第4話 ③
「妖怪は、有史以来、人とともに存在していました」
店長はポツポツと話し始めた。
「そこから話し始めるととても時間が足りませんから、今日は割愛しますね。
ただ、ある時を境に妖怪はその姿を人から隠すようになったという事だけ知ってください。
姿を隠した妖怪たちは、人と混じり人の社会に溶け込んで暮らすようになりました」
店長が話す間、凛子さんは黙って聞いている。
「その中には、自らのルーツが妖怪であることを伝え続けてきた一族と、子孫にすらそのことを秘匿する一族がありました。
前者が私や凛子のようなもので、私たちはこれを承伝家と呼びます。
後者がお客様のような方、私たちはこれを断家と呼びます」
店長はそこで一口お茶を口に含んだ。
「ただどちらの一族も想いは同じ。
それは、自らが妖怪である事と妖怪がこの世に存在することを秘匿する事、でした」
「妖怪ははじめ純な存在でした。
妖怪同士で交わることもせず、河童は河童として存在していました。
稀に一族を引き連れ、その棲家と生態を自ら変えるものたちが現れました。
その次に、妖怪同士で交わるものが現れ。最後に人と交わるものが現れました」
「妖怪の歴史はそのほとんどが口伝と、人が残した不十分な文献によってのみ伝えられています。
だから当時の妖怪たちが、どんなつもりで人との交わりを増やしていったのかは分かりません」
「古い言い伝えでは、半妖は人と妖怪を超越した力を持つとされるものがあります。
あるいは、それを目指したのかもしれません」
「言い伝えでは、江戸時代中期には純な妖怪はほぼ全て淘汰されたそうです。
私も、そして凛子も妖怪の末裔の両親のもとに生まれましたが、祖先を辿れば相当数の"人"と交わっています」
ひと。と店長は強調した。
「人との交わりは古い言い伝えのように超越した力を与える事はなく。単に人の血が混じるたびに、妖怪としての力を衰えさせていきました」
「今の話を聞いて理解いただけたかと思いますが、お客さんがそうであるように、自覚がないだけで妖怪の血を継いでいるものは数多くいます。
むしろ、純な人間というのが今の時代ほとんど残されていない、と言った方が適切でしょう」
「けど、血を引いているから妖怪に変化できるかというとそうではありません。
変化ができるもの同士、つまり承伝家同士の間に生まれた子が、同じように変化ができる可能性が約70%なのに対し、断家の子が変化の素養を持ち合わせる可能性はわずか0.001%と言われています」
10万人に1人
という事は、同級生全員を集めても変化ができるのは2クラスにも満たないということか。
「このような背景のもと、妖怪の多様性はどんどんと失われていきました。
平安の時代には1000を超える妖怪がいたと伝わりますが、今では数十種まで減っています。
残された私たちはそのわずかな血のつながりを後世へ受け継ぐために全国各地に妖怪たちだけのコロニーを作り上げました。
ここはその一つ。
河童を主体としたコロニーになります」
店長はまた一口お茶を口に含む。
見惚れるほどの丁寧な動作でお茶を飲むと、湯呑みを置いてニコリと笑いかけてきた。
「さて、一方的にこんな話を聞かされても混乱しますよね。
妖怪の事やこのコロニーのことは一旦置いて、お客様自身のことについて考えていきましょか。
今一番気になっている事は何ですか?」
そう問われ、俺は思わず身を乗り出し、一番聞きたいことを尋ねた。
「あの、俺が子供の頃に出会った美人の河童って……って痛いっ!」
「それはいいから!それ以外で」
質問の途中で凛子さんに小突かれた。
引いたような呆れたような顔で俺のことを見る。
その様子を店長が不思議そうに眺めていた。
もう一度質問を繰り返そうものなら、さらに強いパンチが飛んできかねないので、俺は仕方なく別のことについて尋ねる。
「じゃあ、やまわらしってのについて教えてください。このコロニー?には、俺以外の山童はいるんですか?」
これも気になっていた事だ。
自分が妖怪の血を引いている、妖怪に変化できるというのはなし崩し的に受け入れてしまっているが、冷静に考えるとやはり異常事態だ。
それに河童ほどメジャーではないので、山童が一体どういう妖怪かがいまだにわからない。
もし同じ境遇の人がいるならいろいろ聞きたいものだ。まずは、人間への戻り方からだな。
そう思っていたが、店長の回答は俺の期待に沿うものではなかった。
「このコロニーにはいません。
それどころか、私の知る限り山童に変化ができる者ここ数百年現れていないと思います。
私は代々我が家に受け継がれてきた妖怪の知識をもとにお客様が山童だと判断しましたが、正直いまだに信じられません」
「えっと、山童ってそんなにレアなんですか?」
「レアというか、そうですね…」
店長は少し言い淀んだあとこう言った。
「山童は少し、特殊なんですよ」
特殊。というその言葉を、俺は単に珍しいものだと受け取った。
店長その言葉に込めた本当の意味を俺が理解するのは、もっとずっと後のことだった。




