第14話 妄想が現実になると逆に冷静になる
「それでは、我らが英雄の活躍を祝して……乾杯!」
『乾杯っ!!』
野太い声の合唱と共に、かちん、という澄んだグラスの音が響く。
そこは大広間の宴会場だった。
時刻は夜を通り過ぎて、深夜。本来なら、こんな時間帯の営業を受け付けていないだろうが、今回限りは特別だった。なにせ、この大広間で打ち上げをしているのは、世界を守るために戦っている戦士たちなのだから。
ただ、この宴会場で騒ぐ屈強な体つきの男たちが、魔法少女に変身して世界を守っていることは知られていないのだが。というか、知られていたら世界を救う戦士から、変態集団にランクダウンしそうな勢いの絶望なのだった。
「いちばぁん! ショットガンいきまぁーす!」
「おう、いけいけ! アルコール中毒なったら、解毒魔法かけてやんよ!」
「大丈夫ですかぁー? って、甘い声でか!? お前、変身後があざと過ぎんよ!」
「テメェこそ、何、クール系の魔法少女なってんですかぁ! 大人びようと背伸びしている中学生女子を演じてるんじゃねーですよぉ!」
「落ち着けぇ! とりあえず、魔法少女は語尾に『はにゃーん』を付けてればいいんだ!」
「お前それ、割とぎりぎりの発言だぜぇ!」
わいわいぎゃあぎゃあと、野卑な声と下品な会話が飛び交う宴会場。時折、テンションが上がり過ぎた男どもが投げ飛ばされてするが、ご愛嬌。大抵の無茶は、後で魔法でなんとかすればいいと理解してるのか、軍人たちのはしゃぎようが半端ない。
そんな大盛況な宴会場で、一人、辛気臭い顔をしてジュースを飲んでいる少年が一人。
「…………かえりてぇ」
それは、この宴会の主役であり、英雄と祭り上げられている張本人である次郎だった。
次郎はちびちびとジュースを飲みながら、陰鬱な顔をしてマグロの刺身などを摘まんでいる。
「おぉおおおい! なぁに、湿気た顔してんですか、この野郎ぅ」
「げっほ!?」
そんな丸まった背中に、容赦なく張り手を叩きこんだ青年の名前は、串原閻魔。
魔法少女デウスの中の人であり、次郎と共に邪神を駆逐している相棒でもある。
「テメェ、何しやがる!?」
「お前こそ、何してんですかぁ!? ああん! 折角の宴会だぞ!? しかも、主役はお前! なのに、なんでそんなつまんねー顔しているんだよ?」
「つまらない顔? ああ、そうさ、そんな顔しているかもな! お前に騙されたからな!」
殺意すらにじませた次郎の視線を、閻魔は口笛を吹いて誤魔化す。
「えー? 俺、何か言いましたっけー?」
「言った! 『俺以外の魔法少女の中には、女性もいるんだぜ! お前と同世代の美少女だっているんだ! あ、ちなみにこの後、魔法少女の中の人で宴会やるんだけど、来る?』って!」
「言ったけどぉ? それがどーかしたか?」
あくまでとぼける閻魔へ、次郎は犬歯を剥き出しに抗議した。
「一人も! 女子が居ないじゃねーか! あぁ!? 全員、ただの男どもじゃねーか!」
次郎は期待していた。
毎度ながら巻き込まれた面倒なイベントだが、今回は別だと。なにせ、共闘相手が魔法少女なのだから、いい出会いがたくさん転がっていると。だが、それは間違っていた。魔法少女の中身は屈強な軍人どもで、出会いなんて転がっていなかった。男子校レベルで転がっていなかった。
しかし、魔法少女の中には本当に女子も、しかも美少女もいると聞いて、次郎は最後の希望を持っていたのだ。もしかしたら、これからフィクションの中にあるような、運命の出会いがあるかもしれない、と。
「女っ気ゼロじゃねーか! 酒と男の臭いしかしねぇよ、ここぉ!」
なのに、この仕打ちである。
ほぼ毎日迫りくる邪神の眷属を倒し、ついでに本体が現れたら即排除というハードな予定を過ごしている次郎に対して、これはあんまりだったかもしれない。
もっとも、美少女が現れたとしても、大抵の場合、それは彼氏持ちという悲しい現実が転がっているのだが、それは考えないようにしている次郎だった。
「ったりめーじゃーん! 女連中を深夜の宴会なんかに引っ張ったら、俺ら、セクハラで訴えられちまう! 未成年なら尚更だぜ?」
