表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/28

O-14:丸投げと育成の違い

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(隊長室)


 観桜会会場設営等の全般責任者を、第1中隊長に命じた翌日だった。


 隊長は、少しだけ満足していた。


 昨日、補給科長から

 「頼みにくい仕事ほど、誰に、なぜ、どこまで、どこに裁量があるかを切れ」

 と言われたばかりである。


 そこで隊長は、第1中隊長を呼び、こう言った。


「観桜会の全般責任者はお前でいく。

 細部は任せる。

 お前ならうまいことやるやろ。

 必要な調整は各科・各中隊とやってくれ。

 何かあったら相談しろ」


 隊長としては、だいぶ配慮したつもりだった。

 優秀な第1中隊長を信頼し、細部への介入を避け、裁量も与えた。


 完璧ではないにせよ、そこそこ上手く振れたつもりでいた。


 いたのだが。


「……」


 目の前の補給科長は、たいへん嫌そうな顔をしていた。


「何やその顔は」


「いや、まあ……」


「何や。言え」


「だいぶ危ないな、と思いまして」


「危ない?」


「ええ。

 隊長、それ“任せた”つもりかもしれませんけど、わりと丸投げの入口ですよ」


 隊長は顔をしかめた。


「そんなわけあるか。

 ちゃんと第1中隊長を信頼して、細部を任せたんやぞ」


「優秀な部下に雑な仕事の振り方しても、表面上は回るんですよ」


「……」


「なので、上司は成功体験だけ得ます。

 で、部下は静かに削れます」


「嫌な言い方やな」


「でも本質でしょう」


 その時、隊長室の扉がノックされた。


「失礼します」


 入ってきたのは、まさにその第1中隊長だった。

 いつもの柔らかい笑顔ではある。

 あるが、身に纏う空気からは困惑が感じ取れる。


「おう、どうした」


「隊長、少し確認したいことがありまして」


 隊長は一瞬だけ、補給科長を見た。

 補給科長は何も言わず、ただ静かに目を逸らした。


「……言うてみろ」


 第1中隊長は、少し言葉を選んでから口を開いた。


「観桜会の件なんですが、全般責任者としてどこまで裁量を持ってよいのか、確認したく」


「どこまで、とは」


「各中隊からの人員の出し方に偏りが出た場合、こちらで調整してよいのか。

 司令業務室との細部調整まで自分が直接持つのか。

 設営・撤収の優先順位を、検閲訓練準備に食い込ませてまで上げていいのか。

 あと、途中で人手が足りんと分かった場合に、どこまで自分の判断で増勢してよいのか」


「……」


「現状、自分の理解では

 “全部自分で一回持って、詰まったら上げる”

 で動いています。

 ただ、それだと判断の基準が少し広すぎて」


 隊長は黙った。


 第1中隊長はさらに続ける。


「訓練科長からは司令業務室系統の必要事項が来ています。

 総務科は招待者関係や文書の関係で一部絡む。

 本管中隊は会場側の人員と車両で絡む。

 補給は物品。

 どこまでを“自分の責任で切る範囲”として見ればいいのか、整理を頂けると助かります」


 補給科長は、そこで初めて小さく咳払いした。


「隊長」


「……なんや」


「一旦、第1中隊長は総務で待たせてください」


 第1中隊長は察したように敬礼した。


「失礼します」


 扉が閉まる。

 数秒の沈黙。


 隊長はゆっくりと補給科長を見た。


「……これ、あかんかったか」


「ええ。

 見事にやらかしましたね」


「言い方」


「でも、だいぶ典型です。

 優秀な部下に

 “お前ならできるやろ”

 と任せたつもりが、実際には責任線も優先順位も支援線も切れてない。

 それ、信頼やなくて依存です」


「依存、は言いすぎやろ」


「そう思うなら、今、第1中隊長が何を困ってたか説明できます?」


 隊長は口を開いて、閉じた。


「……全部、か」


「そうです。

 何を自分で決めてよくて、何を上に上げるべきで、どこまで一人で背負うべきか、全部曖昧なんです」


「でも、裁量を与えた方がええんやろ」


「裁量は与えるべきです。

 ただ、裁量と責任の境界を切らずに“好きにやれ”と言うのは、丸投げです」


 隊長は腕を組んだ。


「違いを言え」


「言います」


 補給科長は、机の上のメモ用紙を取り、一気に書き出した。


「任せる時に必要なんは、最低でも五つです。

 目的、終点、権限、上げどころ、支援線」


「多いな」


「多くないです。

 管理職がサボってきただけです」


「腹立つなあ……」


「まず目的。

 この仕事で何を達成したいのか」


「観桜会をちゃんと回すことやろ」


「雑です。

 “観桜会を滞りなく実施すること”なのか、

 “検閲訓練への影響を最小限にすること”なのか、

 “司令業務室の要求事項を外さないこと”なのか。

 どれが最優先なんです」


 隊長は少し黙った。


「……検閲への影響を最小限にしつつ、観桜会を滞りなくやる、か」


「そういう順序を切るんです。

 次に終点。

 どこまでやれば責任者として完了なのか」


「設営から撤収まで、全部やろ」


「それは期間です。

 終点やない」


「……」


「たとえば、設営細部の現場統制までは第1中隊長。

 司令業務室との正式窓口は訓練科長。

 物品調整は補給系統。

 そうやって終点を切らんと、第1中隊長は全部自分で抱えます」


「なるほどな……」


「次に権限。

 どこまで自分で決めていいか」


「それが今、曖昧やったわけか」


「ええ。

 各中隊から出す人員の細部調整はやってよい。

 ただし、中隊訓練計画そのものに食い込む増勢は上に上げる。

 この辺を切る必要があります」


「うん」


「次に上げどころ。

 どんな時に報告を上げるか」


「またそこか」


「そこです。

 任せる時ほどそこは要ります。

 人員が揃わん、会場側調整が詰まる、司令業務室要求と現場実行が噛み合わん。

 そのどれが出たら上げろ、と切る」


「最後が支援線、やな」


「ええ。

 困った時に誰が噛むのか。

 訓練科長が窓口になるのか、隊長が各中隊長調整を引き取るのか。

 そこを切らずに任せると、部下は

 “全部自分で背負うんやな”

