、たいてい理屈より面倒だった。

2026.3.22タイトルのナンバリング修正

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