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コメディ自衛隊 ~毒舌科長、連隊を立て直す~  作者: リフェリア


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11/24

O-10:飲酒運転がなくならない理由

(昼休み・隊員食堂)


 補給科長は、珍しく静かだった。


 いつものように定食の味噌汁から処理し、残った唐揚げをどういう順番で片付けるか考えている時だった。


 そこへ、妙に気の沈んだ顔の隊長が、トレーを持って現れた。


「……ここ、ええか」


「嫌です」


 補給科長は即答した。


「その顔は、だいたい上の会議で正論の圧を浴びた時のやつでしょう」


「よう分かるな」


「昼休みの隊員食堂まで隊長が愚痴りに来る時点で、ろくでもないです」


「ろくでもないは余計や。

 ……いや、でも、だいたい合っとる」


 隊長は向かいに腰を下ろした。

 箸も持たんまま、ため息をつく。


「何があったんです」


「さっきの指揮官会議や。

 また飲酒運転の話やった」


「ああ」


「飲酒運転撲滅に向けて教育はしてる。

 耳にタコできるくらいやっとる。

 飲酒運転のリスクも、事故の重さも、人生終わることも、何回も言うとる。

 しかも、うちの師団ではルールまで増やしたやろ。

 深夜以降の飲酒禁止、長時間飲酒の制限、宴会場への車両乗り入れ禁止。

 それでも、まだゼロにならん。

 師団長がだいぶ気にしとってな。

 わしも会議でだいぶ気が滅入った」


 補給科長は、味噌汁を一口飲んでから言った。


「なるほど。

 やってることが全部、効きにくい方向なんですよ」


 隊長が顔を上げた。


「お前、そこを一刀両断するなや」


「でも本質でしょう。

 飲酒運転が悪いことなんて、もう全員知ってるんです。

 知ってるやつに同じ方向から百回殴っても、だんだん効かんなりますよ」


「どういうことや」


「まず一個目。

 馴化です」


「出たな、心理学用語」


「簡単ですよ。

 同じ刺激を何回も受けると、脳が慣れるんです」


 補給科長は唐揚げを一個箸で持ち上げた。


「最初は

 “飲酒運転は殺人と同じ”

 って言われたらギョッとするでしょう。

 でも、それを十回、二十回、五十回と聞かされたら、最後はもう

 “またあの話か”

 になります」


「……あー」


「耳タコ教育の末路です。

 強い言葉を繰り返しすぎると、危機感が高まる前にBGM化するんですよ」


「BGMて」


「だってそうでしょう。

 人間、毎回本気でビビってたら身が持たんです。

 せやから脳が勝手に

 “はいはい、いつものやつね”

 って省エネ処理に入る」


 隊長は、少し嫌そうな顔でうなずいた。


「なるほどな……。

 強く言えば言うほど効くわけやないんか」


「ないです。

 むしろ、同じ角度から同じ恐怖を叩き込み続けるだけやと、慣れて終わります」


「それはたしかにありそうやな……」


「で、二個目。

 心理的リアクタンスです」


「それは何や」


「人間、自由を奪われたと感じると、反発したくなるんです。

 禁止されるほど、逆にやりたくなる。だいたいそんな感じです」


「……あー」


「深夜以降飲むな。

 2時間以上飲むな。

 車で宴会場行くな。

 もちろん全部、理屈は分かります。

 でも、制限をガチガチにされると、人によっては

 “そこまで言われる筋合いあるか”

 って無意識に反発するんです」


「いや、飲酒運転やぞ。

 そこ反発するとこちゃうやろ」


「理屈ではそうです。

 でも人間、理屈だけで動かんでしょう。

 厳しすぎるルールって、守らせるためのものやなくて、時々

 隠れて破るスリル

 を育てるんです」


「嫌な言い方するなぁ……」


「でもあるでしょう。

 正面から禁止されすぎると、今度は

 “見つからんかったらええやろ”

