第24話 終末神話を歌おう
一日目。
人類は、空から降ってくる声を聴いた。
「ぴんぽーん、ぱーん、ぽーん! えー、てすてす。初めまして、人類の皆さん。私はマクガフィンという者です。突然ですが、今から七日間で世界を終わらせますので死んでください」
それはあまりにも唐突だった。
加えて、声の印象があまりにも薄く、特徴の無い物だったので、人々の大半は空耳だと決めつけることにした。ごく一部の者たちは、己や周囲の者たちが聴いた奇妙な『お告げ』に、オカルチックな何かを見出し、ネットに体験談を載せたり、それに関して様々な議論が巻き起こったりなどした。
一日目の終わり…………日本時間にして二十三時四十九分三十二秒。
その時刻が訪れるまでは。
「あー、てすてす……はい、お待たせしました、人類の皆さん。やっと準備が出来たので、始めて行こうと思います。ええ、とりあえずは大量虐殺とかいかがでしょう?」
その時刻になった瞬間、再び声が降り…………声と共に『天使』も降りて来た。
世界各地に。
人類の生存圏内全てに。
真っ白な翼の生えた、マネキンの如き化物どもが襲撃を開始したのである。
天使は不定形では無く、一応、人型を保っていた。ただし、肌は初雪の如く真っ白で、顔の無い、のっぺらぼうの怪物だ。一応、口に相当する機関は存在するが、そこだけ真っ赤な三日月と鋭い牙を覗かせている。これを見て、人間と呼ぶものは居ない。
『時間デース。時間デース。お客様ぁ、終了のお時間デース』
天使たちは降り立った土地に合わせた言語で、そう呟きつつ、人類の虐殺を開始する。
恐るべきことに、天使たちは素手で人体をねじ切り、バラバラにするほどの怪力を持ち、なおかつ、飛行能力も有していたのだ。あっという間に、戦う術を持たない民間人は逃げ惑う暇すら与えられず、虐殺された。
何しろ、世界各地にほぼ同時に起こった殺戮だ。
どれだけ強力な軍隊を有していたとしても、いきなり、まんべんなく全ての場所を攻撃されたのならば、脆い。
二日目の昼になる頃には、もうすでに人類の七割は殺戮され、一部の戦う力を持った者。そして、その者に保護された人々しか生存していなかった。
この時点でもう、残された人類には絶望しか残っていない。
何しろ、天使の数が多すぎるのだ。
天使は雪でも降るかの如く空から舞い降りて、無限に増殖を繰り返す。人を見つければ、容赦なく殺す。手加減も、遊びも感じられない機械的な殺戮を行う。
そして、奇妙なことに天使に殺された人間は、一旦死体になった後…………その死体が霞のように消え去ってしまうのだ。風化では無い。何故なら、その現象は死体となった者から流れた血の一滴までも、全て消し去ってしまうのだから。
天使の殺戮に加えて、この奇妙な消失現象。
その謎は、再び空から降って来た声によって説明がなされた。
「えー、残り少なくなった人類の皆さん、絶賛死んでますか? 生き残ってますか? 生き残っていたら死にましょう。悪あがきはする者ではありません。ただ、そうですね。このままだとあんまりにも作業ゲー過ぎてつまらないですし、こうしますか」
声は、嘲笑うように告げる。
「私たちは、日本――『××村』の何処かに存在しています。いいですか? 『××村』ですよ? そこで、待っている私たちを殺せば、全ては元通りになると保証しましょう」
有史以来の大量殺戮者が、日本の『××村』に居る。
そいつらを殺せば、壊れかけた世界は全て戻る。修復される。
嘘、もしくは罠である可能性は高かったが、それでも、このまま増え続ける天使たちに圧殺されるよりは、ずっと生存の可能性があった。
故に、残った人類の中でも精鋭たちが――あるいは、人類にカテゴライズさえされない強者たちが、『××村』を目指して動き始めた。
三日目。
ついに、世界終末を目論む二人と、それを防がんとする者たちの衝突が始まった。
●●●
その者たちは紛れも無く強者であり、精鋭だった。
元々、とある国家の超常現象に特化した戦闘部隊であり、幸いなことに天使という存在によく似た『眷属』と呼ばれる存在との戦闘経験もあった。
なので、早々に通常火器から、対邪神用の魔術火器へと装備を変更。
無数に降り立つ天使たちを、冷静な判断と無駄のないチームワークで駆逐することに成功したのである。ただ、彼らの装備は有限であり、弾薬もいずれそこが尽きてしまう。際限なく増え続ける天使たちを相手にしていては、いずれ殺されてしまうのは目に見えていた。
だからこそ、最後の賭けに出ることにしたのだ。
幸いなことに、日本へ続く『ゲート』……空間跳躍装置は機能していた。なので、彼らは残された装備の中でも強力な殲滅力を誇る物を選択し、持ち込むことにした。最悪、道連れで死ぬことも覚悟して。
彼らの中にあったのは、勇敢な決意と、使命感だった。
力ある自分たちが、人類を救うために動かなければならない。いや、必ず首謀者であるテロリストどもを、地獄の業火に叩き込まなければならない、と義憤に燃えていたのだ。
「な、なんだよ…………なんだよ、これはぁ!?」
たった一人の隊員を残し、全滅するまでは。
「有り得ない、有り得ない……化物め!」
一人残された隊員――彼は、母国語であらゆる限りの悪態を吐き散らして、絶望していた。
三日目の夜。
彼らは声に指定された『××村』を見つけ出し、潜入することに成功。そして、天使によって一切の破壊活動が行われていないその村を見て、確信していた。
