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【第5話】《天然》とジジイとババア

「助けてくださって、ありがとうございました」


起き上がれるようになった僕は、助けてくれた魔術師の人たちに、お礼を言って回った。


ワイルドウルフさんに頼んで、彼らがギルドにやってきた時に教えてもらう。

深く頭を下げると、反応はさまざまだった。


「新人のくせに、無茶すんな」


怒る人。


「魔力が尽きかけたぞ。今度は金取るからな」


冗談めかして言う人、そして――。


「……まあ、治ったなら良かった」


《狂刃》先輩や《教授》先輩のように、奇妙なものを見る目で僕を見る人。


謝罪を終えると、ワイルドウルフさんが難しい顔で腕を組んだ。


「……お前のランクだが、当面は『E』にしておく」


Eランク。ギルドで最下位だ。


「検査までして『異常なし』とは出たが……正直、しっくりこねえ」


あやふやな言葉とは裏腹に、その眼光は鋭く光っていた。

きょとんとする僕の顔を見ながら、白髪が混じり始めた髪を、無造作に撫でつける。


「ま、長年の勘みてえなもんだ。またいきなり倒れられちゃ困るからな」


僕は頷いた。

結局、原因はわからなかったけど……ここに居させてもらっている以上、迷惑はかけられない。


「Eランクの奴には、ギルドの雑用をさせてる。慣れてきたら、簡単な任務から回す」


「はい、わかりました」


渋面のまま、ワイルドウルフさんは顎に手を当てる。


「まあ、雑用と言っても色々あるが……お前、何か特技でもあるか?」


僕は、少し考えて答える。


「ええと、料理や掃除ならやってました」


「……意外だな」


……本当に意外そうな顔をされた。


ワイルドウルフさんは咳払いして、カウンターに置かれた帳面に、何やら書き込む。


「なら、食堂の手伝いに回す。空いた時間は装備の手入れをしてくれ」


「はい、よろしくお願いします」


――こうして、僕はEランクになった。



朝食の時間が終わり、まばらに人が残っているだけの食堂。

ワイルドウルフさんに連れられ厨房に向かうと、一人の女性が、てきぱきと指示を飛ばしていた。


「……あの、塩はどこにありますか?」

「目の前の棚にあるだろ。あんたの目は飾りかい?」


「あの、暗殺者の人に連絡先聞かれたんですが」

「後で殴っておくから教えるんじゃないよ」


圧倒されていると、女性は、僕たちに気付いて振り返った。


「ん?なんだいジジイ……と、可愛い顔した坊や」


「うるせえババア……新入りだ。これから、こっちの手伝いに回す」


……ジジイ?坊や?ババア?


