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第四話 十一年前の事件  祓い屋の影

 明かりを落とした病室で、澤田は手元だけをライトで照らして本を開いていた。だがあんまり頭に入ってきていなかったところへ、布団の擦れる音が聞こえてくる。

「お、目が覚めたか」

 北野が目を開けたことに気づいて、澤田は本を閉じた。

「ん? あれ、澤田? え、ここどこだ?」

「病院だよ。お前、うちのアパートの前で倒れてたんだよ」

「えっ、うそまじで? 俺、家に帰ろうと思ってたはずなんだけど……あれ?」

 どうやら北野は何も覚えていないらしい。

「なんか大丈夫そうだな。医者もとくに異常はないって言ってたし」

「ああ、うん。悪い澤田。付き添ってくれたんだな」

「いいって。何ともなかったんだし」

 笑ってごまかすものの、騙しているようで少し心が痛い。

 そんな澤田の気持ちを見透かすように、北野がじっと見つめてくる。

「なんだよ。どうしたんだ?」

 内心ぎくっとしたが、ごまかしたことがばれているわけではなかった。

「いや、なんか……変な夢見たなと思って」

「夢?」

「そう。お前がどっか行こうとする夢」

「は?」

「いや、まじで恐かったんだって。もしお前が行っちゃったら二度と戻ってこないって、俺、なぜか知っててさ」

 北野の顔は、夢の話をしているとは思えないほどに真剣だ。

「なんとか引きとめなきゃって、すげえ叫んだ。だから今お前がいてほっとしてるっていうか……夢なのに何言ってんだろ、俺」

「いや、ありがとな北野」

 あのとき北野が叫んでくれなかったら。

 部屋のドアを開けて中に入っていたら、怪我だけではすまなかったかもしれない。

 あはは、と北野が笑う。

「だから夢の話だって。お礼言うのはこっちのほうだし。ありがとな澤田」

 いつもと変わらない笑顔に戻った北野に、澤田も心の底から安堵した。



 病室を出ると思わずため息が出た。

「どうした。北野刑事はまだ目が覚めないのか」

 こちらへと廊下を歩いてきたのは柊だった。

「おう、柊。いや、もう起きてるよ。医者も異常ないってさ。それより面会時間外なのによく入れてもらえたな」

「あやかし関連係の澤田刑事に緊急で呼び出された、と言ったら入れてもらえた」

「緊急もなにも俺、呼び出してねえし。ていうかよくここがわかったな」

「最初お前のアパートに行ったんだが、そこにいた警官に病院へ向かったと教えてもらった。お前の部屋、酷い状態だったぞ」

「だよなあ。あーあ、今日のところは署にでも泊まりこむか」

「うちでよければ部屋空いてるが」

「まじで? じゃあ一部屋借りていいか。正直、署内じゃ気が休まらねえんだよ」

「ああ。好きに使ってくれ」

 帰る先が決まったところで、澤田は柊とともに静まり返っている病院の廊下を歩いた。

「なあ。北野を操ったのも江藤なのか?」

「北野刑事の状態を実際に見たわけではないから何とも言えないが、たぶんそうだろうな」

「でもあいつ、妖が見えるわけじゃないのに」

「妖が見えなくても霊力のある人間はいる。気配を感じるとか、誰にも聞こえていない声が聞こえたりする、とかな。北野刑事は霊力が強いほうではなかったから、かかり方も弱かったんだろう」

 だから途中で我に返りはじめて、叫んで危険を知らせてくれた。

「てことは俺の部屋を爆発させたのも江藤ってことか」

「それなんだが、なんで江藤は北野刑事を操ったり、お前の部屋を爆発させたりしたんだ。心当たりはあるのか」

「心当たりはないけど……前に和奏ちゃんには、江藤に東条の息子だと知られないように気をつけろ、みたいなこと言われたんだよな」

「結城さんは、祐一さんは江藤修吾に殺されたと思っているんだったな。だがたとえそうだとしても、お前が祐一さんの息子だからという理由だけで殺そうとしたりすることはないと思うんだが」

「そうだよな。江藤だって、今はもうこの町で祓い屋やってるわけでもないんだし……」

 ふと、澤田が言葉を止めた。

「どうした」

「……親父が殺されたって話、やっぱ本当かもな」

「どういうことだ」

「俺、刑事だからさ。もし親父が殺されたかもしれないって思ったら、そりゃ調べるよな。殺人なら、まだ時効も成立してないし」

 つまり江藤が東条祐一を殺していた場合、刑事になった東条の息子がこの町に赴任してきたことは、都合が悪いというわけだ。もし澤田が殺人を疑って調べ直したりしたら、せっかく事故として処理された一件が、殺人罪で逮捕されてしまうかもしれない。

 どちらにしても、江藤修吾は黄昏市に戻ってきている。

 それは間違いないようだ。


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