目くらまし役
キースの言葉の意味は詰まるところ、また芝居が悪用されようとしているということだった。
ルルはバカバカしすぎて呆気にとられるしかない。
「つまり今宵、デリスランドの要人の前で、『君たちとは仲良くするつもりはない』というメッセージが込められた作品を上演する。その作品を演じるのが、ぼくたち魔女の劇団ってわけか?」
呆れかえるルルに変わってナワテが話を引き継ぐと、キースは称えるように指を鳴らした。
「さすがは話が早い。上王はそのために、俺にお前たちを連れて来させたんだ」
「なるほど。ならば、上王の一番の目的がスレタだという根拠はなんだ?」
ナワテは昨晩の話が気掛かりだった。これまでの話の経緯から推察するに、キースはアダルア政府の関係者でありながら反体制派でもある。おそらく彼は、政権の目を盗み、同志を集め、内部でのクーデターを企てているのだろう。ナワテはそう睨んでいる。
そんなキースはスレタを匿うために宿まで用意した。ブルーバーグ家の末裔、反体制派の象徴的存在である彼女が、何者かが描く謀略の鍵となる人物なのは間違いない。
「上王はそのお嬢さまを、ブルーバーグ殿下との駆け引きに利用するつもりだ」
「えっ」
ナワテがはっとなりスレタを見ると、彼女の顔にはすでに憂わしげな目が光っていた。
「……パパは、生きてるの?」
「ああ、パパどころか、ママも無事だ。上王といえど、御三家を殺せはしないさ」
なんと、ブルーバーグ一族は生きていた。
その事実を知った途端、スレタの瞳が先ほどとは全く違う輝きを放ち出した。
ルルも嬉しかったのだろう。スレタの小さな体を後ろから強く抱きしめた。
「スレタ、よかったな。でもここからは子どもが聞く話じゃない」
ナワテはそう言うと、スレタに歩み寄り、フードの上から頭を撫でた。
ナワテもまた、自分のことのように嬉しかったのだ。罪悪感に囚われていた心が、それを聞けただけで救われた気がした。
しかし、
「いや、聞かせるべきだ」
ばっさりとキースが言ったのは、ナワテの思いやりを踏みにじるものだった。
言い返そうと思ったナワテだったが、頭の上に乗せた手にスレタが頷いた感触があり、言葉を飲み込んだ。
キースの言い分にも一理ある。この国の将来に関わる話を、この国の王家の血を引くスレタに聞かせないというのは筋が通らない。デリスランド人のナワテが耳目を塞げと言うのだから尚更だ。
よってナワテは否定をやめ、静かな視線をキースに向けた。
「資源もなく、食料すら枯渇したこの国のありさまはお前も知るところだ。民衆はとっくに沸点を超えている。手を差し伸べたいという他国の協力を、みすみす拒んだと聞けば尚のこと。ますます民の怒りを刺激することになるだろう。上王はまず、それを鎮めようとするはずだ」
「なるほどな。上王の狙いは国民感情の抑制というわけか」
頭の中で話が繋がったナワテが、スレタを見た。
「御名答だ。民の反発を抑えるに最も効果的な方法は、ブルーバーグ殿下の発信力を利用することだ」
「ちょっと、どういう意味よ?」
まだピンとこない様子のルルが、イラつき気味に丁寧な説明を求める。
「上王は国家権力を振りかざし、その娘の父、ブルーバーグ殿下の口を幽閉という形で塞いだ。再びアダルアの民が自国の政府に不信を抱いたのは、その事実が露呈したことがきっかけだ。本来アダルア政府は、民から尊敬される彼を味方につけるべきだった」
「あら、初めて意見が合ったわね。そのとおり、政府のお偉いさん方は策に溺れた。今ごろ、想像以上の民意を敵に回したことに気づいて首が回らなくなっていることでしょうよ。民に思い寄り添うブルーバーグ家は、わたし達にとって尊い存在だもの」
「その尊いブルーバーグ家が、政府と手を組んだらどうなる?」
「そりゃ政府に対する憎悪は薄まるだろうけど、殿下に限ってそんなことありえ……」
先ほどのナワテ同様、なにかに気づいたルルが言葉を止めてスレタを見た。
「そうだ。娘を人質に取れば殿下は言うことを聞かざるを得ない。あとは反体制派がひしめくヴァーレの民に、政権が悪ではないことを彼の口から刷り込んでもらえれば、疑いが消えるどころか求心力さえ付けることになるだろう」
つまり、上王が魔女の劇団を王宮へ臨場させる目的は二つ。
一つは、今宵の会合前に行われる催し物で演劇を披露させるためだ。これにはデリスランドの要人が出席する。おそらく政府側が用意している脚本を使用するのだろう。作品の内容は、国交断絶を引き続き継続するメッセージを、デリスランド側にチラつかせるものに違いない。
二つ目の理由は、魔女の劇団のメンバーとなったスレタにある。アダルア政府が最も恐れることは国内の反乱である。それは早ければ、鎖国続行宣言に等しい魔女の劇団の公演後に予想される。それを抑えるためにスレタを利用し、ブルーバーグ殿下の口から国内に向けて発信をさせる。発信内容はもちろん、現政権を擁護するものだろう。もしくは、民が抱く敵意の矛先を、デリスランドに向けさせるための内容なのかもしれない。
キースの話を咀嚼すればするほど、ルルの目尻が重力に逆らうように釣り上がる。
「で、あんたの目的はなんなのかしら? まさかわたし達に、その愚かな要求を飲めと言うつもりじゃないでしょうね」
ルルの言葉に、キースはいい質問だとでも言いたげに、薄ら笑いを浮かべた。
「君の言うことは、半分当たっていて、半分外れている」
「……どういう意味よ?」
「さっき言ったように娘は隠しておく。だが今宵の演劇は引き受けてもらう」
ナワテはあからさまに嫌な顔をした。キースの言葉の意味は、王の要求を飲めということだ。たった今、全てを聞いてしまった彼に受け入れられるはずがない。
「安心しろ。上王が大金をエサに用意した趣味の悪い脚本は破り捨ててしまえばいい。本番ではお前たちの持ちネタをやるんだ。あとのことは俺たちに任せろ」
結成したての劇団に持ちネタなどあるはずもないが、その言葉を聞いたナワテらはひとまず安心した。
「あんたの要求は分かったわ。でも裏切り者と組むのはゴメンよ」
ルルはそう言い放つと、またナワテを睨みつけた。その顔は険しさがより一層浮かび上がっている。
それを見たキースは、はぁ……と、呆れたようなため息を一つ。懐からタバコを取り出し、マッチで火をつけた。
そうして、紫煙とともに放たれた次の言葉は、ルルを震え立たせることとなる。
「かつてのアダルア民族は、暗澹たるマディオス大陸に平安をもたらした誇り高き民族だ。リリ・マッケナーの夢は、そんな平和をこよなく愛するこの国のアイデンティティを取り戻すことにあったんじゃないのか?」
「……それは」
「それを叶えられる人物がいるとすればたった一人、この娘の父親、ブルーバーグ殿下だ。そのキーマンを救い出さない限り、アダルアに新しい明日は来ない」
「新しい、明日……」
明らかに目の色が変わっていくルルを見て、キースが追い打ちをかける。
「本作戦はそのブルーバーグ殿下の救出だ。お前たちにはその目くらまし役として働いてもらう。君はそれでも反対かい?」
「──」
煽り立てられるように、熱くなったルルの視線がスレタに向いた。
またしても一行は、キースの描くシナリオ通りに進むしかなくなってしまった。
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