アダルア王、登壇
キース、ナワテ、ルルの三人は王宮の正門に到着。
ここからでも、王都の街の中心部にある時計塔が見える。その針は午後一時を指していた。
「どうよ。初めてその目に触れるアダルアの王宮は」
キースに感想を求められ、ナワテは首を持ち上げた。
仰ぎ見ても天辺は見えない。棒状の建造物はねずみ色の雲に突き刺さっている。
「……凄いものだ。この国の全てを掌握しようっていう気概を感じるよ」
王宮の周囲にはこれまた立派な防壁が建てられていた。高さ5メートルほどあるだろうか。王宮の壁と比べたら素材が新しい。おそらく、18年前に起きたアダルア革命前後に作られた防壁なのだろう。
城壁の扉が開き、ナワテらを出迎えたのは10名ほどの兵士。この王宮を守る衛兵だ。
男兵たちはフード付きの黒いロングコートを纏っている。
女兵たちは黒のマントコートに、下半身は同じく黒いミニスカートと茶色のブーツ姿。
ナワテは目を疑ったが、これがアダルアの兵服のようだ。正直、この灼熱の気候の中よく耐えられるなと思うばかりである。
ちなみに得物らしき道具は一切見当たらない。甲冑を身に着けている者もいない。この衛兵たちは抜剣に変わる術を成す魔法族。騎士甲冑より、動きやすい無手が好ましいのだろう。騎士剣も、場合によっては無用の長物になりかねない。
「魔女の皆様、お待ちしておりました」
一見、歓迎ともとれる言葉遣いだが、兵士の言外からは猜疑心で漏れている。後方でコソコソと話す兵士たちもいる。
そいつらがなにを言いたいかは想像できる。この場にスレタが居ないことについてだろう。
しかし、キースは何食わぬ顔で敬礼し、首を巡らせながら全員の顔を眺め見た。
それを見た衛兵たちも、口を結び敬礼を返す。
その後、衛兵の案内により王宮内へと通された。
中はイメージ通りだった。一階のエントランスは円形。その中心に大きな柱が立っており、その柱に沿って螺旋階段が渦を巻くように伸びている。外づら通り、王宮は極端な縦長設計であるため、この階段を辿ればすべての部屋に移動出来る仕様となっている。
玄関は家の顔というが、一階部分の内装は質素なもので、とても一国の長を住まわせる宮殿には見えない。王宮の警備を任される衛兵の数も驚くほど少ない。しかし、そもそも人口が少ない地域なのだから不思議なことではないのかなとナワテは思った。
ぐるぐると視界を回しながら階段を伝い二階に到着。
早速、それらしい大きな扉が現れた。
「お入り下さい」
衛兵たちは扉を開けるとナワテらに道を開けてくれた。今のところ扱いは丁重といえる。
花道を抜けると、……そこは薄暗くてだだっ広い円形の大部屋だった。
この大部屋は上から見ればドーナツ型。その円周に一箇所、明るい光が灯されている祭壇がある。壇上には一脚の豪華な椅子が置かれていた。
── 玉座の間だ。
要人との会談を予想していたナワテだが、どうやら参内早々、王のみまえに立たされることになりそうだ。
祭壇の前に一人の男が立っている。大きなとんがりハットと、ラメの入った紫色のマントを纏った白髭の老人だった。これまでにない貫禄を放っているが、アダルア王ではない。
「我が名はドリスコル。魔女よ。よくぞ参られた」
正面に立つ老人は、ナワテとルルに自己紹介ともとれる言葉を投げかけた。
しかし、二人はこれを完全無視。その無礼な態度に、後方に立っている衛兵からの殺気を感じた。それをキースが右腕を広げていさめる。いつの間にかキースは衛兵側に立っていた。
部屋内には、今にも切れそうな緊張の糸が張り巡らされた。
そんな時──、
「王の御出座である!」
何者かの張り上げ声が玉座の間に広がった。その途端、ドリスコルと衛兵全員が胸に手を当てた。
