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第13話 邪神戦線

 まず、『邪神』とは何か? という根本的な事を説明しよう。

 彼らはその名の通り、『邪な神』だ。ただし、万物の創造主や、何かを管理する超越存在、という意味合いでは無い。少々俗な話になるが、ネット上で、何か一芸に秀でた存在が『神』と呼ばれることがあるだろう。つまり、そういうことだ。邪神の神の部分は、『神の如き力を持つ者』という意味合いだ。過去、英雄が神へと祀られることがあるように、凄まじい力を持つ者は総じて『神』と呼ばれる傾向にある。少なくとも、この世界線では。


 つまり、邪神とは『邪な思惑を持ち、神の如き力を持つ者』という意味なのだ。

 加えて、彼らは侵略者でもある。

 彼らは外世界と呼ばれる、こちらの世界と階位が違う世界からの侵略者だ。

 異世界では無い。

 この世界線における異世界とは、同階位における異なる世界の事を指す。

 邪神たちは、横並びでは無く、上の階位からの侵略者なのである。


 分かり易い例えにするのであれば、小学生が、幼稚園児たちが遊んでいる砂場にやってきて、勝手に遊び始めたような物だ。もちろん、遊ぶのに邪魔な存在は排除して。

 あるいは、下位存在『で』遊ぼうとして、かもしれないが。

 ともあれ、ここまで説明すればご理解いただけるだろう。

 邪神とは一部の例外を除き、存在自体が邪悪だ。

 おまけに、邪神たちは己の『眷属』を作って、手当たり次第に捨てるので、非常に環境に悪い。エコとは正反対だ。

 殺すことを躊躇ってはいけない。

 奴らはその名の通り、邪悪だ。

 殺した後は、欠片の残さずに滅しろ。

 奴らはとてもしぶとい。

 例え、何を言おうが、その言葉を信じてはならない。

 奴らにまともな善性など存在しないのだから。



●●●



 果たして、そこが元々『大都会』だったなんて信じられる者が居るのだろうか?

 空を突くようにそびえ立っていたはずのビル群は、今は、足元に転がる瓦礫に。

 人の賑わいが絶えない繁華街は、鴉の鳴き音すら聞こえない。


 そこには『破滅』があった。

 圧倒的な力によって滅ぼされ、砕かれ、塵となり、終わってしまった場所だった。終末後の世界と説明されても、納得できるほどの崩壊ぶりだった。

 けれど、まだ『破滅』は終わってなどいなかった。


『アイァアアアア!! ルルダン! シュルタぁ!』

『ギィルルルルル! アグ! アギダグン!』


 空から墜ちてくるのは、異形の眷属たち。

 造物主であり、信仰対象である邪神より、大気圏外から振り下ろされた者たち。

 そして、彼らは『質力爆撃』だった。強固な肉体と、質力を、位置エネルギーと共に叩き付ける兵器。粗暴にして、古代から存在するもっともシンプルな攻撃手段の一つだ。


「あーあ、良くもまぁ、懲りずに同じ手を使うよな、邪神どもって。あいつら、馬鹿なの?」

「馬鹿では無いでしょう。ただ、互いに人間を舐めきっているので、他の邪神がやられたことに関して、情報収集などをまるでしていないと推測します」


 対して、迎え撃つのはたった二人。

 紅蓮の全身鎧を身に纏った少年と、その傍らに佇む純白のシスター。

 在りし日の、次郎とデウスだった。


「恐らく、人間が足元を這う蟻に本気になれないのと同じような物だと」

「やっぱり馬鹿じゃねーか。最近の蟻は群れれば、肉食獣すら食い殺すのに」


 二人は迫りくる眷属たちの質量爆撃を、地上から見上げている。かつてはビルの屋上だった瓦礫の上に立ち、悠々と待ち構えていたのだ。


「まぁ、俺たちは蟻って言うより――――ウイルスみたいなもんだけどな」

「ええ、その通りです、次郎。私たちこそ、邪神を皆殺しにする凶悪なウイルスですとも」


 次郎は兜の中で、不敵な笑みを浮かべ、デウスが静かに頷く。

 それが、行動開始の合図となった。


「まずは邪魔なゴミどもを焼く! 来い、滅びを担う枝剣!」


 紅蓮の焔が虚空より生まれ、次郎の右腕に纏われていく。圧倒的な熱量を、糸巻の如く次郎の右腕はからめとり続け、やがてその手の中には一本の剣が生まれた。赤く、枝のように分かれた刀身の剣。


