102号室の住人。5
その日の夕方、アシェルさんは予告通り山盛りのお肉が入った大鍋を持って我が家へやってきた。
「すごい肉の量ですね‥」
「俺が結構食うからな〜!」
キラキラと光の成分を詰め込んだような笑顔なのに、持っているお鍋はガスコンロに乗り切るかな?ってくらい大きなお鍋だ。温められるかな‥。
ひとまず家に運んで貰ってから作っておいた副菜をテーブルに並べるとアシェルさんは目を輝かせる。
「あ!これタキも作ってた!」
「まさにおばあちゃん直伝の酢の物です。野菜を切って、寿司酢とちょっと砂糖を入れるだけなんで、つい箸休めによく作るんです」
「はは、味の継承はできてるんだな!聖女の継承って何かあるのか?」
「ええ?!今、初めて聞いたんですけど?」
聖女の継承って何?
目を丸くしていると、我が家の呼び鈴が鳴った。
「あ、ナキルさんかな?」
「‥‥あいつ、わかりやすいな〜〜」
「わかりやすい?」
「まぁまぁ、とりあえず一緒に迎えに行こうぜ!」
「はぁ‥」
なんの事かわからず一緒にドアを開けにいくと、ナキルさんは無表情でアシェルさんを見て「‥本当に来たのか」と言うと、アシェルさんがニコニコと笑って「来ちゃった!」と恋人のように返事をした。
‥勇者と魔王の孫同士になると、こんな感じなのか‥。
ナキルさんがいつも座る場所に腰を下ろすと、茶色の紙袋を私に手渡してくれた。
「えっと、これは‥?」
そろっと紙袋の中を見ると、白い布に包まれたゲンコツくらいの大きさの緑に光る結晶石のような物が入っていた。い、石‥?布ごと紙袋から取り出すと、ナキルさんがじとっとアシェルさんを見て、
「そこの奴がまたうっかり生の魔物を送っても困るからな。黒いドアの前に吊るしておけば、入ってくる前にあっちへ戻される」
「なるほど〜〜!ナキル賢いな!!」
「‥お前に言われたくない」
アシェルさんが「良いアイデアだなって褒めたのに!」と頬を膨らましながら文句を言っているその向かい側で、私はもう感動していた‥。何もできなかったのに対策案を持って来てくれるなんて‥!
ブラック企業でとにかく何か起これば怒鳴られていた私は、その優しさに目頭が熱くなる。
じわっと涙が出そうになると、ナキルさんの真っ黒に塗られた爪が不意に視界に入って‥、綺麗な指先が私の涙を拭った。
「‥なんで泣く」
「嬉しくて‥。管理人なのに、何も出来なかったのに、こんな風にして頂いて申し訳ないですけど‥」
戸惑うような顔をしたナキルさんの横で、アシェルさんが目を丸くする。
「ええ〜〜、何も出来てない訳ないぞ?ケルガガが逃げてったのちゃんと追ってくれたじゃないか!」
「そう、でしょうか?」
「そうだよ!あとちゃんと道案内してくれたし!」
「‥そこは、まぁ」
「大丈夫!!持ちつ持たれつ!助け合って生きてくのが人生ってもんよ!」
あっはっは!と光の成分をこれでもかと迸らせるアシェルさんに、気が付かない内に自分で「こうしなきゃ!」と思っていた大きな重りが軽くなった。‥そっか持ちつ持たれつか。涙をゴシゴシと拭いてからお礼を言うと、アシェルさんは嬉しそうに笑ってくれた。
そして大鍋に入ったほこほこと湯気を立たせるお肉を見て、ハタッと気付く。
「‥‥ん?ケルガガ?」
「おう、朝逃げたのケルガガっていうんだ。昨日も食べたろ?」
「あれが、これ‥」
「前にあげたのとは違う味付けだけど、気にいると思うぜ!こっちは聖女流の「ケルガガの角煮」だからな!」
「聖女流!?」
またなんか知らない単語出てきたぞ?
思わずナキルさんを見ると、
「タキは食べるのが好きだったからな。ありとあらゆる食材を使って「にほんしょく」の再現に尽力していた。これはうちの国でも有名なレシピだ」
「おばあちゃん本当に何やってたの?!!」
本当に何を異世界でやっていたのだ‥。
いや聞きたくても、きっともう連絡しても届かない場所まで出かけているに違いない。うちのおばあちゃんはそういう人だ。
「まぁまぁ、とりあえず食べてみてくれよ!」
アシェルさんのキラキラと光る笑顔に押されて、あのウネウネと動いていたケルガガを思い出さないよう精神を集中した。美味しそうなお肉にはなんの罪もない。
「い、いただきます」
お肉をドキドキしながら口に入れて噛みしめると、完全に角煮である。
しかも口に入れた瞬間にホロリと溶けた。
「美味しい!ご飯に合う!!!」
「あはは、タキと同じこと言ってる!!」
「それはそうですよ。孫ですし!」
「そういや、俺ら全員孫だったな〜」
「確かに‥!」
今更気付いたけど、魔王のナキルさんと勇者の孫のアシェルさんと、聖女の孫の私。‥それぞれ立場は違うけれど、同じ食卓にいるのが不思議でちょっと面白い。アシェルさんとナキルさんを交互に見て、
「えっと、同じ孫同士今後もよろしくお願いします」
私の言葉にアシェルさんはパッと顔を輝かせ、ナキルさんは静かに微笑み、私はいつものように笑ったのだった。