第25話 残された希望はあまりにも
四日目。
天使たちの襲撃から生き残った人々の一部は、とある地下基地に身を隠していた。
核攻撃すら耐えきる、特製の巨大シェルターだ。
元々は魔法少女たちの前線基地として使用されていた物だが、緊急事態なので、接収されて避難場所となっていた。ここならば、数か月の間、数千の人々が生きていくことが可能な備蓄が用意されている。
ちょっとした災害を乗り切るのであれば、適した場所だっただろう。
だが、今、世界で巻き起こっている破滅は終末を誘う審判だ。どれほど、地下深くに逃れようとも、逃げきれない。
「いけませんね、どうも。ここで耐え凌いでも、いずれ来る七日目に世界は終焉を迎えてしまうでしょう」
人類の生き残りにして、最後の魔法少女となってしまったデウスは、淡々と絶望を紡いだ。
デウスは今、避難民たちの中でも、天使に対抗できる戦力。そして、天使を生み出しているであろう主犯――『鈴木次郎』と関係の深い者を集め、作戦会議を行っていた。
幸いなことに、このシェルターには『敵対種族』などと言った相手と戦うための設備である。当然、それ相応の会議室も用意されているのだ。
「そうですねぇ、このままだと七日目には仲良くお陀仏かと」
灰髪の銀縁眼鏡の少年、首塚藤二はデウスの言葉に頷き、ため息を吐く。
「まったく、いつかは壊れるかと思ってましたが、こんな壊れ方はさすがに想定外ですよ、あの馬鹿。童貞拗らせたショックで、世界破滅とかギャグにもなりません」
「こんなことでしたら、ちゃんと風俗に連れて行ってあげればよかったです」
生き残った者たち――仮に『レジスタンス』と名付けるとしよう。
レジスタンスの中でもリーダー格と、参謀である藤二。二人は魔術に通じた人物であり、また、次郎ともそれなりの付き合いがあるので、天使が次郎の眷属であることはすぐに判別がついた。
どんな理由でこのような真似をしているか分からないが、とにかく次郎が相手では個々に吶喊しても無駄死にすることは確実。ならば、次郎をどうにか出来る戦力を集めようと、デウスが主導として、次郎と近しい者、戦闘能力の高い者を捜索していたのだ。
そして、四日目である現在。やっと相応の戦力が整ったので、此処で攻勢に出ようと作戦会議を建てている所である。
「…………あの、兄さんが本当にごめんなさい」
金髪碧眼の少女――鈴木蓮花は、二人の会話を聞いて、申し訳なさそうに背中を丸くした。その目には、うっすらと涙が滲んでいる。
「私、兄さんがこんなことをするとは、本当に思えなくて……でも、最近はほとんど会えなくて。こんなことになるなら、変な意地なんて張らずに、ちゃんと…………」
「蓮花ちゃんは悪くないよ。元を正すのなら、私の所為にもなるし」
蓮花に寄りそうにようにして、蓮花の友達――柏木美月は励ましの言葉を紡ぐ。
英雄の妹に、元邪神。
後者はともかく、前者は肩書きに負けない……いや、肩書き以上の戦闘能力を有する超人だ。生き残った戦力の中で唯一、次郎と正面から戦って勝利しうる可能性を持つ存在でもある。
「蓮花さん、厳しいことを言いますが……この場で一番の戦力は貴方なのです。例え、次郎がどんな考えを持っていたとしても、それを止められるのは貴方だけ」
「…………うん、わかってるよ」
淡々と蓮花を言い含めるデウス。
デウスも次郎の行動に何か思うことが無いわけではないが、元々、そこまで深くプライベートでの付き合いも無い相手だ。敵対することになったのなら、ましてやそれが、かつての相棒だったのなら、引導を渡してやるのが戦友という物だろう。そういう気持ちの方が強い。
デウスは魔法少女である前に、一人の戦士なのだから。
「では、話を続けましょう。まず、現状を維持しても七日目には、次郎とその共犯が仕込んだ世界魔法が発動され、この世界は文字通り終焉を迎えるでしょう。発動してしまったのなら、どれだけの力を持っていようが、防ぐことは叶いません。七日目までに、次郎を止めなければ、我々の世界は滅びます」
「これは、僕が狂わなかった龍脈を確保して、デウスさんが調べた結果なので、まず間違いありません。脅しでもなんでもなく、ただの事実として受け止めてください」
世界魔法。
それは、マクガフィンが次郎と共に発動させている、規格外の大魔法だ。
世界の舞台装置であるマクガフィンと、デウスエクスマキナである次郎が組むことによって、『終末のカウントダウン』が発生する。それにより世界は、約束された黙示録が来たのだと誤認し、自己崩壊を始めるのだった。