「俺! 俺だって未成年!」
「馬鹿野郎! 英雄だったら何やっても許されるんだよ!」
「それは、英雄に対してってことかよ!? ちくしょう、なんて職場環境だ!」
やけくそになった次郎は、さっさと目の前に並べられたご馳走を片付け、騒ぐ男たちへと混ざっていく。
「おらぁ! 酒は飲めないが、それ以外だったら誰の挑戦でも受けてやらぁな!」
アルコールの臭いに当てられていたのか、それとも何もかもがどうでもよくなったのか。次郎は進んで悪ノリへと突っ込んで行った。
「おお、英雄様の登場だ!」
「面白くなってきやがったぜ!」
「酒はダメ!? よぉし、なら、チューハイだ! アレは酒じゃねぇ! ジュースだからな!」
「これとこれ混ぜたら、ウーロンっぽい色になるから、未成年でもオッケーだろ」
なお、この後。次郎は様々な挑戦を逃げずに全て受け、全ての男どもを倒して宴会を終わらせるという偉業を成し遂げた。
ただ、その頃にはもう空が明るくなっていたのだけれど。
●●●
次郎の目が覚めたのは、もう日も暮れ始めた時間帯だった。
「うわぁ」
目が覚めて、周りを見渡すと、全裸やパンツ一丁の姿で男たちが倒れていた。熟睡である。控えめに言っても、最悪に近い目覚めだった。
「酒臭っ!? おかしいなぁ、俺、酒は飲んでないはずなんだが……まぁ、この空間に半日ぐらい居たんだから当然か」
次郎は手口付近で倒れている男を蹴り飛ばし、旅館の温泉へと向かう。温泉は幸いなことに、次郎以外誰も入っている客はいない。貸し切り状態を楽しみながら、熱い湯を楽しむ。
もちろん、温泉から上がったら浴衣姿でフルーツ牛乳だ。
定番ではあるが、定番とは即ち王道であり、人々から好かれているということでもある。
「ぷはぁ」
フルーツ牛乳を飲み終わった次郎は、概ねご機嫌だった。
戦友たちとの大騒ぎ、というのは、前の異世界召喚では体験できなかったことだからだ。なにせ、あの時の次郎は日々生きることと、正気を失わないことで精いっぱいだった。
それに比べて今回は、戦う相手の強さは前回の比ではないが、その分、たくさんの仲間が居る。少なくとも、デウスは背中を任せられるだけの力量があるので、そこまで辛い戦いという訳ではなかったのだ。
「さぁて、これからどうしようかねぇ?」
その内、魔法少女という名の屈強な男どもが起き上がってくるだろうが、それまでの時間がどうにも手持無沙汰である。いつもは暇つぶし用に文庫の一冊でも携帯しているのだが、それも無い。携帯端末は、この手の非日常バトルだと大抵壊してしまうので、家に置いてある。
「うーむ…………」
腕を組んで考え込む次郎。
どうせなら、青春時代の時間は有意義に使いたい物だと頭を悩ませていたのだが、その時、聞きなれない声が掛けられた。
「あの、鈴木次郎さんですよね?」
「うん?」
気づくと、次郎の目の前には制服姿の女子が立っていた。
黒髪ショートヘアだが、少し前髪が長く、目元が隠れがちな少女。制服は次郎の通っている高校の近くにある中学校の物だったから、直ぐに相手が中学生だとわかった。
「そうだけど、君は?」
「わ、私、魔法少女のレンゲって言います!」
「魔法少女? んー、ああ、デウスも言っていた、同世代の魔法少女って、君の事だったのか、うん。確かに美少女だ」
「え、ええっ!?」
かぁ、と頬を朱に染めて俯くレンゲ。
その仕草は確かに可愛らしく、次郎の観察眼でも、かなりの美少女だということが分かる。
「も、もー、デウスさんったらそんな……」
「いやいや、でも実物を見て納得したわ。言うだけのことはあるね」
「次郎さんもからかわないでくださいよ、もー」
ぷぅ、と頬を膨らせて講義するレンゲに、次郎は苦笑しつつ誤った。
「悪い、悪い。ついつい、可愛い後輩を見るとからかいたくなってさ。それで、俺に何の用? 他の魔法少女の面子なら、宴会場で潰れているから絶対に見に行かない方が良いぜ、正気が削れるぞ?」
「宴会場で何があったんですか?」
「言わぬが花って奴さ」
