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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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12/24

O-11:保全事故がなくならない理由

 本作はフィクションです。

 作中に登場する「自衛隊」は「自立衛星観測隊」の略称であり、現実のいかなる組織・制度・人物とも一切関係ありません。

 なお、万一よく似た部分があったとしても、それは偶然です。たぶん。

(隊長室)


 隊長の前に、情報科長が静かに立っていた。


 机の上には、本管中隊に対する情報管理検査の結果資料が広げられている。

 赤で印がつけられた箇所は、一つだけだった。


 だが、その一つが、あまりよくなかった。


「……もう一回確認するぞ」


 隊長は、資料から目を離さずに言った。


「保存期間そのものは満了していた」


「はい」


「けど、内閣府から廃棄同意が下りる前に、誤って廃棄した」


「その通りです」


 情報科長の声は、いつも通り平坦だった。


「廃棄した担当者は」


「保存期間が過ぎていたため、廃棄可能と誤認したとのことです」


「本管中隊長の反応は」


 情報科長は、ほんの少しだけ間を置いた。


「面前では、“次から気をつけます”と」


「面前では、な」


「はい。

 温度感としては、

 “どうせそのうち同意は下りる”

 “そんな細かいところまで見んでもええやろ”

 “内閣府の処理が遅いのが悪い”

 あたりかと」


 隊長は、机に肘をついて額を押さえた。


「……ああ、うん。

 だいたい想像つくわ」


「規則上は不適切です。

 処分の要否について、決裁をお願いします」


 隊長は、しばらく資料を見たまま黙った。


 保存期間は満了していた。

 実害らしい実害は、表面上は見えん。

 普通なら、流そうと思えば流せたかもしれん。


 だが今回は、担当が情報科長だった。

 規則を見て、確認して、拾うべきところを拾った。

 だから表に出た。


「……最近、似たような話を聞いた気がするな」


「飲酒運転の件ですか」


「そうや。

 “悪いって知ってるのに、なんでやるんや”の話」


 隊長は、顔を上げた。


「情報科長」


「はい」


「補給科長、呼んでもええか」


 情報科長は、少しだけ瞬きをした。


「構いません。

 説明は、あの人の方が隊長向きでしょう」


「隊長向きって何や」


「言葉を雑にしても通じる、という意味です」


「腹立つなぁ……」


 隊長は受話器を取った。


「補給科長、ちょっと来い」


 


(隊長室)


 数分後、補給科長が入ってきた。


「失礼します。何でしょう」


「ちょっとええか、補給科長」


「嫌です。

 その呼び方は、だいたい前話の知識解説が別件の不安を呼び込んだ時でしょう」


「よう分かっとるな」


「しかも今日は情報科長までいる。ろくでもないです」


 情報科長が、無言で資料を一枚差し出した。


 補給科長は立ったままざっと目を通し、すぐに顔をしかめた。


「ああ、そういうやつですか」


「即答やな」


「だって前話の焼き直しでしょう。

 飲酒運転が、保全事故に変わっただけです」


「そうや。

 それ、保全事故とか情報流出にも、そのまま当てはまるんちゃうかと思ってな」


「当てはまりますよ」


「即答やな」


「だって同じでしょう。

 悪いことだと知ってる。

 教育もされてる。

 厳しく言われてもいる。

 それでも起きる。

 人間が

 “今だけ”

 “これくらい”

 “今回だけは大丈夫”

 で事故る構造は同じです」


「うわぁ……」


 補給科長は、空いている椅子に腰を下ろした。


「で、今回は何です。

 また上の会議で気が滅入った話ですか」


「いや、今回は違う。

 これはうちの足元で対策を打てる。

 連隊内で、実際に効果が出そうな保全事故防止と情報流出防止の案を出せ」


 補給科長は、すぐに情報科長へ視線を向けた。


「……それ、情報科長の担当では?」


 隊長が、咳払いした。


「職務機能組織図に

 “その他、命ぜられた事項”

 って書いてあるやろ」


 補給科長は天井を見た。


「……あの文言、以前から消すべきやと言うてたのに。

 総務科長が

 “昔からこれで回ってるから”

 って雑に残した結果がこれですよ……」


「今日は諦めろ」


「公務員組織の便利ワード、だいたい現場の地獄に直結するんですよ」


「愚痴が長い。

 で、どうなんや」


 補給科長は、ようやく隊長へ向き直った。


「まず前提ですけど。

 保全事故って、悪意あるスパイが華麗に盗むより、

 忙しくて眠い善良な人間が、面倒くささと慣れで起こす

 方が圧倒的に多いです」


「言い方は嫌やけど、分かる」


「可搬記憶媒体を私物で代用する。

 業務データを家に持ち帰る。

 書類を机に置いたまま離席する。

 誤って廃棄する。

 送信先を確認せん。

 これ、だいたい

 “国家を揺るがしたろ”

 やなくて

 “早く終わらせたい”

 “今日だけ”

 “いつも大丈夫やったし”

