♯7 虹宮希実の悩み(1)
俺の名前は虹宮希実。
7人兄弟の末っ子で、今は高校2年生。
親はいないけど、兄ちゃんたちが恐ろしいほど優秀なので、全く苦労することなくここまで育ってきた。
「希実ー! このあとカラオケ行く?」
「一緒行こうぜ。お前のモノマネ歌唱めっちゃ盛り上がるしさ」
教室を出ようとしたところで入学以来仲良くしている友達2人に声をかけられた。
出会った最初の頃はちょっと冷たい態度で接したこともあったのだが、それでも仲良くなってくれた気のいい奴らだ。
「あー、今日は帰る。早く帰ったほうがいい日でさ」
「なんそれ」
「敦さんとかに言われてんの? あの人怖いもんな」
「あーあの人怒らせんのは怖いわ。じゃあまた今度な」
「おう、また誘って」
あいつら何も説明してないのに勝手に納得して引いていったな。
今度こそ家への帰路につく。
電車で30分ほどなのでそう遠くはない。
長男の敦は今や日本人で知らない人は少ないほどの有名人だ。
奇跡の企業再建人としてテレビで特集されたりすることも多く、再建した企業の中には巨大なテーマパークとか、誰もが知る家電メーカーとかも含まれているから、世間も凄さを認識しやすいのだろう。
で、インタビュー映像を見るとみんな思うのだ。
「うわー、優秀なのは伝わってくるけど、怖そうな人」って。
で、高校の帰り道とかスポーツカーに乗った敦が声をかけてくることがあって、俺が敦の弟であることはもうバレバレだ。
「怖い兄ちゃんがいてお前も大変だな」ってそんな目で見られている。
実際の敦は弟相手には甘々なんだけど。
今日は兄ちゃんたちがみんな家にいる珍しい日らしい。
次男の裕人は長距離トラックの運転手だからそんなに家に帰ってこないし、四男の大輝は俳優やってて夜遅く帰ってくることが多いから俺とは時間がかぶらない。
7人みんな揃うのはいつぶりだろうな。
俺の誕生日ぶりか?
俺は七兄弟の末っ子として兄ちゃんたちみんなに可愛がってもらってきた。だからこその息苦しさみたいなものもないわけじゃないんだけど。
見えてきた家に、少しばかり緊張した。
今日は大輝もいるんだもんなぁ。大輝のことは大好きだし尊敬もしてるけど、すごく鋭い観察眼を持っているので全て見透かされるのではないかという怖さがある。
ふーっと息を吐きだしてから、ドアを開けた。
「ただいまー」
「おー、希実おかえり」
「おかえり、また背伸びたか、どんどんカッコよくなるな」
いつも通り迎えてくれた暁と、まじまじと俺を見てくる大輝。
大輝は主役のドラマも放送目前だし、雑誌の表紙にもなりまくってる。ドラマグランプリとか何回か取ってるし、演技力も高く評価されて、最近は歌とかうたってアイドルみたいなこともしてる。
そう考えると別世界の人みたいな感じなんだけど、家にいると普通の兄ちゃんなんだよな。
暁がリビングに向かうのに着いていこうとすると、
「希実」
背中に声をかけられた。
「大輝、なに?」
なんだか嫌な予感がして、努めて明るく聞いてみる。
「なんかあったか?」
あー、やっぱり。他の兄ちゃんたちは誤魔化せても、大輝には見抜かれてしまうんだな。俳優をやってるだけあって人の感情の機微とか感じ取るのに長けているんだ。
「ん? なんもないよ」
とりあえずとぼけてみる。
「暁ー、俺ちょっと希実と散歩してくる。何時になるかわからないから、夜ご飯先食べてて」
うわ。
「え」
大声で叫んだ大輝に、暁の驚いた声が聞こえる。
「行くぞ、希実」
すごい真剣な顔した大輝に腕を引っ張られる。
あー、そうだ、大輝はすごく熱い男だった。
.。o○
「で、なんで、ファミレスなの?」
「なんでって、、高校生を連れてく店なんてファミレスくらいしか、思いつかなかったんだよ」
そう言いながらメニューを睨む大輝。普段こんなところ来ないだろうからな。
「ふふ、なにそれ、芸能人でしょ? こんなとこ来ていいの」
ファミレスのボックス席は壁も高いので、店中から見られるというほどではないが、席に案内されるまでの道ですごい視線を感じたし、近くの席の女子高生とかがこちらをチラチラと見ている。
「いいんだよ。俺より希実の方がかっこいいから、みんな希実を見るだろ」
どうだろう。
たしかに俺を見てる人もいるけど、大輝に気づいている人も多そうだよ。
「そういえば聞いたことなかったけど、大輝はどうして俳優になろうと思ったの? 目立つのとかあんまり好きなタイプじゃないじゃん」
「早く稼ぎたかったから、兄貴達に何か返せるものないかなとか考えて、中卒でやれるのが芸能界くらいだったんだよ」
メニューを見たままぼそっと大輝が答える。
大輝のそういうところは素直にすごいと思う。
自分がやりたくないことも誰かのためならやれちゃう感じというか、人のためにめちゃめちゃ熱くなれるところ。
「兄ちゃんたちは反対とかしなかったの? 暁とかすごく心配しそうだけど」
「兄貴達には黙ってこの仕事始めたんだ。だから、初めてテレビに映ってるの見られたときは、すげぇ詰められたよ」
「え、それいつの話?」
敦に黙ってなんて、バレたときが恐ろしすぎる。
「中3の終わりくらい。俺、高校行くつもり無かったからさ、中3のときに芸能事務所入って、この世界でやっていけるっていう確信を得たかったんだ」
すごいな。
それで、本当に結果出しちゃうところとかも。
「高校行きたかったとか思わないの?」
「まあ、勉強も嫌いじゃないから、高校行ったらそれはそれで面白かった気もするけど。でも、あの頃は兄貴達にただ世話になってる状況が嫌で嫌で焦ってたっていうか、高校行くなんて欠片も考えられなかったな」
「へー、、可哀想」
あ、やばい、嫌なこと言った俺。
大輝の生き方のかっこよさに嫉妬したんだ。だから、こういう言葉で自分を守ろうとして。本当に嫌になる、こんなこと言ったら大輝はどんな気持ちになるよ。
怖くて、大輝を見られない。
テーブルを見つめて、大輝の視線を避けた。
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな幸せを丁寧に描いていきたいと思います。
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『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』
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