「いくぜ、おらぁおああああああああっ!」


 その出来上がった剣を、次郎は吠え猛る声と共に上空へと投擲した。

 その赤き枝剣は瞬く間に音速を越え、雷速に至り――――赤き焔をばら撒いた。空を夕焼けの如く、全てを赤く染めるほどに。


 当然、眷属程度ではこの劫火に耐えられない。

 堕ちるはずだった眷属たちは全て、次郎の焔に焼かれ、灰すら残らず消えていく。


「…………存在感知完了。邪神本体の座標を確認しました。これより、転送を実行します」


 だが、そんな大殲滅でさえ、探知のための補助でしかない。相棒がより正確に、邪神本体の場所を感知し、転送を行うための露払い程度なのだ。

 そして、デウスは正確に邪神の居場所を感知し、次郎と共に其処へ転移する。


「きゃはっ! おっどろいたぁ! まさかたった二人であんな大魔術を行使するなんてね!」


 転移の先は宇宙空間だった。

 足下にはすぐ、青く丸い地球が眺められる大絶景の場所。

 重力の頸城が緩む、境界線上。

 そこで、邪神は眷属を作り、爆撃を行っていたのである。


「初めまして! 下等で脆弱無知無能な人間のお二人!  僕の名前は……そうだな、君たちに合わせて言うと、『ヒィセル』って感じかな? どうぞ、よろしく」


 ヒィセルと名乗った邪神は、眷属と違い、人間の形をしていた。

 金糸の如きロングヘアーで、ゴシックロリータ姿の少女。年齢は十代半ば程度の、幼さの残る顔立ちだった。背中に羽が生えていたり、指が蛇になっているでもなく、異形でもなく、それは美しい人の姿をしていた。


「デウス、照合を」

「了解…………照合完了。第二級殲滅対象と認定。問題ないです、次郎――――抹殺可能と断定します」


 にこやかに話しかける邪神を無視し、二人は淡々と確認を行う。

 今更だが、何故宇宙空間なのに会話できるのだろう? とか、どうやって、その場に留まっているのか? などは、全て魔力と魔法によって解決される。少なくとも、この場に居る三者はその程度の問題、意識すらせずに自然とクリアできる程度の力量だ。


「あらあらー? 怖いなぁ! 僕、殺されちゃうのかなー?」


 邪神ヒィセルは二人のやり取りを眺めて、楽しげに笑う。

 それはさながら、子犬が精いっぱい敵意剥き出しに、こちらを睨みつけてくるのを嗤う人間に似ていた。己の無力さも知らない者が戦おうとするのを、圧倒的な実力者が見下すような動作だった。


「ああ、お前はここで俺たちに殺されるんだ」


 返答と共に、次郎は赤き枝剣を生み出し、ヒィセルへ振るう。

 だが、眷属を焼き尽くすほどの熱量が込められたそれを、ヒィセルは悠々と片手だけで受け止めて見せた。


「駄目だよ? そんな程度じゃ、僕は殺せない。『人は神に抗えない』。この理を僕が敷いている限りはね?」


 悪戯に微笑むヒィセルには、まるで自分が殺させるという危機感が無かった。

 それもそうである。なにせ、ヒィセルを含む邪神というのは大抵、『人は神に抗えない』という理を展開させており、この法則を破らない限り、邪神は人間から傷一つ受けないのだから。