 ですからね」


「……あー」


 情報科長が、静かに補足した。


「今回の本管中隊も、まさにそれです。

 規則を理解していなかったわけではない。

 保存期間が満了していたため、廃棄可能と短絡しただけです」


「まず一個目。

 正常性バイアスです」


 隊長が、半ば諦めた顔になった。


「出たな、心理学用語」


「簡単です。

 人間、いつも起きてへん事故は

 “今回も起きんやろ”

 と思いやすいんです」


「なるほど」


「私物のUSB使ったことある。

 でも今まで何もなかった。

 書類を机の端に置いたことある。

 でも今までなくしてない。

 データを一時的に持ち帰ったことがある。

 でも今まで漏れてない。

 そうすると脳みそは

 “じゃあ今回も大丈夫やろ”

 って勝手に処理する」


「嫌なリアルさやな……」


「保全事故って、

 一回で即爆発するもの

 ばっかりやないでしょう。

 だから余計に、

 “まだ大丈夫”

 が積み上がるんです」


「たしかに」


「二個目。

 馴化です」


「またか」


「またです。

 保全教育も耳タコでしょう。

 秘密保全。情報管理。可搬記憶媒体の適正使用。私物使用禁止。

 言ってることは正しい。

 でも、同じ言い方を繰り返すと、だんだん脳が

 “はいはい、いつものやつ”

 になる」


「飲酒運転の時と同じか」


「そうです。

 強い言葉を繰り返し浴びると、危機感が高まる前に社内アナウンス化するんですよ」


「社内アナウンス化て」


「誰も真剣に聞いてないけど、流れてることだけは皆知ってるやつです」


 隊長が苦い顔で笑った。


「最低の例えやけど分かるわ……」


「三個目。

 スリップとミステイクです」


「何やそれ」


「うっかりと、思い込みです。

 スリップは、分かってるのに手が滑る。

 ミステイクは、そもそも判断を間違える。

 保全事故って、このどっちかが多いんです」


「たとえば?」


「スリップなら、送信先の確認飛ばして送るとか。

 廃棄箱を間違えるとか。

 持って出た書類を回収し忘れるとか」


「うん」


「ミステイクなら、

 “これくらいなら私物を使ってもええやろ”

 “このデータは持ち帰っても大丈夫やろ”

 “保存期間過ぎてるし、もう捨ててええやろ”

 って判断する方です」


 情報科長が、無表情のまま言った。


「今回の件は、ミステイク寄りです。

 廃棄同意という要件を、保存期間満了で代替できると思い込んでいた」


「……あー」


 補給科長は、そこで指を軽く机に置いた。


「つまり、保全事故って

 意識が低いから起きる

 だけやないんです。

 忙しい。急いでる。疲れてる。面倒。慣れてる。

 そのへんで起きる。

 だから

 “気をつけろ”

 だけで止めるのは無理がある」


「じゃあ、今までの保全教育って意味ないんか」


「意味がないとは言いません。

 でも、教育だけ積んでも、人間の雑さまでは消えんって話です」


「それ、飲酒運転の時と同じやな」


「同じですよ。

 ただ、保全の方がさらに厄介です。

 飲酒運転は外から見て派手でしょう。

 でも保全事故って、

 起きた瞬間が静か

 なんです。

 だから本人も周りも、危機感が遅い」


「なるほどな……」


「しかも、上はたぶんまたやるでしょうね。

 教育を増やす。

 通達を増やす。

 点検項目を増やす」


 隊長が目を逸らした。


「耳が痛いな……」


「だって、そうするのが一番

 “やった”

 と説明しやすいですから」


「出たな、その毒」


「でも本質でしょう。

 事故が起きた後に

 “教育しました”

 “通達出しました”

 “服務指導しました”

 は言える。

 でも

 “人間は忙しいと雑になるので、業務量を減らしました”

 は、努力の割に報告映えせんでしょう」


「……せやな」


「公務員組織って、だいたい

 効く対策より、説明しやすい対策が通りやすいんですよ」


「言い方」


「じゃあ柔らかく言いましょうか。

 説明責任を満たしやすい施策が優先されがちです」


「急に会議資料みたいになるな」


「中身は同じです」


 補給科長は、そのまま続けた。


「しかも公務員組織やから公平性が要る。

 せやから本当は

 “この部署はこの事故が多い”

 “この人らはこのミスが多い”

