第二話 見える人、見えない人 妖を見る眼鏡
柊家は外観通り、まるで昔ながらの日本旅館のような造りだった。あの美しい日本庭園に面した廊下を案内されるままに歩き、広い和室に通された。
相変わらず柊の座る姿勢は大したものだったが、澤田は気にせず足を崩して座り込んだ。
「つまり、その狩風とかいうやつを何とかしなきゃならないってことだよな」
「ああ。もしかしたら美珠を追う方が早いかもしれない」
「ミタマ?」
「華炎という妖の子供だ。おそらく狩風はそれを狩るために町に下りてきている」
つまり狩風という妖は、人間を襲うためではなく狩りをするために町を動き回っているということだ。
「それがなんで人を怪我させたりしてるんだ」
「たぶん辰巳山のキャンプ場のせいだ」
「キャンプ場? って、今年の四月にオープンしたやつのことか?」
そうだ、と柊が頷く。
「辰巳山は妖の多く住む山だからな。美珠は本来、力の強い妖に隠れながら育つんだが、たまたまキャンプ場に来ていた霊力の高い人間の中にでも入ってしまったんだろう」
その人間が辰巳山から町に下りてくるとともに、美珠も下りてきてしまった。そして美珠の匂いを追いかけてきた狩風が、隠れた美珠を外へ出そうと、隠れみのになっている人間を襲っている。
「美珠は敵に見つからないよう、妖から妖へ渡り歩く習性がある。今回も霊力の高い人間を渡り歩いているはずだ」
「なるほど」
町中の人間の中からたった一匹の妖を探すというのは至難の業だ。しかも澤田は妖を見ることすらできない。
「ちょっと待っていてくれ」
柊は立ち上がると、部屋から出て行った。
しかしすぐに、小さな木箱を手に戻ってくる。
「これを貸しておく」
柊が木箱を開けた中に入っていたのは眼鏡だった。
「これは柊家に代々伝わるもので、妖を見ることのできる眼鏡だ」
「妖を?」
「ああ。俺の父は町守だったが見えない人でな。古かったこの眼鏡を直して普段からかけていた。これを使えばお前にも妖が見えるはずだ」
「本当かよ」
澤田は木箱の中の眼鏡を見つめた。木箱はかなり古いが、眼鏡はフレームの金属がまだ輝きを保っている。
「でもいいのかよ。代々伝わってるような大事な眼鏡を俺が使っても」
「俺は使わないし、柊家に生まれて妖が見えない人はまれだからな。これをかけないとお前にできる仕事はほとんどないぞ」
「そっか。そうだよな」
澤田は眼鏡を受け取って、ゆっくりとかけた。
景色自体は何も変わらない。だが畳の上を何かが動いたような気がして目線を落とすと、黄色くてふわふわとした小さな動物のようなものが歩いている。
なんでこんなところにひよこが、と思ったのもつかの間。
そのひよこだと思ったものには目と足が三つあって、頭には小さな角が生えている。
「うわっ、は? えぇ?」
「ああ、そいつは最近よくこの家をうろついているんだ」
戸惑う澤田に、柊が平然として言う。
「かけたままにしていると余計なものが見えて大変だぞ」
「あ、ああ」
澤田は眼鏡を外した。するとさきほどまでいたひよこのような妖の姿が全く見えなくなる。
「さっきの妖は、まだその辺にいるんだよな」
「ああ」
「もし、さっきのやつが俺の膝に乗ってきたとしても、俺は気づかないんだよな」
「乗っていないけどな」
「もしって言っただろ。けどなんか、はっきりと見たからなのか……見えないものが今も歩いてるって、不思議だな」
柊が落ち着いているということは、害があるわけではないのだろう。だがそれでも、得体の知れないものが自分の周りをうろついているとわかってしまうと、なんだか落ち着かなくなる。
「そういうものを渡しておいてなんだが、見えないものを気にしないほうがいい。今まで通りの生活が送れなくなる」
澤田にとっては見えないのが普通だ。あまり眼鏡を通して見える世界に引っ張られすぎてしまうと、今度は見えないことが怖くなって眼鏡を外して生活することができなくなってしまう。
「いいか、妖が見えないのは不便なことでも怖いことでもない。ほとんどの人が見えないまま一生を過ごすんだからな」
「ああ、わかってるよ」
柊がここまで念を押すのは、澤田を心配してのことだろう。
だけど彼は、普段からああいうひよこの妖のようなものが見えている。
「目で見て認識することさえできれば、妖に触れることもできるし武器のようなものを当てることもできる」
「なるほど。じゃあ捜査しているときは眼鏡をかけておくべきだな」
澤田は一度眼鏡を木箱の中にしまった。
「でもどうする。二人で当てもなく町中を探し回るって途方もないぞ」
「とりあえず人手を増やそう」
柊が、首から下げている黒い紐を引っ張って、服の下に隠れていたピンク色の勾玉を出した。
「出てこい、舞姫」
勾玉からたくさんの桜の花びらが飛び出した、かと思えば、それは桜色の着物をまとった長い髪の幼い少女に変化した。
「狩風と美珠の行方を追ってくれ」
少女は頷くと、たくさんの桜の花びらとなって飛んでいく。
「さっきの子は?」
「桜の精みたいなものだ。枯れそうになっていた若い桜の木にいたのを契約した」
「へえ。式神ってやつか」
「よく知ってるな」
「まあな。で、俺たちはどうする。あの子からの報告を待つのか」
「いや、出よう。美珠は霊力の強いものに寄っていく習性があってな。だから俺が近くを通れば寄ってくる可能性があるんだ」
「なるほど、お前をおとりにすればいいってことだな。じゃ、とりあえず昼飯がてら人の多い商店街にでも行ってみるか。もうすぐ二時だしな」
澤田は眼鏡の箱をスーツのポケットに入れて立ち上がった。