しかし、ナワテとルルはそうしなかった。
コツコツコツ……という足音がする方向を二人して睨みつける。
……すると、祭壇の袖にある扉から、赤いローブを纏った男が登場した。
それは、食料が枯渇しているこの国の者にあるまじき、ふくよかな青年だった。
青年はそのまま登壇し、「よっこらしょ」と言いながら、ふかふかの玉座にドスッと腰を落とす。
…… こいつがアダルア王か。
冷静沈着なフリをするのが得意なナワテも、このときばかりは周りに分かるくらい、グッと奥歯を噛み締めた。
玉座に付いたアダルア王は、微妙な表情を浮かべるルルが視界に入ると、目を見張りながら固まった。その状態で耳まで紅潮を広げる。
「えーと、きみは、ルルだね」
王はニヤついた顔でそう言うと、ぎこちなく片目を閉じた。どうやらルルに向かってウインクを放ったらしい。
それを受けたルルがつばを吐き捨てるように顔をそらす。
そっけない態度を返された王は血色を戻した。そのまま不機嫌そうな咳払いを一つ。
「ところで……ブルーバーグの娘がいないみたいだけど、なんで?」
「取り逃がしました」
「取り逃がした……なんで?」
「何者かが匿っているのかと。ヴァーレには無数のブルーバーグ派がおりますゆえ」
「ブルーバーグ派……なんで?」
「様々な考え方の者がいる。それが世の中ってもんです」
「なん……そ、そうだね」
キースの報告に対し、王の口から飛び出すのはオウム返しとなんで。軽い口調から王の威厳めいたものは微塵も感じられない。むしろ、想定外の事態にあたふたしている。
「なら構わん。話を続けよう」
まごつく王に代わり、口を挟んだのはドリスコル。
── そうか。黒幕は上王なんだ。
やはり王は飾りだと確信し、一度温度が上がったナワテが冷静さを取り戻す。
おそらく、長らしく振る舞うよう躾けられているのだろう。言動に一切の重みがない。ようは形だけの王。鼻たれ小僧がそのまま君主になってしまった、というようななりだ。
「しかし念のため訊いておく。うぬらに教える気はないか」
ドリスコルがナワテらに探りを入れる。主語は言うまでもない。スレタの居所だ。
それを聞いたルルはふんと鼻を鳴らす。
ナワテも冷たい目を作り、ドリスコルを見据えた。
「マリエ・ナワテ。すでに耳にしたことと思うが、うぬの正体はすでにあけすけだ。うぬが働いた我が国での工作は、本来であらば即極刑に値する不当行為である。しかし我が王は、この後の交渉次第では免責を与えてもよいと思し召された。それを肝に銘じるように」
ドリスコルは、強い口調でナワテに言った。
上流階級者の口調は、すぐには理解しがたい独特のものがある。ただナワテはうっすらと、正直に言わなければ命はないと、そう言われたような気がした。
しかし、ナワテは首肯すらしなかった。
彼は知っている。スレタの居どころが分からない限り、こいつらはナワテを殺せない。むしろこの場合、全てを吐いてしまい、相手にとって自分たちが用済みになってしまうほうがリスクは高い。
完全に袖にされたドリスコルだが、彼はなぜか興味深そうに目を細めていた。
「なるほど、そっくりだ」
「当前でしょ、娘なんだから。あんたたちがさらったリリ・マッケナーのね」
母のことを言っていると捉えたルルは攻撃的な口調になる。
しかし、……よく見てみると、ドリスコルの三日月目は、ルルではなくナワテを捉えていた。
薄く微笑むドリスコルの目が、今度はルルにスライドする。すると、しわがれた指がパチンと音を鳴らした。
その矢先、
「な──ッ!」
後方にいた衛兵二人が、ルルの両腕を取り押さえた。
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