なにせ、同僚である魔法少女――正体は屈強な男だが――が全裸やパンツ一丁でいびきをかいている姿など見せたくない。それが年端もいかない中学生なら尚更だと思う次郎だった。
「それじゃ、行きませんけど。あ、でも大丈夫です。用事があったのは、次郎さんに、ですからね」
「ん、俺に?」
首を傾げる次郎。
レンゲとは面識が無い。共に戦った仲間なら、大抵記憶している次郎だから、それは確実だ。であれば、一体、何の用事なのか、と。
「あ、あの……私、ですね。最近入ったばかりの魔法少女なんですけど、その、次郎さんにお礼を言いたかったんです。私の、私の両親の仇である邪神を討って、両親を生き返らせてくれた、お礼を」
「ああ、なるほど」
次郎は得心したと言うように、頷く。
邪神たちの中には、戯れに人間の魂を奪い、封じることで情報復元を邪魔する個体も存在する。そして、そういった戯れをする邪神の場合、大抵が並みの邪神より強力な力を持つ者が多かったりするのだ。
「私、両親の仇を取りたくて、無理やり入らせてもらったんですけど……でも、魔法少女の中でも弱い方で。だから、本当に次郎さんには感謝しているんです」
「…………そうか」
レンゲは隠された目元から、涙を流し、声を震わせた。
いつの間にか、その手の先は次郎の浴衣の裾を握っている。
「だからですね……次郎さん。私――――」
上目づかいで次郎を見上げるレンゲ。
その唇は切なげに、次郎へ想いを込めた言葉を紡ごうとしていた。
「そういう趣向で攻めてくる邪神もいるのか、勉強になったよ」
だが、紡がれようとした言葉は次郎の冷たい断言で切り捨てられる。
レンゲは何かを言おうと口をわなわな動かしたが、やがて、観念したように肩を竦めた。
「どうして、わかったのかな?」
微笑を湛えるその姿からは、もう、レンゲという可愛らしい後輩の雰囲気は消え去っている。
「わからいでか。この俺にそんなフラグが立つわけが無い」
「さすがの邪神もそんな理由で看破されるとは思わなかったなー」
苦笑いするレンゲ――もとい、邪神。
邪神にすら同情されてしまって不愉快極まりない次郎であったが、感情を抑えて、淡々と説明を続けた。
「後は、わかるんだよ、俺には。祖母から受け継いだお前ら邪神の血が。同類が居るぞって、教えてくれるんだよ…………早くぶち殺せってな」
「なるほど。やはり、血は争えないということかな? 裏切り者のお孫さん」
次郎の殺気と、邪神の覇気がぶつかり合い、旅館内の空気を下げていく。
まだ触れてすらいないというのに、それ以前の睨み合いで、もはや周りの空間が耐えられずに軋んでいるのだ。
「落ち着きなよ、鈴木次郎。今日は挨拶でやってきたんだ。君も、こんなところで争うのは本意じゃないだろう?」
「それはお前の態度次第だ、邪神」
警戒を緩めない次郎を眺め、邪神は満足げに頷く。
「いいね。戦士の目だ。造形は少々残念だが、その在り方は歪んでいて、私好みだよ」
「…………お前らの戯言など、俺には響かない」
「そうかな? 中身ががらんどうなら、何でも響くと思うけど?」
見透かされている。
次郎は己の虚飾が剥がされる感覚を抱いた。隠された邪神の目が、容赦なく次郎の闇を暴き立てようとしているのだ。
「例えお前の言う通りだとしても……生まれてからずっと付き合ってきた仮面だ。どんな言葉が響いてこようが、砕けない」
「いいね、いいね、その虚勢。今から、壊す時が楽しみだよ」
くくく、と外見に似合わない含み笑いをすると、邪神はあっさりを次郎へ背を向けた。
「今日はここまで。また会おう、鈴木次郎。次は、もっと楽しいことをしようじゃないか」
「断る。次会う時は、刹那の間に殺してやる」
「はははは、それはそれは。期待しているとも」
邪神はそのまま立ち去ろうとしたが、ふと、思い出したように振り返って告げた。
「ああ、忘れてたよ。私の名前は『ニーア』。愚かなる人類を愛でる、慈悲深い神様だよ」
ニーアと次郎。
両者が二人、世界の命運を賭けて戦うことはもはや、この時点で宿命づけられていたのだろう。もしくは、次郎が生まれてくるよりずっと前。
次郎の祖母が、愛する者のために同類を裏切った時には、既に。




