102号室の住人。
ナキルさんを朝、仕事へ行くのを見送ってから3日。
誰にも会わない。
いやナキルさんには会うんだ。朝掃除していると絶対会う。だけど他の住人には未だに会えていない。でも夜になってアパートを家の窓から見上げると明かりが点いている。
挨拶を‥、せめて挨拶をさせて欲しい!
何度か呼び鈴を鳴らして挨拶に行ったけど、そんな時に限って留守だったりする。タイミングが合わないのだ。
夕方帰って来たナキルさんが、「まだ他の住人に会えない」と話したのを覚えていたのか、掃除用具を片付けていた私に、「今日はどうだった?」と聞いてくれた。優しい‥、しかし今日も会えなかった。
「また今日も会えませんでした‥」
「そうか。このアパートの住人は忙しい者も多いからな」
「そうですか‥」
忙しいなら確かに会えないよなぁ。
私が起きるよりもずっと早くにお仕事に行ってる人もいるみたいだし。
ふとブラック企業で勤めていた時、そもそも家に帰れなくて会社に泊まったことを思い出して慌てて頭を横に振った。
あの記憶は思い出したくない‥。
まぁ徐々に会えばいいのかな?
そう思っていると、ナキルさんが思い出したように、私を見て、
「近所にスーパーがあるだろ」
「あ、はい」
「そこに隣の奴がよく行くと言ってたな」
「え、じゃあ丁度明日買い出しに行く予定なんで行ってみます!ありがとうございます!」
ちょっとだけ前進できた気分になって、ニコーッと笑うとナキルさんが私を見て、目を丸くすると「会えるといいな」と言って、自分の部屋へ帰ろうとしたけれど、ちょっとこけそうになるし、ドアに頭をぶつけていた‥。だ、大丈夫?今になって疲れが出たのだろうか‥。
兎にも角にも翌朝。
ナキルさんを見送ってから、近所のスーパーへ買い出しだ!
気合いを入れて、おばあちゃんがくれた白い自転車に意気揚々と乗り込み近所のスーパーへ行って、店内をくまなく見て回ったけれど‥、
「そもそもお隣さんがどんな風貌の人か聞いてなかった‥」
痛恨のミス。
というか致命的なミス。
どうして私はこう詰めが甘いのだろう。
特売の牛乳と卵とパンをしっかり買ってから自転車のカゴに入れて、帰ったらナキルさんにもう一度お隣さんの事を聞いておこうと自転車を漕いでいると、目の前に両手に大きな買い物袋を抱えている男性が歩いていた。わ〜〜、すっごい買い込んでいるなぁ。
短かめにカットされた薄い茶色の髪だけど、左側だけ三つ編みを耳の上から垂らしてて結構インパクトのある髪型だ。
あれだけ買い込んでいるから、大家族の人なのかな‥。失礼かと思いつつパンパンのビニール袋を見ていると、ビリッと破れる音と共に底からドサドサと勢いよく目の前で食品が落ちた。
「わ!!わわ、マジか〜〜〜!!」
お兄さんが悲痛な叫びを上げて、もう一つのビニール袋を地面に下ろそうとした途端、そっちも底がビリッと破けた。あ、嗚呼‥。どうにも見捨てることができず自転車を道の端っこに止めてから、持っていた予備の買い物袋を取り出した。
「あの良かったらこれ使って下さい!」
「え?いいの?」
パッと顔を上げたその人は、緑の瞳をキラキラと輝かせた。
う、うわ!??イケメンな外国人だ。ナキルさんが魔王なら、こっちの人はまさに王子!といった顔だな‥。驚きつつ買い物袋を渡すとお兄さんは手際良く詰めていく。ううむ、手慣れているなぁ。
感心していると、袋をパンパンに詰めたお兄さんがスクッと立ち上がると、ナキルさんも結構大きいなぁと思ったけど、このお兄さんも大きい!しかもよく見れば腕がムキムキだ。あ、牛さんほどではないけど。
「ありがとうな!俺、すぐにこういうドジするから助かったよ!家はどこ?この袋を返さないと‥」
「あ、いえ。それは別に。まだあと三つくらい持っているんです」
「そうなのか?でも悪いなぁ‥」
「いえいえ、お役に立てたのならなによりです」
「家は近いの?」
「えっと、まぁ‥」
「そっか!俺はもうちょい行ったあの茶色の壁のアパートに住んでるんだ!」
そう言って指差したそこは、私の管理しているアパート‥。
「もしかして、宿り木荘ですか?」
「え、名前知ってるの?」
「は、はい、私そこの管理人をすることになって‥」
「え?ってことは、タキの孫?!」
驚いたように私を見つめたそのイケメンさんは目をキラキラさせた。
う、うわ、驚いた顔まで格好いいとはすごいな。
「ご挨拶遅れましたが、三津臣ふみと申します。よろしくお願いいたします」
「こっちこそよろしく!あ、俺アシェルって言うんだ!よろしくな」
ニコッと人好きするような笑顔に、私も釣られて笑顔になる。
うわぁ〜〜〜、ようやく二人目の住人さんに出会えたよ!それにしても惚れ惚れするくらいのイケメンのアシェルさん‥。おばあちゃん、もしかして顔で住人さんを選んでないよね?
引っ越した際にご挨拶に伺ったお隣さんが、昔懐かしのいわゆる仁侠なおじ様だったけど、
呼び鈴が鳴るとドアスコープをノールックでドアを開ける私に「危ねぇからすぐ開けるな!」と言いつつ、いつもお菓子くれました。ほっこり。