♯8 虹宮希実の悩み(2)
「ご注文お決まりでしたら、お伺いいたします」
女性店員さんが声をかけてくる。たぶん、大輝に気づいて、近くで見たいとか思って、呼んでもいないのに来た人だ。
タッチパネルがあるのに注文取りに来るってどんな神経だよ。
気まずい空気を壊してくれたことには感謝するけど。
「え、あ、えっと」
「トロピカルマンゴージュース2つ、以上でお願いします」
慣れてない大輝に変わって注文する。
どうせ家帰ったら暁の作ったご飯があるし、飲み物だけでいいだろう。ドリンクバーもあるけど、飲み物取りに行くとき大輝を一人にするのはよくないよな、声かけてくる人とかいたら嫌がるだろうし。
「かしこまりました」
店員さんが俺の方を見て、キラキラした目を向けてきたので、顔がよければ何でもいいってことかな。ま、大輝に執着しないでくれる方が都合いいからいいけど。
「なぁ、トロピカルマンゴージュースなんてメニューのどこにあるんだ?」
店員さんが立ち去ると、大輝がメニューをペラペラめくりながら聞いてくる。
よかった、普通に話しかけてくれた。
「一番うしろ、マンゴーフェアのページ」
「あ、ホントだ。すげえな、メニュー見なくても覚えてるんだ」
「まあ、この前来たからね」
タッチパネルがあるから紙のメニューなんて見なくてもいいんだけど、読み物として好きだから俺はどんな店でも紙のメニューに目を通す。
メニューってわくわくするよね。
大輝がメニューをテーブルの端に立てかける。
ちらっと大輝の顔を見たら、やば、目合っちゃった。
慌てて逸らしたけど、もう遅いかな。
「俺はさ、選択肢がないことは必ずしも不幸ではないと思ってるし、逆に選択肢があることは必ずしも幸福ではないと思ってるんだ」
あー、ほら、さっき可哀想って言っちゃったから、俺のこと諭そうとしてる。
「あのときの俺は芸能界しか選択肢がないと思ってて、おかげで覚悟を決められた。ここで頑張るしかないんだって覚悟。でも、選択肢がたくさんあったなら俺はそんな覚悟決められなかったと思う」
大輝が笑った気配がして、そろりと大輝の顔を伺う。
なに、その優しい顔。
「さっき聞いたんだけど、星夜さ、今の店で店長やらないかって誘われてるんだって」
「え、まじ。すごいじゃん」
あの阿呆の星夜が。
「でも、星夜は迷ってるみたいで。その理由の一つに、そんな覚悟を持って仕事をしてないからって言ってた」
星夜、。
「数多ある選択肢からどれか一個に対して覚悟決めるっていうのはさ、他のいくつもの選択肢に対して、選ばない覚悟を決めるってことでもあると思うんだよ。それってすごく難しいことだろうなって、なんか星夜見てて感じたんだ」
星夜は俺ら兄弟の中で1番くらいにポンコツだけど、どんなときでも前に進める強さというのか、うじうじ悩んだりしないという、羨ましい性格をしている。
だから、そんな星夜が悩んで立ち止まっているというのはなかなかの出来事だ。
大輝も随分と心配しているらしい。
「お待たせいたしました。トロピカルマンゴージュースでございます」
さっきの店員さんがテーブルにジュースをおいて、俺の目を見た。
「ありがとうございます」
最上級のスマイルを向けてみせると、顔を真っ赤にして頭を下げ、調理場の方へ戻っていく。
はぁ、こんなことばっかりだ。
「希実も大変だな」
「なに、急に」
「星夜くらいゆるい性格ならもっと楽だったろうに」
憐れまれるなんて最悪だけど、大輝の顔は馬鹿にしてるとかそういう顔じゃなくて、むしろ笑ってるからなんとも言えない気持ちになる。
「大輝には言われたくない」
「ははっ。お互い、悩んで抱え込むタイプだもんな。でも、俺は歌とか演技とか発散できる場があるから、まだマシなんだよ。希実は家でも俺らに気遣ってるだろ」
兄ちゃんたちのことは好きだし、一緒にいて楽しい。
けど、暁とか智也は割と繊細で傷つきやすいところがあるから、言葉とか態度には気をつけなきゃと思うし、。なのに敦はオブラートに包めないタイプで言いたいことはズバズバ言っちゃうから、場の空気が冷えないようにクッションになってあげなきゃだし。
大輝の言う"気を遣ってる’は"そういうことなのかな。
「今だって場の空気を崩さないように、不躾な視線を向けてきた店員さん相手にも笑顔で対応して、常に周囲に気を使って生きてる感じがするんだよな、希実は」
「べつに、それが一番楽だからだよ。変に揉めるのとか一番面倒くさいし、空気悪くなったら俺も居心地悪いから、そうしてるだけ」
大輝が呆れたようにふっと笑う。
「うわ、うまい」
ジュースに口をつけた大輝がキラキラとした声を上げる。
思ったとおり、大輝の好きな味だったみたい。
「前に友達が飲んでるのを一口もらってさ、ああ大輝に差し入れしたいなって思ったんだ。絶対大輝の好きな味だもんね」
「ほんとに可愛い弟だな、希実は」
あ~この笑顔。
大輝をアイドル路線で売ろうとする芸能事務所の気持ちもわかる。この世の幸せが詰まったかのような極上の笑顔をたまに見せるんだよな。
「ふふ、なんか気が抜けちゃった。ここのところなんだか息苦しいなって思うことも多かったんだけどね」
「希実の息抜きにならいつだって付き合うよ」
「とか言って、仕事忙しいから全然会えないじゃんか」
「仕事はもともと家族のために始めたんだ。それで家族ないがしろにしたら元も子もないだろ。いま仕事しまくってんのは、希実が居てくれるから家の方は大丈夫だろうなって思ってる節があるからだよ。だから、希実が苦しくなったときはいつでも呼んでくれ」
こういうことを社交辞令とかではなく本気で言えてしまうのが大輝なんだよなぁ。ほんと、敵わない。
―――大好きだ。
※この物語はフィクションです。実在の人物や団体などとは関係ありません。
お読みいただき、ありがとうございました。
小さな幸せを丁寧に描いていきたいと思います。
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『白鷺のゆく道〜一味の冒険と穏やかな日常〜』
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