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第15話 君が死ぬまで殺すのを止めない

 邪神ニーアと次郎の戦いは実に半年に渡って続いた。


 落とし子事件。

 顔無しの男事件。

 影取りの死神事件。

 その他にも、数多くの凶悪事件をニーアは恐ろしい策謀を持って引き起こした。その度に、次郎が最悪の事態を食い止めるという流れだった。


 だが、半年に渡った長い戦いも、今日、この時をもって終止符が打たれようとしている。


「第三班、第四班とも反応がロストしました。どうやら、この国で残っている魔法少女は私一人のようですね、次郎」

「それは素敵な知らせだな、デウス。感激で涙が溢れてきそうだぜ」


 雨が降っていた。

 その雨は透明では無く、闇を孕んだように黒い。油のようにも見えるかもしれないが、触ってみると、その感触は紛れも無く水の類であることが分かる。さながら、絵の具を混ぜすぎて、黒く濁ってしまったかのような水。


 それが、一週間ほど降りやまない。

 止まない雨事件。

 これこそが邪神ニーアが半年前から仕掛けていた世界破滅の策謀であり、次郎との最終決戦となるべき物だった。


 既に、仲間の魔法少女はデウスを残して、ほぼ全滅。

 戦闘力のある身内のメンバーは、早々にニーアが不意打ちによって異世界に飛ばしている。大分遠い世界にまで飛ばしてしまったので、戻ってこられるのは全てが終わってからということになるだろう。


「……来ましたよ、次郎。大型の眷属が五十体。その上、魔法少女を改造して作られた特級の眷属が五体。やれますか?」

「問題ない。俺の焔は水の干渉を受けない。この悪天候でも通常通りに戦闘が可能だ」

「そうでは無く、まだ少年に過ぎない貴方が…………かつての同僚を、罪の無い犠牲者たちを討つことはできますか?」


 デウスの問いのは答えず、次郎は無言で紅蓮を右腕に纏わせた。

 そして、躊躇うことなくその絶技を振るう。


「来い、滅びを担う枝剣」


 破滅の概念を具現化させた焔が、横一文字に振るわれ、眷属たちが次々に焼き消されて行った。大型であろうが、特級であろうが、触れれば眷属程度、容赦なく消し去る劫火。周りの被害を気にしない、一撃。されど、それは仕方ない。なぜなら、次郎とデウスの周囲は既に、己の膝丈より高く存在している物はない。瓦礫の街を通り越して、砂漠や荒野と言った有様になっていたのだから。


 かつて過ごした街は、終末の示すような不毛の土地に。

 共に笑い合った同僚も、平和に過ごしていた街の人々も、全て異形の眷属に変えられて。

 二人の状況はまさに孤立無援の絶体絶命。


「愚問だぞ、デウス。俺は必要な事なら躊躇いなくやれる。全ての悲劇を無かったことにし、お前のご都合主義を発動させるためには、あいつを打倒しなければならない」

「そうですか、では最後まで共に戦いましょう」

「最後? 馬鹿が…………これで最後になるのはあの糞ったれな邪神だけだ」


 次郎とデウスは背中合わせで、共に顔も合わせず笑みを浮かべた。

 ここで引いたら世界破滅。

 だが、進んでも希望が全く見えない地獄の中。

 ならば、笑わなければやってられないという考えだったのだろう。もしくは、この相棒とだったら、絶望的な破滅も、消し去れると信じていたのかもしれない。

 こうして、次郎とデウスの世界を賭けた戦いは幕を開けたのである。



●●●



 邪神ニーアは人類を愛している。

 なぜなら、人類は己の予想を必ず超えてくれると信じているからだ。

 邪神たちよりも、下等で矮小で、愚かな存在でしかないというのに、時に人は、邪神では為しえない何かをやってくれる。


 それは、愛による奇跡。

 それは、友情による逆転劇。

 それは、人類が僅かな命を燃やし尽くさんばかりに悲劇へ抗う時に見える、とても美しい物だと、ニーアは考えていたのだ。

 だから、世界を破滅へ向かわせようとすれば、必ず、今まで見た輝きよりも、もっと最高に美しい物が見られると信じていた。


 そして、ニーアはこの場、この時に置いて確信した。

 やはり自分の考えは間違っていなかったのだと。


「素晴らしい」


 雨音が響く曇天の下、ニーアは心の底から湧き上がる歓喜を言葉にした。

 何度も、何度も、雨音に負けないほど強く拍手をして、目の前に辿り着いた勇者たちを、その輝きを賞賛する。


「孤立無援の五里霧中。あぁ、かつての仲間が倒れ、敵にされていく中、君たちは良く私の場所まで辿り着いた。うん、やっぱり人間は最高だ。絶望に抗う時こそ、君たちは最高に美しいのだよ」


