O-13:頼みにくい仕事の頼み方
本作はフィクションです。
作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。
なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。
(隊長室)
隊長は、パソコン画面を見ながら嫌そうな顔をしていた。
「……うわぁ……」
画面には、訓練科長からのメールが開かれている。
件名。
司令業務室系統依頼に伴う観桜会会場設営等全般責任者の指定について
本文。
要約するとこうだ。
司令業務室系統から、観桜会の会場設営、当日運営、撤収までの全般責任者を連隊から一人指定しろ。
検閲訓練が近い時期で各中隊とも余裕はないだろうが、どこかに命じないと話は進まない。
ついては、隊長判断を求む。
「……なんでこの時期やねん」
検閲訓練が近い。
どこの中隊長に振っても嫌な顔はされるだろう。
しかも、やって華があるのは当日の冒頭だけで、実態は設営、調整、当日の雑対応、撤収までひっくるめた、地味で面倒で責任だけ重い仕事である。
隊長は天井を見た。
「こんな面倒くさいだけの業務、どう振ったらええんや……」
しばらく考えたが、いい案は浮かばない。
こういう時に限って、頭に浮かぶのは嫌そうな顔ばかりだった。
第1中隊長はやれば綺麗にまとめるだろう。
でも、今この時期に持たせると、向こうの訓練準備をきっちり圧迫する。
第4中隊長に持たせれば、きっと熱量高く回す。
ただ、あの人に任せると観桜会に妙な団結力が生まれそうで、それはそれで怖い。
第5中隊長はやる。確実にやる。
だが、周囲まで一緒に締め上げそうで、観桜会の空気が若干軍隊寄りになりそうだった。
第3中隊長は、今の状況を考えると気の毒すぎる。
「……あかん。全員嫌そうや」
隊長は受話器を取った。
「補給科長、ちょっと来い」
(隊長室)
数分後、補給科長が入ってきた。
「失礼します。何でしょう」
「これや」
隊長は画面を指した。
補給科長はメールをざっと読んで、わずかに眉を上げた。
「ああ。嫌なやつですね」
「嫌なやつやろ。
こういう、面倒くさいだけで誰も得せん仕事、どうやって振ったらええんや」
「隊長が命じるしかないでしょう」
「身も蓋もないな」
「でも事実です。
問題は、命じるかどうかやなくて、どう命じるかでしょう」
隊長は腕を組んだ。
「それや、それ。
お前、こういう頼みにくい仕事、どうやって頼んどるんや」
補給科長は少しだけ考えてから答えた。
「頼みにくい仕事ほど、雑に頼まんようにしとるだけです」
「また雑やな」
「具体的に言うと、四つです」
「四つ?」
「誰に頼むのか。
なぜその人なのか。
どこまでやれば終わりなのか。
どこに裁量があるのか。
この四つです」
「……なるほどな」
「嫌な仕事ほど、ここが曖昧やと荒れます」
「でもな。
命じる以上は、最後はやれ、で終わりちゃうんか」
「終わりますよ。
でも、それやと“命令されたからやる”で終わるでしょう」
「そらそうや」
「それでは、最低限しか動きません。
嫌な仕事ほど、命じる側が
“お前に任せる意味”
と
“どこまで自分で考えていいか”
を切らんといかんのです」
隊長は少しうなずいた。
「……理屈は分かる。
でも、実際どんな感じや」
「今ちょうど一件ありますよ」
「あるんか」
「ええ。
第3中隊に貸し出してた連隊本部の偽装網、返還段階で不足が出てます」
「うわ、嫌やな」
「しかも後方支援連隊から借用依頼が来てるんで、注記作業込みで急いで片付けたい。
本来は第3中隊の尻拭いですけど、今日中に探しに行かんと面倒になります」
「それを今から振るんか」
「ええ。
隊長、見ます?」
隊長は即答した。
「見る」
(補給科事務室)
補給科長は事務室に戻ると、補給班長を呼んだ。
補給班長はすぐに立ち上がる。
「班長、今よろしいですか」
「はい」
「第3中隊に貸し出していた連隊本部の偽装網が、返還段階で不足しています。
後方支援連隊から借用依頼も来ているので、今日中に所在確認と注記作業の前段まで終わらせたいです」
補給班長の顔に、わずかに“嫌な予感”が浮かんだ。
だが、補給科長はそのまま続けた。
「本来であれば、第3中隊にやらせて返させればいい話です。
ただ、急ぎますし、第3中隊から作業員を差し出させても、統制して動かす監督者は要ります。
幹部が望ましい」
「はい」
「なので、あなたに行ってもらいたいです」
補給班長は黙って聞いている。
「理由は三つ。
一つ、私とスケジュール感まで共有できていること。
一つ、人の使い方が前よりかなり上手くなってきたこと。
一つ、使い慣れん烏合の衆をまとめて動かす訓練にもなること。
あなたを信頼して任せたいと思いました」
補給班長の表情が、少しだけ引き締まった。
「ありがとうございます」
「一人でやってみるか、サポートに先任をつけるかは、あなたの判断に任せます。
全般統制はあなたが持つ前提で、必要なら編成を考えてください」
補給班長は、すぐには答えなかった。
まず先任の机を見た。
「先任、今日の午後、燃料受領確認の後は空きますか」
補給班先任陸曹は手帳を見てから答えた。
「空くぞ。
十五時以降なら丸々使える」
補給班長はうなずいた。
「では、先任のサポートを希望します」
