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第十二話 マジヤバい

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26


 ハンカチや服といった日用品を買い込んでいるうちにすっかり日が暮れてしまった。体も空腹を訴え始めたのでそろそろ宿に帰ろう。


 と思っていたのだが、宿に近付くにつれて俺の足取りは重くなっていった。明らかに疲労困憊しているラダリアが扉の前で仁王立ちしていたからだ。

 しかし足を止めるわけにはいかない。できる限りゆっくり歩いたが、あまり時間も経たないうちに宿についてしまった。


 「ラダリア、今日は徹夜じゃなかったのか?」


 「ふはははははは! 何を言っている。聞いたぞヤバネ! 町中にモンスターが発生したそうじゃないか! そんな一大事を前に研究者として何もしないなどということはありえない! 私の全力をもって地図を完成させてきたぞ! ヤバネ! 君はその騒動の当事者だそうじゃないか! さあ洗いざらい話してもらうぞ! ふははははは!」


 「ヤバい……」


 俺は「ヤバい」という言葉が嫌いだ。この名前のせいで、十七年間の人生の中で幾度となくいじられた。だから極力「ヤバい」とは言わないようにしていたのだが、今のラダリアはヤバい。マジでヤバい。

 焦点の合っていない目は血走っていて、足元もおぼつかない。立っていることすらままならないようだ。


 「ラダリア、今日は寝ようぜ。話なら明日いくらでもするから」


 「いいや起きる。私は起きるぞ! 一刻でも早く事件の真相を突き止め、そして再発を防がなければならない! これ以上、誰……かが、傷付……くのは……」


 おっと危ない。やはりラダリアは無理をしていたのだ。いきなり前のめりに倒れたので抱きかかえると、穏やかな寝息が聞こえてきた。

 同じ宿に泊まっていてよかった。部屋も隣なのだから運ぶのにそう苦労しないだろう。もしやラダリアはこれを予期して俺を同じ宿に宿泊させたのだろうか。多分違うな。

 宿の主人からラダリアの部屋の鍵を貸してもらい、俺はベッドに彼女を寝かせた。そして自分の部屋に戻り、今日起こったことを頭の中で整理しておくことにした。明日ラダリアに質問攻めにされることは目に見えていたからだ。




 「起きろヤバネ! 起きて今日の出来事を話してくれ!」


 「……今何時だと思ってるんだ。いや、時計がないからわからないな」


 明日ではなく今日だった。目を覚ましたラダリアは深夜であるにも関わらずに俺の部屋のドアを叩いた。


 「場所を変えるぞ」


 他の宿泊客に迷惑にならないように、俺とラダリアは速やかに夜の街に繰り出したのだった。



27


 迷宮の三層。安全地帯と称されるモンスターが入り込んでこない一角に俺達はいた。


 「さあ話してくれ!」


 「わかったわかった」


 乞われるままに俺はラダリアに今日の一件を話した。

 モンスターが路地に発生したこと。

 それらは六層に生息しているということ。

 その路地を調べたが、特に何も見つからなかったこと。

 できる限り詳細に伝えたが、俺がそのモンスター達を倒したことは言わなかった。自慢話はしたくなかったからだ。


 「そうか……」


 そう言ったきり、ラダリアは考え込んでいる。情けないが、この件の解決は彼女頼りになるだろう。俺も『大地の瞳』でいろいろ見てみたが、決定的な証拠は見つけることはできなかった。

 俺はほとんど全ての物を見ることができる。だが「見る」ことと「理解する」ことは別だ。俺には知識がない。

 だがラダリアには、研究者として俺よりもはるかに深い知識がある。俺はその知識を活かすための助手だ。解決はラダリアに任せるが、そのための協力は惜しまない。この町にいる間は、俺はラダリアの助手なのだから。


 「どうだ、何かわかったか?」


 ラダリアは答えない。無言であごに手を当てながら考え込んでいる。

 しばらくその顔を見つめていると、彼女はいきなり立ち上がった。そして持っていた剣で壁を全力で殴り始めたのだ。


 「お、おいラダリア?」


 俺の声が届いていないのか、ラダリアは奇行を止めようとしない。やがて壁にひびが入り、拳ほどの大きさの破片が落ちると、ラダリアはそれを拾った。


 「ヤバネ、帰るぞ」


 「あ、ああ……」


 その迷宮の壁から落ちた石が何の役に立つのかは分からない。だが別にいいのだ。ラダリアがわかってさえいればそれでいい。

 帰り道の途中に何匹かのモンスターに遭遇したが、やはり俺が弓で倒した。しかしラダリアはモンスターには目もくれず、ただただ歩き続けていた。


 

28


 「ヤバネ、例の路地に案内してくれ」


 翌朝、ラダリアは真剣な顔で俺にそう言った。断る理由もない。早々に朝食を食べ、念のために武装してあの路地へ向かった。


 「お、何だあれ」


 「あれは、騎士か……?」


 路地の前にはルークを含めた数人の男が立っていた。


 「おいルーク、何やってるんだ?」


 「おや、ヤバネにラダリアじゃないか。僕たち騎士は今日からここの見張り役だよ」


 「そうか……。ルーク、恋人の友人の頼みだ。そこをどいてくれ」


 今までの彼女とは思えないような冷たい声でラダリアはそう言った。しかしルークもひるまない。


 「それはできないよ。仮にリーンの頼みだったとしても、ね」


 「……そうか。いや、そうだろうな」


 そしてラダリアは踵を返しその場を去った。


 「ヤバネ、モンスター発生の件はビリンの町が総力を上げて解決してみせる。それをラダリアにも伝えておいてくれないかい?」


 俺は答えずにラダリアを追った。この町にも役所のようなものがあるのかもしれないが、それには期待できない。探索者ギルドのありさまを見た俺にとっては当然の思いだ。


 



 「ラダリア、あの路地で何をするつもりだったんだ?」


 「特別なことはない。あそこの地面から砂、あるいは石を採りたかっただけだ」


 「い、石か」


 「ああ。しかし一探索者にすぎない私が町を揺るがす異変の調査をする権限など与えられるはずもない。ルークたちからの吉報をおとなしく待つしかなさそうだ」


 「ラダリア、その、石はあるぞ」


 「は?」


 「その、な。なんとなく昨日拾ったんだ」


 「……君は、最高の助手だな!」


 


 

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