「それを防ぐためには次郎の撃破は外せません。最悪、殺すことも――否。殺すつもりで戦わなければ、足下にすら及ばないでしょう」
「デウスさん! それは!」
残酷な言葉を告げるデウスへ、蓮花は抗議の声を上げる。例え、世界規模での大量虐殺を行った主犯とはいえ、次郎は実の兄だ。それを殺すなんて考えられないのだろう。
「別に、蓮花さんにはそれを強制するつもりはありません。できるなら、次郎を殺さずどうにか出来るのが、最善でしょう。ですが、忘れてませんか? 次郎は、強いのですよ?」
「少なくとも、その強さはそこの元邪神な方は嫌というほど知っているのでは?」
藤二の言葉に、美月は肩を震わせた。
言われるまでも無く、美月は次郎の強さ、恐ろしさが魂に刻まれている。思い出すだけで、血の気が引き、顔が真っ青になるほどに。
「…………はい。恐らく、この中では、蓮花ちゃん以外、勝ち目がない、です」
それでも、震える声で、精一杯美月は断言した。
「絶対に、勝てません…………」
「そうでしょうね」
「知ってましたよ、ったく」
デウスは嘆息共に、藤二は苦々しく顔を歪めて頷く。
己たちが、どれほど束になって掛かろうが、鈴木次郎という超越存在を打倒することは不可能であると。改めて、確認したのだ。
「まず、次郎と私たちでは純粋に存在の質量が違います。同格でなければ、どんな異能であれ、力づくで排除してしまうでしょう」
「おまけに、次郎さんは理も持っているんでしたっけ? なんでも、『愛を嗤う理』だとか」
「その通り。邪神との戦いではあまり活躍しませんでしたが……こと、人間相手ならば凶悪なほど効果を発揮します」
次郎が持つ、邪神としての権能。
愛を嗤う理。
それは、愛のために戦えば戦うほど、その愛が深ければ深いほど、その者が弱体化し、対照的に次郎が強化される理だ。愛する者は枯れ落ち、それを嗤う者が栄える、悪辣極まりない邪悪な法則である。
「後は、絶対命中の破滅の焔に……天津神として他者の理を浸食する権能…………ええ、考えるだけで吐き気を覚えるほどのチートですね」
「万能ですからね、次郎さんは。僕が行った呪術を一度見ただけで、その派生の呪いを全て把握、習得した時もありましたし」
「…………チートですね」
大切なことだから、二回言ったようである。
デウスと藤二が語っている通り、次郎は凄まじく反則じみたスペックの持ち主だ。万能の天才の上、受け継いだ血筋によって自力も凄まじい。さらに言えば、世界を三度救った戦闘経験も持つのだから、まさに反則だ。常識的な強さを持つ者にとっては、悪夢に違いない。
「ですが、次郎がチートだとしても、この世界には、そのチートを超えるチートが存在します。例えば、我らが蓮花さんのように」
そして、そんな強さを持った次郎だとしても、それよりも強い存在が普通に居るのだから、世界は広い。
「例えば、首塚さんの恋人のお爺さん……斬撃概念の剣鬼のように。あ、そういえば、貴方の恋人はどうしましたか、首塚さん。一応、会議には呼んでいたのですが」
「真っ先に次郎さんに突っ込んで死にそうなので、念入りに呪詛かけて束縛しています」
「ならば、よろしい」
安定の扱いの鏡花だった。
ともあれ、次郎自身がかつて語った通り、次郎の同格ならばそれ相応に存在する。格上ならば、この世界にも数人は居るだろう。
「話を戻しましょう。我々では勝てない相手が居る――ならば、答えは簡単です。蓮花さんのように、倒せる人に倒してもらえばいい」
「そのために、現在、魔法少女ネットワークと首塚の全力を持って、同格以上の相手を捜索している最中です。世界は広いですが、次郎さん以上の強者と成れば自然と名も知れてくるので、いずれ見つけられるでしょう」
その同格と、格上を何とか味方に付ければ、次郎と言えど倒すことは可能だ。加えて、今は世界を巻き込んだ未曽有の危機である。どれだけ強者が気まぐれであろうとも、必ず、協力を申し出てくれる者は居る、という見込みだった。
「他人任せで格好が悪いと思うかもしれません。ですが、今は、残りの日数の間、出来るだけ戦力を集めることに力を入れて――――」
「くだらねぇ」
そんな、甘い見込みを、幻想を、ぶっきらぼうな声が切って捨てた。
「そんなくだらねぇ作戦で、主様をどうにか出来ると思ってんのかよ、お前らは」
赤みがかった黒髪の偉丈夫――茨木羅刹は、吐き捨てるように希望をなじる。やる気なさげに、パイプ椅子の背もたれに体重を預けて。彼らの間違いを正す。