 理とは、人格にまで至った存在が、世界の法則を捻じ曲げて、己のルールを適用させることを指す。

 その理を崩すには、理を敷いた者と同格以上の存在が力を振るうしかないのだ。


「よし、詰ませたぞ、デウス。これで逃げる心配は無い」


 そう――――例えば、人間でありながら神格にまでその身を昇格させた次郎の魔法などは、理を破る。特に、邪神用に作られた炎を用いた束縛術式からは、逃げられないだろう。


「え? なに、これ」


 枝剣が鎖へと変じ、束縛されてなお、ヒィセルは状況を理解できていなかったのだ。

 いや、どうして理解できるだろう? 己が子犬程度で思っていた存在に、してやられてしまったのだと。プライドだけは無性に高い、傲慢な神が。


「標的を確認……幻想行使……」


 だから、ヒィセルは最初にして最後のチャンスを逃してしまった。もしも、全力で逃走に力を使っていたら、万が一ぐらいには生き残る可能性があったというのに。



「――アカシャの海に沈め、愚かな邪神よ」



 ヒィセルの体を、束縛している紅蓮の鎖ごと海水が包んだ。

 その海水は透明でありながら、根源から湧き出る濃密な情報で構築されており、これに沈んでしまえば浮上は不可能。加えて、脱出不可能な水の檻へとなる。

 そして、海水は段々とヒィセルの体を分解、存在を侵略していく。


『――――ぁ!』


 ここでやっとヒィセルがもがくが、遅すぎる。いくら必死な形相で抵抗しようが、全てが帰る根源の海に沈められては抗えない。ヒィセルが敷く理でさえも、その中ではただのタグ代わりだ。やがて、分解され、整理され、存在を還される。


「悪いな、有言実行で…………つーか、やっぱり馬鹿じゃないか?」

「馬鹿というよりは、間抜けが正しい表現でしょう」


 二人の言葉はヒィセルに届かない。

 なぜなら、ヒィセルと名乗った邪神は既に、根源の海の中で存在を還されたのだから。


「さて、この情報量なら復元行けると思うが、どうだ?」

「ん…………ええ、問題ありませんね」

「そうか。一応訊くが、手伝いは必要か?」

「それよりも周囲の警戒を怠らないでください。私たちは『馬鹿』じゃない。そうでしょう?」

「ああ、了解だ」


 手短にやり取りを済ませ、二人は己の為すべきことを為す。

 次郎は最大範囲かつ、最大警戒で周囲を索敵。横槍好きな邪神の人柱が、『おおっと! そいつは邪神四天王の中でも最弱ぅ!』と悪ノリで乱入されることが稀にあるからだ。


「固定完了。侵略改竄『デウスエクスマキナ』による幕引きを開始します」


 デウスは邪神戦の後処理として、ご都合主義の魔法を展開する。

 それは、科学の神にして、戯曲を完結させるご都合主義の神の真骨頂。

 対価となる情報量が存在するならば、それと等価の『ご都合主義の修復』を了承し、寛容な神が与える奇跡の御業。


「ワン・ツー・スリー!」


 水の檻と化していた根源の海が弾け、水滴となって地球へ降り注ぐ。

 それは、実体を持ちながら、大気の摩擦熱にも形を崩さない情報の雨。

 全ての悲劇を無かったことにする、奇跡の雨だった。


「全ては科学の神の望むままに」


 奇跡の雨は砕けた大地に降り注ぎ、在りし日の姿を取り戻していく。


「やれ、そろそろ黒幕の奴が出てきてもいいと思うんだがね?」

「あいつはそこらの馬鹿とは違い、頭の良い馬鹿ですからね。一筋縄ではいかないでしょう」


 二人は一仕事終えた後の達成感を、癒されていく世界を眺めながら味わっていた。


「ま、どちらにせよ、あいつの企みは全部俺が砕く! なにせ、そうしないと婆ちゃんがうるさくてなぁ」

「君のお婆さん、確かこちらに寝返った高位の邪神でしたっけ? そりゃ、元同族が騒いでいたら落ち着いて老後も楽しめませんものね」

「どちらかと言うと『存在しているだけで不快だから駆除しろ』ってな感じだけどな? まったく、台所に出るゴキブリ感覚で邪神殺しをさせるなって話だぜ」


 これは邪神の血を引く少年と、魔法少女(中身は屈強な軍人)の物語だ。

 邪なる神を殺し、世界に希望を取り戻すための英雄譚だ。


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