魔女の逸話② ──魔女狩り──
それは首筋にナイフを突き付けられたも同然。
大木をも切り裂きそうな鋭利な風が、身を縮み上げる二人の周囲を乱舞していた。
その後方で、王は薄っぺらい笑みを浮かべ傍観している。
「どうやら、我が王はとんだ卑怯者だったようね」
「正直者と呼んでほしいな。本性を表してやったまでよ」
「自分で言う、それ?」
スッチによると、マーガレットはその状況下でさえ毅然としていたという。
そうであるとはいえ、マーガレットは気の短い性格。遠路遥々(えんろはるばる)来たと思えば無駄骨を折らされ、挙げ句、人質を盾に帰途につくことさえ憚られている。内心、腸は煮えくり返っていた。
そして、王が次に発した言葉で、マーガレットは頭まで沸騰する。
「大人しく言うことを聞け。さもなくば、ヴァーレの配給を止める」
「っ」
ニヤついた口が放ったこの言葉が、マーガレットの美しい額に青筋を浮かびあがらせた。
戦後のヴァーレはただでさえ食糧難。子どもの飢餓が危惧される深刻な状況下にある中で、王の発言はそれを更に加速させようというものだ。
それはまさに、マーガレットの怒髪天のボタンだった。
「可愛いヴァーレの子どもたちが餓死する姿が見たいか、それとも地位を手に入れるか。もはや選択の余地はあるまいて」
嘲笑を浮かべる王が人質に取ったのは、リリとスッチだけではない。いま、マーガレットの目に映るのは、その後ろにいる約800人の同郷たちだ。
品性下劣とは正にこのこと。マーガレットは完全に頭に血が上った。
「……許さない」
すると──、
周りの光を吸収するように、彼女の身体が点灯した。
早速、この部屋にいる全員がその異変に気付き始めた。
「まさかっ」
王が勘付いたときにはもう手遅れ。マーガレットはすでに、光り輝く腕を振り上げていた。
「渦雷よ、天罰覿面────ッ‼」
額に青筋を浮かべたマーガレットが手を振り下ろすと──、
──── ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッ!
という爆音と同時に、辺り一面に目まぐるしいフラッシュが焚かれた。
高速で明滅を繰り返す玉座の間。
異様な熱風。石が割れる音。数多くの叫び声。固体、気体に別なく、歪曲した壁にはあらゆるものが跳ね返った。
……耳目が静まるまで、どのくらいの時間を要しただろうか。正確な時間は分からないが、スッチは永遠に思えるほど長く感じたという。
敵を一掃し、マーガレットは最後にこう言い残した。
「やれるものならやってごらんなさい。そうなれば、こんなもんじゃすまないわ」
マーガレットらが王宮から去ったあとも、部屋内にはしばらく、嵐の余韻のようなものが残っていた。
ハッタリじゃないことをその身をもって知らされた王は、その場に立ち尽くすことしかできなかった。
「魔女だ……。ほ、本物の……魔女だ……」
これにより、約800人の人質が解放されたのだった。
スッチとリリも同様、マーガレットに救われた。第四の魔法の力によって。
しかし……、この悪鬼の如き力を披露したことが、その後の悪夢の始まりとなってしまう。
スッチが第四の魔法を見たのは、後にも先にもこのときだけだ。しかし、いま思い出しても身が凍るほど恐ろしい魔法であった。
だが、裏を返せばそう感じたのは敵も同じこと。マーガレットが雷を放った理由は敵にお灸をすえるためだったが、これが逆の効果を生んでしまうこととなる。
その謀略は明くる日から始まった。
アダルア政府がマーガレットの暗殺を目論んだのだ。
マーガレットの自宅には完全武装の憲兵たちが押し寄せた。わずか一晩のあいだに、マーガレットは指名手配をかけられていた。
スッチの自宅兼稽古場も同様の理由で封鎖された。
文字通り、魔女狩りが始まったのだ。
マーガレットは、仲間の知らせによりあらかじめ危険を察知していたため難を逃れていた。
しかし、逃げる彼女が辿り着いた先は、草が青く茂る国境付近。
…… 行き止まりだ。
振り返ると、自分の愛した故郷がやたら遠くに見えた。
演劇仲間や友人たち、父や母の顔が頭に浮かんだ。
バルグラの舞台も思い出した。大きな声援と拍手。沢山の人たちが自分のことを応援してくれていた。
女優マーガレット・ベルルック・サリーを育ててくれた国。本当に夢のような日々だった。
引き返せない。今ごろ、憲兵たちは血眼で自分を探しているだろう。のちのち迷惑を掛けるのは見えているから、友人の家に隠れることも出来ない。
── みんなを、罪のない人を、巻き込めない。
これが、彼女がデリスランドに亡命した経緯である。
スッチはこのことを、ある日、家のドアに挟まれていた手紙で知ったのだという。
マーガレットはその手紙で、誰にも挨拶できずにこの国を去ったことを謝っていた。
◆◆◆
スッチから話を聞いたスレタは複雑な心境だった。
マーガレットは甘い誘惑に負けることなく、汚い脅しに屈することなく、ヴァーレに住む800人もの命を救った。立派な理念を持つ偉大な女優でもあった。そんな奇特な彼女の価値をこの国が見誤り、みすみす手放してしまったことは残念に思う。
一方で、土壇場で生きる道を選択した彼女を、劇団の先輩として誇らしくも思えた。
「でもマーガレットはどうやってデリスランドに逃げ込めたんだろう。国境にはデリスランドの兵隊さんがいるから、すぐに返されるはずなのに」
「事情を知ったデリスランドの外交官が、マーガレットに救いの手を差し伸べたらしい」
苦楽をともにした劇団仲間ということだけあり、スッチは事の顛末を知っていた。
納得したスレタは窓から顔を出してデリスランドの方角を見た。そして瞑目し、手を組んで、ねずみ色の空に向かってしばし祈りを捧げた。
「どうか、マーガレットがお元気でありますように──」
「ははは。あの頑固もんが元気ないわけないわ。向こうでも演技でブイブイいわしとんとちゃうか。あっ、結婚しててもおかしくないな」
「そだね。幸せな家庭を築いて、それで、子どもを超天才子役に育てあげてたり…し、て……?」
調子づいたスレタが妄想を広げる。
……しかし、自分の言ったことが頭に引っかかったのか、言葉の途中あたりからスレタの動きが止まった。
「そうそう、ありえる……はな……し?」
連鎖するようにスッチの動きも静止する。
「……天才子役、に?」
「デリスランド、で……?」
………………………………。
………………………………。
「ふぁ!」「えっ!」
ほぼ同時に、二人の頭にある仮説が浮かびあがった。
キースの話を推察する限り、ナワテはデリスランド育ちのアダルア二世。それは即ち、父親か母親のどちらかがアダルア人だということだ。
それに加え、ナワテのあの役を生きる演技……。そういえば当初、あれは誰に教わったのだろうかと、スッチは疑問に思っていた。
ナワテは、マーガレットの息子なのか。
確たる証拠はない。だがそれは、不思議なくらい全ての辻褄が合ってしまう仮説だった。
ゴーン──、ゴーン──、ゴーン──
ゴーン──、ゴーン──、ゴーン──
三時の鐘だ。普段ならば美しい音色も、湿気のせいでやたらと不気味さを掻き立てる。
吹き上がる不安に拍車をかけるように、屋根を叩く雨脚がうるさく聞こえ始めた。
ここまでお時間を頂いた方々、誠にありがとうございます! 感謝感激です!
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