「主様の万能さを、悪辣さを、見くびっているぜ」
「…………では、茨木さん。どういうことなのか、ご説明願います」
「そのとおりですよ? まさか、何の根拠も無くこんなことをほざくなよ糞鬼ぶち殺すぞこらぁ――というわけではないでしょう?」
「けっ」
デウスの問い詰めるような冷たい視線も、藤二の毒舌もまったく気にかけず、羅刹は嘆息した。ああ、まさか、まだ分かっていないのか、と。
「お前らだって言っているじゃねーか。主様は万能だって。なんでもできるってさ。なら、どうして気づかない? どうして、『戦闘』だけにその万能が適用されると思ってんだよ?」
羅刹の言葉で、デウスが最初に眉を顰め、次に、藤二の表情が凍り付いた。
蓮花と、美月はそれでも何もわからず、ただ、戸惑っているのみ。
故に、羅刹はダメ押しのように言葉を告げた。
「何も、相手を倒すだけが、『排除する』ってことじゃねーだろうがよ」
ここでようやく、この場に居る全員が当たり前の絶望を知った。
●●●
世界終末の知らせを聞いて、『××村』にまでたどり着いた者たちの中には、当然、次郎よりも格上だって存在している。
例えば、この僧衣の少年だってそうだ。
「あー、アンタらがこの世界にファックかまそうっていう、ロックな奴でオッケー? や、別にいいんっすよ、それは。世界に破滅を、人類に破滅を、なんて最高じゃん? まぁ、フィクションの中で、に限るけど」
へらへらと笑う僧衣の少年の背丈は低い。容貌も幼く、精々が中学生程度だろう。だが、纏う僧衣は古めかしく、そして妙に少年に合っていた。まるで、同じだけの時間を共に過ごしてきたように。
「…………」
「アンタらが勝手なことをやった所為でー、俺ら、困ってんのよ? 有象無象がどうなろうが、関係ないけどさぁ、俺の娘が泣いちゃってさー。娘の友達が死んで泣いちゃってさー。おまけに、こんな有り様になっているじゃん? だから、ちょっと勇気出して、アンタ殺そうかなぁ、ってわけ。あんだすたん?」
へらへらと笑い、けれど、殺気を研ぎ澄ませていく僧衣の少年。
正面から戦えば、現在の次郎では苦戦は免れない……勝率は良くて二割程度。まず、負ける相手だった。
だが、そんな相手の殺気を受けても、まったく次郎は身じろぎもしない。
代わりに、無言のまま袖から、何かを取り出して放った。それは、綺麗な放物線を描いて、石畳の上に落ちる。
「…………あん?」
放られたそれは、人型に切り取られた木片だった。掌に収まるほどのそれは、何やら赤い文字でびっしりと呪文のような物が書きこまれている。
「これは――――」
「君の娘にかかった『怠惰』の呪いを移すことが可能な……とっておきの呪符さ」
いつの間にか、次郎の傍に寄り添うように朽名が現れていた。
朽名は、僧衣の少年へ向かって悪戯に微笑む。
「どんな高名な解呪師でも祓えなかったんだろう? あげるよ、それ」
「…………何が、目的だ? マクガフィン」
軽薄な口調を止め、僧衣の少年は朽名を睨む。
一般人なら易々と精神崩壊するだろう、絶対零度の視線を、朽名は嗤って流す。流して、誑かす言葉を紡ぐ。
「君と、君の娘の友達……加えて、その周囲一定のある程度のコミュニティ。天使によって殺されてしまった者も、再構成して異世界への移住を認めよう。安心するといい。次郎が選んだ、最高に平和で長閑な世界だよ」
騙り、語る。
朽名の言葉は、甘い毒だ。
絶対に無視できない状況で、悪魔の誘惑を行う。
「なぁに、しばらくの旅行だと思えばいい。帰って来た時には、私たちの悲願は果たされているのだから」
「…………もし、断ったら?」
僧衣の少年の言葉に、朽名では無く、次郎が答えた。
「何もしない。ただ、お前の娘が幸せに生きる可能性は、これで無くなるな」
あまりにも空々しく、無機質な言葉。
殺気が欠片も感じられない、事実だけを述べただけの答え。
だが、だからこそ、僧衣の少年は頷くしかなかった。仮にこの場で次郎と朽名を殺したとしても、世界が元通りに復元されたとしても――次郎の言葉が現実になることがわかったからだ。
「……ファック。地獄に落ちやがれ」
「喜んで。このクソッタレな世界が終わるのならばね」
最後の悪態すら華麗に流して、朽名は悪辣に嗤う。
マクガフィンとデウスエクスマキナ。
二つの舞台装置の前では、強者ですら、意味を為さない。
ただ、妥協と与えられた希望を飲み込み、安息に沈むだけだ。