間違いなく、此処に世界を壊した元凶が存在すると。
彼らは静かに、そして速く夜を駆け、村の各地を探っていく。掛かった時間は一時間も無かっただろう。彼らはついに、元凶の存在を確認した。
「とおりゃんせ、とおりゃんせ」
そこは村の近くにある山を登ったところにある、神社。
日本各地、どこにでもあるような神社の前で、狐の面を被った神服の男が、囁くように歌っていた。
「ここはどこの細道じゃ。
天神様の細道じゃ。
ちょっと通してくりゃさんせ。
御用のない者、とおしゃせぬ。
この子の七つのお祝いに、お札を収めに参ります。
行きはよいよい、帰りは怖い。
怖いながらも、とおりゃんせ、とおりゃんせ」
狐面の男は、淡々と歌い続けている。
男の歌い声以外は、周囲の音は聞こえない。
虫の鳴き声一つ、風で木の葉が揺れる音すら、聞こえない。
静寂の中、童歌を囁く狐面の男は一目見て異常で、異様な空気を纏っていた。
殺さなければ、殺される。
そんな脅迫観念に背筋を寒くさせながらも、彼らはまだ、冷静だった。冷静に魔術の施された装備を構えて、狐面の男に狙いを定める。
歩兵用の装備なれど、彼らの扱う銃器は、天使たちを易々と駆逐することが可能である。
それを、人体に向けて掃射したのなら、人の形すらまともに残らないだろう。
「撃て」
彼らの中のリーダーが、短く命じると、童歌を塗りつぶすようなけたたましい音が夜の帳を裂いた。
薬莢がいくつも弾けて落ちていく。
無数の弾丸が、狐面の男へ放たれていく。
数秒後には、背後の神社ごと、狐面の男はミンチになっているはずだった。
「我が炎は逃がさず、全てを焼き尽くす猟犬」
だが、そんな未来は訪れない。
放たれた無数の銃弾は、狐面の男――次郎が常時展開している障壁すら貫けず、砕けて落ちた。もちろん、次郎にも、後ろの神社にも傷一つ付けられない。
そして、彼らが己の攻撃が通用しないと知った瞬間、次郎の体から紅蓮の炎が噴き出した。紅蓮の炎は、たった一人を除いて、彼らを飲み込み、灰すら残さず焼き尽くす。
炎の熱が高いのではない。
その炎は、『逃さず、焼き尽くす』という概念を具現化させた魔法の産物。多少、その手の知識を齧って作られた程度の装備では、到底、防ぐことは敵わない。最低でも、神格まで至らなければ、話にもならないだろう。
「化物め! 化物め! 覚えておけ! 俺たちが死んだとしても! 人類は負けない!」
たった一人残された隊員、彼は絶望しながらも次郎へ向かって吠える。
それは負け犬の遠吠えに過ぎなかったが、勇気に溢れた宣言だった。
「必ず、生き残った誰かが、お前を討つ! 必ずだ!」
「…………」
しかし、次郎に反応は無い。
狐の仮面に表情を隠されているからなのか? 次郎からは何の感情も感じられず、ただ、佇んでいるのみ。
「お前は、必ず、誰かが――」
やがて、涙と鼻水を流して叫ぶ彼を、次郎は蠅でも払うかのように焼き尽くした。
嬲ったと言うよりは、観察を終えて、興味が無くなったという行動に近い。
「……とおりゃんせ、とおりゃんせ」
あっさりと精鋭部隊を片付けると、次郎は再び童歌を呟き始める。
囁くように、密やかに。
まるで、誰かを待っているかのように。
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「素晴らしい! あぁ、君は何て素晴らしいんだ、次郎君!」
夜の神社で起こった蹂躙劇を、マクガフィン――赤梨朽名は神社の屋根に腰かけてずっと眺めていた。次郎が精鋭部隊を駆逐するまでは我慢して黙っていたようだが、それが終わると、朽名は感極まったように賞賛を始めた。
「狂わせた龍脈を使った、無尽蔵の眷属生成……これだけでも規格外だというのに」
無邪気な子供のように何度も手を叩き、拍手を繰り返す朽名。
その表情は、純粋な喜びによって彩られている。
「まさか、邪神としての眷属生成……これを既に自動化させていたなんてね。私の予想では、君が殲滅の焔を使う時は、眷属生成が止まる欠点があると思っていたんだが、まさかもう、改善されていたとは」
世界各地で巻き起こった天使の襲撃。
その立役者はマクガフィンである朽名だが、実行犯はほとんど次郎だった。
次郎は己の邪神としての権能を使い、眷属――天使と呼ばれている存在を生成。
朽名が予め、日本各地の土地神たちを狂わせて仕掛けた術式を用いて、無尽蔵の魔力を確保。その魔力を用いて、無尽蔵に天使を作り続け、世界各地に送り込んでいたのだ。
しかも、現時点では次郎が意識を割く必要も無く、眷属生成の術式は自動化され、止まることは無くなっている。
「圧倒的じゃないか、私たちは!」
「…………」
「うん、最初は本当に出来るか不安な面もあったけれど、やればできるものだねぇ、世界破滅。素晴らしい。夢を諦めなくてよかったよ」
屋根からするりと飛び降り、朽名は猫のように次郎の傍へ寄り添う。
にこやかにほほ笑んで、次郎の腕に抱き付く様子は、年相応の少女らしい。もっとも、喪服という不吉極まりない服装を除けば、だが。
「これから後、四日間、一緒に頑張ろうじゃないか、次郎君♪」
「…………」
朽名の言葉に、次郎は黙して答えない。
ただ、されるがままに、抵抗せず受け入れている。
「君の願いが、叶うといいね?」
世界を三度救った英雄、鈴木次郎。
彼は今回、世界を救わない。
世界を救わず、滅ぼす側に回ってしまったのだから。