 ニーアの視線の先に居たのは、ボロボロになった最後の戦士たちだった。

 片方は纏う鎧がほとんど崩れ落ちていて、もう片方は修道服が襤褸切れのようになってしまっている。当然、防具がそのように成り果てていては、その装備者もただでは済まない。両者とも既に傷ついていない体の箇所など無いようで、満身創痍だ。


 三日間、たった二人で戦い抜いた次郎とデウスが、ついにニーアの元までたどり着いたのである。


「さぁ、私に聞かせておくれ! 君たちはどうしてそこまで頑張れたんだい? 何がために、君たちの美しさがあるんだい? さぁ、さぁ! 教えておくれよ!」


 ニーアは二人に向かって狂気の笑みを浮かべ、告げた。


「私に! その最高に美しい輝きを踏みにじらせておくれ!」


 これから自分は、お前たちを蹂躙すると。

 欲望のままに殺して、楽しんで、美しさを汚してやるのだと。

 己の理を展開することを、告げたのだった。


「開け! 永劫無限の玩具箱!」


 ニーアの宣言と共に、世界からニーアを含む三人が異空間へと隔離される。

 そこは、何もない、ただの白い空間だった。上下左右真っ白で、どこに光源があるのかもわからないというのに、なぜか、明るい場所。だが、ふと気を抜いてしまった瞬間、その白さに溶けてしまいそうな、何もかもが曖昧な場所だった。


「説明しよう! ここは私の作った圧縮空間だ。以前、呼んだ漫画を参考にしていてね。ここは、外の世界よりも時の進みが早い。どれくらい早いのかって? そうだな、あっちでの一秒がこっちでの千年だな」


 空間作成と時間調整。

 二つとも規格外の能力だが、この邪神の本領はそこでは無い。


「だから、安心してくれ。ここでなら、邪魔が入らず、たっぷりと君たちを踏みにじり、汚すことが出来るのだから!」

 

 蕩けてしまいそうなほど、恍惚した表情でニーアは歓喜の声を上げた。

 邪神ニーア。

 高位に属する神でありながら、人間の輝きを好む、それを踏みにじることに何よりの快感を覚える残虐な存在だ。


 ニーアが展開する理も、その残虐性を良く示している。

 己が美しいと思う者ほど、己に抵抗することは出来ない。

 愛を嗤う次郎の理にも似た、外道の理。己の賛美する物を汚すためだけに、理を敷く、紛れも無い邪神。

 それが、ニーアという存在だった。


「…………だそうですよ、次郎」

「おお、そうだったのか。俺たち今、輝いているらしいぜ」

「それはいいことですね。ここまで頑張った甲斐があったというものでしょう」

「んで、なんだっけ? 何のためにここまで頑張れたのか、だっけか?」

「それですね。なんか、聞かれているみたいですよ、私たち」


 テンション最大のニーアに対して、二人は静かだ。

 静かに、薄い笑みだけを張り付けて、ふらつく膝を地に付けないように踏ん張っていた。


「んじゃ、答えてやろうか。どうせ、もったいぶるような理由でもないし」

「ですね。答えて、さっさと終わらせましょう」


 やがて、満身創痍だったはずの二人に力が戻る。

 余力があったのではない。くしくも、ニーアの言葉により、己が為すべきことを、必ず生き残ってやらなければならないことを思い出したからだ。

 二人は、己の想いによって力を奮い立たせているのだ。


「さぁ、聞かせておくれ! 君たちの理由を!」


 両手を広げて、愛を示すように待ち構えるニーア。

 その姿は皮肉なことに、次郎の前に現れた時と同じ、可愛らしい少女の容姿をしていた。こんな状況でなければ、相手が邪神でなければ、躊躇いなくその胸に飛び込んだだろうに、と次郎は嗤う。


 己を嗤って、相棒と笑って、最後の戦いの火蓋を切った。


「私、来週に高級ソープの予約取っているので」

「童貞のまま死ねるかぁ!」


 デウスと次郎。

 両者とも、世界を賭けた戦いには似つかわしくない理由のために。

慈悲深く、残虐な邪神に挑む。



●●●



 熾烈な戦いは七日間続けられた。


 あくまで次郎が感じていた体感時間なので、途中から狂いが生じているかもしれないが、最低でも、七日間は二人で戦っていたのである。

 ニーアの理をデウスの術式で無効化し、次郎が素の能力で戦う。ニーアは食らいつく次郎の隙を狙い、デウスを即死させようと企む。デウスは術式を維持しつつも、余裕があれば次郎の援護射撃を行う。