 と理解します」


 隊長はしばらく黙り込んだ。


「……わし、昨日、わりとちゃんと振れた気がしてたんやけどな」


「でしょうね。

 だから優秀な部下への丸投げは質が悪いんです」


「なんでや」


「見た目だけは回るからです。

 失敗しにくい。

 でも、上司は何も学習しないし、部下だけ疲れる」


「……耳が痛い」


「でしょうね」


 補給科長はペンを置いた。


「育成って、放置やないんです。

 部下が自分で考える余地は残す。

 でも、失敗してはいけないラインと、上が持つべき責任は切って渡す。

 そこをやって初めて“任せた”になります」


「じゃあ、今のわしは」


「優秀な後輩に、気持ちよく無茶振りしただけです」


「言い方!」


「本質なんで」


 隊長は額を押さえた。


「……分かった。

 やり直す」


「ええ。

 そこからです」


 


(隊長室)


 再び、第1中隊長が呼び戻された。


「失礼します」


「すまん。

 今の件、わしの振り方が雑やった。

 一回切り直す」


 第1中隊長の目が、わずかに丸くなった。

 隊長は続ける。


「まず目的や。

 今回のお前の任務は、検閲訓練準備への影響を最小限にしながら、観桜会の設営・運営・撤収を滞りなく回すことや」


「はい」


「なので、観桜会側の要求を全部そのまま飲むのは違う。

 現場の負担と両立させる前提で調整してくれ」


「了解です」


「次。

 司令業務室との正式な窓口と要求事項の整理は訓練科長が持つ。

 お前は、現場の全般責任者として、中隊間調整と現場実行面を持て」


「はい」


「各中隊から出す人員の細部調整は、お前が切っていい。

 ただし、検閲訓練準備に食い込むレベルの増勢が必要な時は、勝手に飲まずに上げろ。

 その調整はわしが持つ」


 第1中隊長の顔が、少しだけ軽くなった。


「助かります」


「あと、上げどころを決める。

 人員が揃わん。

 会場側の要求が増えた。

 運営計画上、どこか一か所でも無理が見えた。

 この三つのどれかが出たら、その段階で上げろ。

 完成してからやなくてええ」


「了解です」


「中間報告は、金曜終礼前に一回。

 その時点で編成案と詰まりを見せてくれ」


「はい」


「最後に支援や。

 会場物品関係で困ったら補給科。

 司令業務室要求の解釈で詰まったら訓練科長。

 各中隊の負担調整で揉めたら、わしに上げろ。

 そこはお前一人で背負わんでいい」


 第1中隊長は、そこで初めてはっきりとうなずいた。


「それなら動きやすいです」


「さっきの説明よりマシか」


「だいぶマシです」


「遠慮ないな」


「信頼関係です」


 補給科長が横から口を挟んだ。


「いい返しですね」


「お前が褒めると腹立つな」


「認知の差です」


「便利に使うな、その言葉」


 第1中隊長は少し笑った。


「では、この線で進めます」


「頼む」


「はい。失礼します」


 扉が閉まる。


 隊長は深く息を吐いた。


「……全然違うな」


「違うでしょう」


「さっきまで、わりとちゃんと任せたつもりやったんやけど」


「隊長の“任せたつもり”は、だいたい危ないですね」


「毎回そんな感じなんか」


「優秀な相手ほど、そうなりやすいです。

 どうせ分かるやろ、どうせやれるやろ、が混ざるんで」


「うわ、耳が痛いな」


「でしょうね。

 でも、今の方が第1中隊長も動きやすいでしょう」


「そうやな……。

 あれなら、どこまで自分でやって、どこで上げるかが分かる」


「ええ。

 任せるって、自由を渡すことやなくて、責任の線を見えるようにした上で動ける範囲を渡すことなんです」


 隊長は椅子にもたれた。


「……難しいな」


「難しいですよ。

 丸投げの方が楽なんで」


「言うな」


「本質でしょう」


「ほんま、そればっかやな」


 補給科長は何でもない顔で敬礼した。


「では、今回の件はこれで」


「おう。

 ……なあ」


「はい」


「こういう話、他のやつにも――」


「嫌です」


「最後まで言わせろや!」


「どうせ、“他の中隊長にも教えといて”でしょう」


「……そうやけど」


「その流れ、ろくなことにならんので」


「ほんま、お前はそういうとこやぞ」


「そこは個性です」


「使い分けるな!」


 補給科長は、ごくわずかに笑ってから踵を返した。


 隊長はその背中を見送りながら、机の上のメモを見下ろした。


 目的。

 終点。

 権限。

 上げどころ。

 支援線。


 任せるとは、責任を捨てることではない。

 むしろ、責任の境界を切ってやる作業なのだろう。


「……管理職って、ほんま地味やな」


 隊長は小さくつぶやいてから、ふと笑った。


「でもまあ、第1中隊長に嫌われる前に気づけてよかったわ」


 その独り言に返事をする者はいなかったが、隊長室の空気は少しだけ軽かった。


2026.3.22タイトルのナンバリング修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