 にズレていくやつ」


「……あるな」


「飲酒運転そのものを悪いと思ってないんやなくて、

 ルールへの反発と、隠れてやるスリルが混ざって、認知が変な方向へ行くんです」


「なるほどな……。

 締めれば締めるほど、全員が素直に守るとは限らんのか」


「そうです。

 締めるのは必要です。

 でも、締めるだけやと逆噴射する人も出る」


 隊長は、味噌汁も飲まずにうなった。


「難しいな……」


「で、三個目。

 たぶん一番強いのがこれです。

 社会的証明」


「それは聞いたことあるな。

 みんながやってると正しいと思う、みたいなやつやろ」


「そうです。

 教育百回より、

 “あいつ飲んで帰ったけど何もなかった”

 の一件の方が強い」


「うわぁ……」


「だって人間、頭で理解するより、近い他人の成功体験に引っ張られるんで。

 “飲酒運転は危険です”

 と教育される。

 でも一方で、身近なところで

 “バレなかった”

 “事故らなかった”

 って話を聞く。

 すると脳は勝手に

 “じゃあ、たぶん大丈夫なこともあるんやな”

 って学習する」


「最悪やな……」


「最悪ですよ。

 しかも、そこにちょっとした楽観バイアスも乗るんです」


「また増えたな」


「軽くでいいです。

 人間、

 “事故るのは運の悪いやつで、自分は大丈夫”

 って根拠なく思いやすいんですよ。

 せやから、近くの成功例と、自分だけは大丈夫理論が合体すると、教育はだいぶ負けます」


「……あー。

 理屈で知ってることと、自分ごとになることは別やもんな」


「そういうことです。

 つまり今の対策って、

 正しいことを強く言う

 方向には全振りなんです。

 でも人間って、正しいことを強く言われ続けると、

 慣れる。

 反発する。

 近くの例に流される。

 だいたいこの三段活用で崩れるんですよ」


「嫌な三段活用やな……」


「でも分かりやすいでしょう」


「分かりやすいけど、師団長の前では言えんわ」


 隊長はようやく箸を持った。

 だが、まだ唐揚げには手をつけない。


「……にしてもやな。

 そこまで分かっとるなら、なんで上はああいう対策ばっか増やすんやろな」


 補給科長は、少しだけ口元を歪めた。


「簡単ですよ。

 効く対策より、やったと説明できる対策の方が通りやすいからです」


「うわ」


「教育しました。

 通達出しました。

 ルール化しました。

 指導しました。

 これ、事故の後でも全部言えるでしょう」


「……まあ、せやな」


「でも

 “人間は締めすぎると反発するので、あえて余白を作りました”

 は、事故が起きた瞬間に説明しにくいでしょう」


「それは……そうやな」


「上級部隊の対策って、だいたい

 効くかどうかより、後で責任逃れしやすいかどうか

 で積み上がるんですよ」


「言い方!」


「でも本質でしょう。

 事故を本気で恐れる組織ほど、

 事故を防ぐ工夫より

 事故の後に叩かれんための証拠集め

 に寄るんです」


 隊長は、箸を持ったまま止まった。


「耳が痛いな……」


「教育実施。

 指導実施。

 通達発出。

 ルール追加。

 全部必要です。

 必要ですけど、それだけ積んでも人間の脳みそのバグまでは直らんです」


「……」


「しかも公務員組織って、公平性が要るでしょう」


「まあ、そこはそうやな」


「せやから結局、

 全員に同じ教育、全員に同じ禁止、全員に同じ脅し

 になる。

 でも人間は、全員同じようには壊れんでしょう」


「……ああ」


「本当は、

 こいつは反発しやすい。

 こいつは楽観的や。

 こいつは周りのノリに流される。

 みたいに個別で見た方が効くんです。

 でも、そんなの公務員組織でやり始めたら

 “なぜ人によって扱いが違うんですか”