ぽかんと聞いていると、女性は漆黒の瞳を細めて、僕の顔をじっと見た。


ババア、と言われていたけど、もっとずっと若く見える。


長い白髪はきっちりまとめられ、背筋もしゃんと伸びている。

白いエプロンに包まれた体型は、細くも太くもなく、引き締まって健康的だった。


「ふーん?ま、人手はいくらあっても困らないけど……坊や、なんかのんびりしてそうだねえ」


「まあ、ちょっと変わった奴ではあるが……なにしろ《天然》だからな」


否定しないワイルドウルフさんの言葉に、女性は納得したように頷いた。


「ああ、坊やがこないだ死にかけたっていう子かい。若いうちから無茶するもんじゃないよ」


「ええと……すみません」


まるで子供を叱るような口調だった。

怒られることには慣れているけど、こういう言い方はあんまりされたことがない。とりあえず謝る。


すると、女性は腰に手を当て、唇の端を上げた。

切れ長の目が少しだけ緩み、勝ち気そうな笑みを作る。


「あたしはユリア。一応この食堂を仕切ってる。そこのジジイとは昔馴染みみたいなもんさ」


「ジジイ言うなババア」


「はいはい、ジジイはもう自分の仕事に戻りな」


ワイルドウルフさんのぼやきは無視して、ユリアさんは白いエプロンを翻した。


「これから昼食の仕込みだ。坊や、包丁は使えるんだろうね?」


「はい、少しは」


僕が頷くと、ユリアさんは厨房の一角に僕を案内してくれた。


広い作業台に、壁に掛けられた沢山の調理器具。

作業台の上には、野菜が山盛りに入った籠が置かれていた。

すでに数人が、忙しなく手を動かしている。


「これ、皮剥いて一口大に切っておいてくれるかい?」


「わかりました」


言われるがまま、まな板と包丁を取り、手を動かし始める。

野菜を切る音、食器や鍋の金属音、慌ただしく人が行き来する足音。

それらを感じながら、黙々と作業していく。


厨房からは広い食堂全体が見渡せた。作業をしている間に、残っていた人たちも席を立ち、どこかへ散っていく。

これから任務なのかもしれない。

受付で送り出すワイルドウルフさんの姿も見える。


「へえ、なかなか手際がいいじゃないか」


ふと声をかけられ顔を上げると、ユリアさんが僕の手元を見ていた。

切られた野菜の入った籠も確認して、満足げに目を細める。


「速いし丁寧だ。荒くれ暗殺者どもじゃ、こうはいかないよ」


「そうですか?ありがとうございます」


役に立てたなら良かった。


「それが終わったら、配膳の手伝いもしてもらえるかい?」


「はい、わかりました」


「助かるよ。女の店員にしつこく絡むやつらもいるからね」


調理器具の片付けを終えた頃、食堂に賑わいが戻ってきた。


朝には見かけなかった人も入ってくる。

任務を終えて戻ってきたのか、服に血がついている人もいた。


料理を持って厨房と食堂を行き来していると、《狂刃》先輩の姿が見えた。


「あ、《狂刃》先輩。お疲れ様です」


何気ない様子で食堂に入ってきた先輩は、白いエプロン姿の僕に気付くと、一瞬だけ目を見開く。


「……お前、何やってんだ」


「今日から食堂のお手伝いをすることになったんです」


僕が答えると、気まずそうに視線をそらし、近くの席に腰を下ろす。


「あ、ご注文はどうされますか?」


教わった通りに聞くと、《狂刃》先輩は僕の顔を見上げて、それから深く溜息をついた。


「お前……ほんとに何にも気にしてねえのな」


「?」


「……いい。牛肉の煮込みと麦酒」


「はい、わかりました」


ぶっきらぼうに言われた注文をメモし、再び厨房へと向かう。

厨房では、ユリアさんをはじめ、料理人たちがひたすら手を動かしていた。


「はい、これ10番のテーブルに頼むよ」


「わかりました」


次々に出来上がる料理を、両手に持って席まで運ぶ。そしてまた別のテーブルの注文を聞く。

それを繰り返していると、ふと呼び止められた。


「おい、雑用係。お駄賃やるよ」


笑いを含んだ声。


ぽとり、と足下に落とされたのは、可愛らしい包みの飴玉だった。

顔を向けると、壮年の二人組の暗殺者が、にやにやしながら僕を見ている。


「もらっていいんですか?ありがとうございます」


僕はしゃがんで飴玉を拾うと、お礼を言ってポケットにしまった。


ぎし、と椅子が軋む音。

視界の隅に、こっちを見ている《狂刃》先輩の姿が映った。


暗殺者たちは、揃ってつまらなそうな表情になる。


「おまえ、プライドってもんがないのか」


……プライド?


首を傾げる。


「施設では、何かしてもらったら、きちんとお礼をしなさいって言われていたので」


その場の空気が、一瞬だけ静まった。


近くにいた別の暗殺者たちも、ちらりと僕を見て、何も言わずに視線をそらす。


《狂刃》先輩も、もうこちらを見ていなかった。

テーブルの上の麦酒を乱暴にあおると、席を立つ。


笑っていた暗殺者の二人組も、苦虫を噛みつぶしたような顔になって、「……そーかよ」とだけ呟いた。


……この飴玉、もらっちゃいけなかったのかな?


その時。


「坊や!料理が遅れてるよ!」


厨房から、ユリアさんの声。


「あ、はい、すみません」


立ち止まっている場合じゃない。僕は急いで厨房に戻った。

腰に手を当てたユリアさんが、しかめっ面で僕を迎える。


「……坊や、ちょっと良い子すぎるね。あたしゃ心配になるよ」


「え?そうですか?」


「ああいう時は、『うるせえ黙れ』くらい言っときな」


……そう言われても、自分が「うるせえ黙れ」と言う場面は想像できなかった。


「……あんたみたいな子、なんでこのギルドに来たんだろうね」


誰に尋ねるでもないユリアさんの呟きは、厨房の慌ただしさに溶けていった。

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