「理由をどうぞ」
補給班長は即答した。
「第3中隊が備品管理に使っているのは、2号倉庫と3号倉庫です。
二手に分かれた方が効率がいい。
全般の統制は自分が持ちますが、二正面で動くなら、意思疎通が容易な副指揮官が必要です」
補給科長は、そこで少しだけ目を細めた。
「いいですね。
あなたに任せることにして正解でした」
隊長は、事務室の隅で黙って見ていた。
補給科長はさらに続ける。
「さっき、第3中隊長も頭を下げに来ていました。
しっかり尻を拭ってきてあげてください」
補給班長は苦笑した。
「だいぶ嫌な言い方ですね」
「事実でしょう。
ただ、今日のゴールは明確です。
不足分の所在確認と、借用に支障が出ないところまでの注記準備。
全部を綺麗に片づける必要はありません。
終点を見失わんように」
「了解です」
「先任も、班長の判断を支えてやってください」
「了解しました」
そのやり取りを見ていた隊長は、少し驚いた。
本来担当でもない。
期限は近い。
自分の業務も圧迫する。
しかも他部署の尻拭いだ。
一般的には、誰がどう見てもクソ仕事である。
それなのに、そこにいた二人の空気は、少なくとも“雑に押し付けられた人間の空気”ではなかった。
(廊下)
「……今の、何が違うんや」
補給科事務室を出るなり、隊長は小声で聞いた。
補給科長は、何でもないことのように答えた。
「だから最初に言ったでしょう。
誰に、なぜ、どこまで、どこに裁量があるか、です」
「でも、班長に“やるかやらんか”は選ばせてへんかったな」
「当たり前でしょう。
そこは指揮官が切るところです」
「ほう」
「任務付与そのものを部下の選択にすると、責任の所在がぼやけます。
裁量を渡すのは、受けた任務をどう遂行するかの部分です」
「……なるほどな」
「今日の実演で班長に渡したのは、
“サポートをつけるかどうか”
“どういう編成で回すか”
の判断です。
“行くかどうか”は渡してません」
隊長は深くうなずいた。
「それや。
そこがさっき、妙にしっくりきたんや」
「嫌な仕事ほど、そこを雑にすると荒れます。
命じるべきところまで
“どうする?”
と投げると、今度は責任まで部下に押しつけた形になるんで」
「うわ、耳が痛いな……」
「でしょうね」
補給科長は歩きながら続けた。
「あと、頼みにくい仕事で一番あかんのは、大したことないふりです」
「“ちょっとやっといて”みたいなやつか」
「そうです。
嫌な仕事やと分かってるのに、上が
“いや、すぐ終わるから”
とか言い出すと、だいぶ腹が立ちます」
「それも分かる……」
「なので、嫌な仕事なら嫌な仕事と認める。
その上で、終点を切る。
意味を示す。
裁量を渡す。
支援線も引く。
そこまでやって初めて、納得して引き受けやすくなります」
「納得して引き受けやすく、か……」
「ええ。
クソ仕事を楽しい仕事に変えることはできません。
でも、納得できるクソ仕事にはできます」
隊長は思わず吹き出した。
「言い方!」
「でも本質でしょう」
「お前、ほんま言葉の選び方が終わっとるな」
「認知の差です」
「便利に使うな、その言葉」
(隊長室)
隊長は自分の机に戻り、訓練科長からのメールをもう一度開いた。
観桜会の会場設営。
当日運営。
撤収。
全般責任者の指定。
面倒くさい。
誰だって嫌だろう。
だからこそ、雑に振れば確実に削れる。
「……なるほどな」
隊長は、候補として何人かの顔を思い浮かべた。
やらせるかどうか、ではない。
誰に、なぜ、どこまで、どこに裁量を渡すか。
そこまで切って、初めて“命じる”になるのだろう。
「補給科長」
「はい」
「とりあえず、観桜会の全般責任者は第1中隊長に振る」
「ええんやないですか」
「ただし、任せ方を間違えるとあかんのやろ」
「だいぶあかんですね。
あの人は優秀ですけど、優秀な人ほど雑に振ると“分かってる前提”で全部背負い込みますから」
「……うわ、ありそう」
「ありそうやなくて、やるでしょうね」
隊長は眉をしかめた。
「じゃあ、どう切ればええ」
補給科長はわずかに笑った。
「そこはまた別の話です。
頼み方と、任せ方は似てますけど別なんで」
「また小分けにしよるな、お前」
「管理職教育なんで」
「便利な言葉やな、それ」
隊長は小さくため息をついた。
「ほんま、面倒くさい仕事ほど面倒くさいな」
「だから管理職がおるんでしょう」
「お前、そればっかやな」
「事実なんで」
隊長はメール画面を閉じ、椅子にもたれた。
「……よし。
じゃあ次は、“任せ方”か」
「ええ。
そこを雑にすると、今度は丸投げになります」
「嫌な予告をするな」
「でも、だいたい一回はやらかすんで」
「誰がや」
補給科長は黙って隊長を見た。
「……わしか」
「さあ、どうでしょう」
「その顔が答えやろ!」
隊長室に、短い笑い声が落ちた。
嫌な仕事は、なくならない。
組織である以上、誰かが引き受け、回し、終わらせるしかない仕事は必ずある。
だからこそ、投げ方に品が要る。
同じ仕事でも、その品の有無で、人の削れ方はだいぶ変わるのだろう。
隊長は画面の黒くなったパソコンを見ながら、小さくつぶやいた。
「……管理職って、結局、頼み方でだいぶ決まるんやな」
「七割くらいはそうですね」
「十分多いな!」
2026.3.22タイトルのナンバリング修正