 で対策を変えた方が効くのに、結局は

 全員に同じ教育、全員に同じ禁止、全員に同じ点検

 になる。

 情報管理検査を受ける時みたいな机とパソコンの状態で、普段から仕事回せるやつがおったら見てみたいですよ」


 隊長が笑いをこらえきれず、少し吹いた。


「それは……おらんな……」


「でしょう。

 でも、検査の時だけは全員、急に聖人君子みたいな机になる」


「やめろ。

 リアルすぎて笑えん」


 情報科長が静かに言った。


「笑ってますよ」


「ちょっとだけや」


 隊長は咳払いしてから言った。


「……でも人間は、全員同じようには雑にならん」


「そうです。

 そこが公務員組織の限界です。

 平等に縛るのは得意。

 個別に壊れ方を見るのは苦手」


「最後の言い方が嫌やな……」


「でも本質でしょう」


 隊長は、少しだけ姿勢を正した。


「……で、今回は愚痴聞き回やない。

 うちで打てる手を出せ」


「はいはい」


 補給科長は、ようやく実務の話へ切り替えた。


「現場レベルでやるなら、まず一個目。

 私物を使わんで済むようにする、です」


「ほう」


「私物を使うな、で終わるから私物を使うんですよ。

 必要な備品が、その場に、すぐ、足りるように置いてないからでしょう」


「たしかに」


「可搬記憶媒体、記録用の備品、施錠用の消耗品、持出し用封筒、廃棄ラベル。

 “足りんから、とりあえず私物で”

 は、だいたい補給と配置の負けです」


 隊長が苦笑した。


「補給科長らしいな、それ」


「現場なんで」


「便利に使うな、その言葉。

 次は?」


「二個目。

 持ち帰りたくなる原因を潰す、です」


「どういうことや」


「持ち帰るな、ではなく。

 持ち帰らんと終わらん仕事の置き方をやめるんです」


「……あー」


「夕方の段階で

 “今日、家に持って帰りたくなる案件ありますか”

 を班長レベルで確認する。

 詰まりそうな案件はその場で相談に乗る。

 業務を分配する。

 締切を前倒しで見る。

 保全を倫理の話だけにすると失敗します。

 業務管理の話でもあるんです」


「なるほどな……」


「三個目。

 廃棄と保管を迷わん形にする、です」


「それは大事やな」


 ここで、情報科長が初めて少しだけ前へ出た。


「今回の件も、そこが弱いです。

 廃棄同意待ち文書と、通常廃棄可能文書の区別が、現場で一目でつく形になっていない」


 補給科長が、すぐにうなずいた。


「そういうことです。

 文書の誤廃棄って、悪意より分類が面倒で起きるんですよ。

 だから、廃棄箱を用途別に分ける。

 色を変える。

 ラベルをでかくする。

 一時保管トレーを作る。

 保管期限満了・廃棄同意待ち・廃棄可能を、見た目で区別できるようにする。

 とにかく、

 “考えなくても迷いにくい形”

 にする」


「ナッジやな」


 情報科長が珍しく隊長を見た。


「知ってたんですか」


「前にちょっと読んだ」


「偉いですね」


「お前までその流れやるんか」


 補給科長は気にせず続けた。


「四個目。

 確認を根性にしない、です」


「うわ、刺さるな」


「確認不足を

 “もっと気合いで見ろ”

 でどうにかしようとするの、公務員組織の悪い癖でしょう」


「否定はできんな……」


「提出前チェック表。

 送信前チェック欄。

 持出し時の確認札。

 返納確認の記録。

 短くていいから、確認の型を作るんです。

 根性で守るんやなくて、漏れにくい流れにする」


「なるほど」


「あと、できれば

 事故未満のヒヤリを早く出させる

 ことですね」


「それも大事やな」


「保全事故って、一発で大きいのが出る前に、小さい雑さが絶対あるんですよ。

 私物使いそうになった。

 持ち帰りかけた。

 宛先間違えかけた。

 廃棄区分で迷った。

 そこを

 “怒られるから黙っとこ”

 になると育つ」


 隊長が、ふと笑った。


「……第一話からずっと同じやな。

 問題を早く出させろって話」


「人気テーマは擦られるもんでしょう」


「メタを便利に使うな」


 隊長は、資料を見ながらうなずいた。


「……でも分かったわ。

 保全事故防止って、保全教育だけの話やないんやな」


「そうです。

 保全を気合いで守らせようとするから漏れるんです。

 忙しい人間は雑になる。

 疲れた人間は近道を選ぶ。

 慣れた人間は確認を飛ばす。

 そこまで含めて設計せんと」


「……なるほどなぁ」


「結局、

 人間は信用できん

 を前提にした方が事故は減るんですよ」


 隊長が顔をしかめた。


「お前、人間不信がすごいな」


「補給科長やってたら、楽観は死にます」


 情報科長が、ぼそっと続けた。


「情報科長でも、わりと死んでます」


 隊長が吹いた。


「それは名言っぽいけど、だいぶ嫌やな……」


「でも本質でしょう」


「お前ら、そこだけ仲ええな」


 隊長は、資料をまとめながら言った。


「……よし。

 今の案、連隊内でやれるとこからやるわ。

 備品の置き方、確認の型、持ち帰りそうな案件の早期把握。

 このへんはすぐ手つけられる」


「ええんやないですか。

 上に出す資料には、私が嫌な言い方した部分を全部消して出してください」


「分かっとるわ。

 というか、そのまま出したらわしが消される」


「保全事故防止施策の心理的安全性、下がりますね」


 隊長は、机を軽く指で叩いた。


「便利に使うな、その言葉。

 ほんま、お前はそういうとこやぞ」

2026.3.22全面改稿

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