 って別件で燃える」


「燃えるな……」


「でしょう。

 だから、やってることは正しいのに効き切らん。

 組織としてはそこそこ真面目なのに、人間の脳みそがそれに素直についてこん。

 だいぶ公務員組織向きやないテーマなんです」


「最後の一言がだいぶ嫌やな……」


「でも本質でしょう」


「……せやな」


 隊長は、ようやく唐揚げを一個口に入れた。

 そのまま少し考えてから、また聞く。


「じゃあどうしたらええんや。

 もう教育もルールも意味ないんか」


「意味がないわけやないです。

 でも、今の方向だけでは足りんって話です。

 禁止より、“ついやらないように仕向ける”方が効く場面もある」


「ナッジか」


 補給科長が、少しだけ目を細めた。


「知っとるんですか」


「前にちょっと読んだ」


「偉いですね」


「お前、そういう時だけ素直やな」


「そうでもないです」


 補給科長は、唐揚げを一個処理して続けた。


「じゃあ、たとえば宴会終わりに

 “今日はここに泊まった方が楽”

 を自然に選ばせる仕組みを作るとか。

 代行や送迎の手配を、面倒なく使えるようにするとか。

 飲酒運転しない方がラクやと思わせる方がいい」


「なるほどな……」


「人間、正しさより楽さに負けるんで」


「身も蓋もないな」


「でも本質でしょう。

 飲酒運転するな、って百万回言うより、

 “飲んだら帰るのめんどくさいから最初から車やめとこ”

 を作る方が強いんです」


「たしかに」


「あと、罰則もね。

 重すぎる言葉で脅すだけやなくて、もっと

 想像しやすい社会的な恥

 の方が効く人もおるでしょう」


「たとえば?」


 補給科長は、一拍置いて言った。


「飲酒運転したら、全隊員の前で自作ポエム朗読ですかね」


「は?」


「“私は判断を誤りました”

 みたいな薄い反省文やなくて、ガチの自作ポエムです。

 タイトルは

 『あの日、ハンドルより軽かった私の倫理観』

 で」


 隊長が素で顔をしかめた。


「最悪やな!」


「法的死より前に、社会的死を与えるんです」


「師団長にそんな案出せるか!」


「でも、

 “飲酒運転は殺人と同じ”

 より、

 “全隊員の前でポエム朗読”

 の方が嫌な人、絶対おるでしょう」


「おるかもしれんけど、そういう問題やないやろ!」


「要するに、

 “悪いことです”

 を強く言うだけやなくて、

 人間が実際にどうズレるかを踏まえた対策が要るってことです」


「……なるほどな」


「教育で馴化する。

 厳しすぎるルールに反発する。

 1個の成功例で集団が崩れる。

 こんだけ心理が動いとるのに、

 “もっと強く言えば伝わる”

 だけで押し切ろうとするからしんどいんですよ」


「そこまで聞くと、こんだけやっても減らん理由は分かるな……」


「でしょう。

 飲酒運転するやつを擁護する気は一ミリもないです。

 でも、なくしたいなら

 “悪いことだからやめろ”

 だけでは、人間は止まらんって認めるとこからでしょうね」


 隊長は、ようやく少し息を抜いた。


「……ほんま、お前の話は嫌なほど腑に落ちるな」


「褒め言葉として受け取っときます」


「いや、褒めてはいる。

 でもこれ、絶対に師団長にはそのまま言えんなぁ……」


「でしょうね。

 途中で

 “耳タコ教育はBGM化してます”

 の時点で空気死ぬでしょうし。

 そのあと

 “今の対策、責任逃れしやすい順に並んでます”

 まで言ったら、たぶん昼休み返上で個別指導です」


「死ぬな。

 ポエム朗読案まで行ったら、わしの指揮官生命も死ぬわ」


 補給科長は味噌汁を飲み切ってから言った。


「飲酒運転対策の心理的安全性、下がりますね」


「便利に使うな、その言葉。

 ほんま、お前はそういうとこやぞ

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