 細かな掛け合いはあったが、基本はこのやり取りがずっと繰り返されただけだった。

 そして、


「お前の負けだ、ニーア」


 長い戦いを制したのは、次郎とデウスだった。

 勝因は次郎の成長と、覚醒である。

 七日間も熾烈な戦いをしていれば、万能の天才である次郎は加速度的にその技量を高めていく。さらに、熾烈な神威のぶつかり合いを経験したおかげで、祖父である天津神の力も覚醒したのだった。

 覚醒した能力は、対象の理を侵略し、やがて、対象自体にも影響を及ぼすウイルスのような理だ。かつて、国津神を平定し続けた侵略者にふさわしく、その血を引く次郎は当然ながら、それをまったく間に理解し、時間をかけて習熟した。


 後は簡単だ。

 接戦を演じている間に、覚醒した理を密やかに展開。充分に相手を浸食したところで、相手の行動を刹那の間、停止させる。その直後、全力の一撃を持って討ち果たせばいい。

 事実、次郎はそれを実行し、成功させたのだから。


「ははは……参った、ね……どうも……」


 心臓を紅蓮の枝剣に貫かれ、致命傷を受けたニーアは、弱々しく笑みを浮かべた。


「デウス。今、こいつの核となる部分を枝剣で貫いているが、情報分解は可能か?」

「…………残念ながら、難しいです。この邪神は致命傷を受けながらも、恐ろしいほどの自己復元能力で、こちらの干渉を防いでいます」


「なるほどな、となると、やるべきことは一つか」


 次郎はニーアを貫いたまま、淡々と相棒へ告げる。


「ここは、俺に任せて、先に帰っていろ。お前一人だけなら、この領域から脱出可能だろう?」

「ですが、その場合、貴方に負担が――」

「馬鹿言え。お前はこの後も、世界修復術式を使わなきゃいけないんだ。万が一にも、死なせるわけには行かない」


 淡々と、けれど、有無を言わせぬ迫力を込めて次郎は言った。


「ここは俺に任せて、先に行け。すぐに追いつく」

「…………それ、フラグですよ?」

「安心しろ。俺はフラグに縁のない男だからな」


 しばらく考えて、デウスは静かに頷く。



「では、パインサラダでも作って待っていましょう」

「一秒以内に作れるもんならな」



 二人は相棒同士、軽口を叩き合って別れた。


 一秒以内。

 デウスにとっては瞬く間だが、次郎にとっては果てしなく長い時間になるであろう別れ。

 されど、二人に心配は無い。なにせ、次郎ほどフラグに縁のない男はそう居ないのだから。


「……選択を……間違えた、ね……邪神である私と違って、君の感性は……この空間での、時間経過に耐えられない…………」


 一方、ニーアは口元から赤い血を流して微笑む。

 どれだけ精神が強い英雄であれ、己の復元速度を上回って長い時間、殺し続けることなんて不可能だからだ。どうしても、途中で力尽きるし、例え無限の力を持っていようが、心が長い時間に耐えられず折れてしまう。


「いいや、間違えたのはお前だ」


 鈴木次郎が、まともな人間であったのなら。


「お前が俺に言ったんだぞ? 俺の中身は『がらんどう』だと。ならば、時の経過など意味なく。仮面はその時まで眠らせればいい」

「……なに、を……」

「ここには俺とお前しかいない。だから、俺も仮面を被る必要はないんだ」


 ゆっくりと、次郎は己の仮面を眠らせていく。

 鈴木次郎という、十数年間積み上げた仮面を眠らせて……奥底から、忌むべき空虚な存在を浮かび上がらせる。


 それは、破滅ですらない。

 矛盾を孕み、全てを『終わらせる』終焉。

 デウスエクスマキナ。

 ご都合主義ではなく、終末主義の具現化。


「なんだ、これは……こんなもの、こんなの……君は、人間……いや、そもそも、生命体ですら…………」

「後悔しろ」


 空虚な声で次郎はニーアへ囁きかけた。



「俺を見透かしたことを後悔しながら、死ね」



 およそ千年間。

 次郎はニーアを殺し続け、その存在を、情報を奪い続けた。

 哀れな邪神が泣き叫び、正気を失うまで、ずっと。


 現実世界で一秒後。

 次郎は、デウスと共に世界を救った英雄となった。


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