第十一話 調査
あけましておめでとうございます。年が明けても特に何か変わることはないですが、今年もお付き合いいただけたら幸いです。
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返り血で服が汚れた俺を見かねた町の人が、井戸の水を使ってもいいと言ってくれた。そういうわけで俺は今服と盾を洗っている最中である。石鹸も貸してくれたこの人には感謝してもしきれない。
しかし服を手洗いするなんて初めてだ。石鹸で洗ってもいいものなのだろうか。というか血は石鹸で落ちるのか?
「はあ、はあ……。やっと見つけたよ」
上裸で服を洗っていた俺に、走ってここまでやって来たルークが声をかけた。息も絶え絶えといった様子だが、起こったことの危険性を考えれば彼がここまで焦るのは当然かもしれない。
「どうせ、路地に出た猿みたいなやつの話だろ? ていうかよく俺があの場にいたってわかったな」
「黒髪で長身。それなりの大きさの盾を持っていてここらでは見ない男、なんて君しか思い当たらないよ」
「なるほど。で、何の用だ? もしかしてあの猿って殺しちゃいけなかったのか? 実はあれでも人間でした、みたいな」
「いいや違う。あれはモンスターだ。イビルモンキー、主に六層に生息しているんだ」
ルーク、自分が何を言っているのかわかっているのか?
「冗談はやめてくれよ。モンスターは迷宮でしか生きられないってラダリアが言ってたぞ。俺はいつの間にか迷宮に迷い込んでいたのか?」
「……その通り、常識では考えられないことだよ。モンスターが迷宮から出たことは今まで一度もなかったし、まして発生するなんてなおさらだ」
「そうなのか」
「そうなんだよ。とにかく今は一つでも多く情報が欲しい。だからヤバネ、君があの場所で見た全てを話してくれないか」
「悪いなルーク。俺も大したことは話せそうにない。本当に唐突なことだったんだ」
ルークが焦っていることは表情からわかる。しかし俺も言えることは本当に何もないのだ。
「あの路地を詳しく調べた方がいいんじゃないか?」
当然こんな平凡なアドバイスしかできない。俺は再び洗濯に戻ったが、ルークはこの場に残った。
「手伝うよ」
どうして、とは聞かない。ルークは以前「事情がある」と言っていた。俺から離れようとしないのもその事情のせいだろう。
「じゃあ盾を支えておいてくれよ。あ、手袋はしたままでな」
「了解。……うわあ!?」
「……いきなりどうした」
ルークは突然盾から手を話した。自分から手伝うと言っておいてまさか盾を投げ捨てるとは……。
「ヤバネ、この盾はまさか神器かい?」
「ああ、そうだけど」
ルークはため息をついて
「ヤバネ、神器というのは持ち主以外が持とうとすると急激に重くなるという特性があるんだよ」
「本当に……?」
「知らなかったのかい?」
知らなかった。今まで数多くの神器を使ってきたのに知らなかった。
だがそう言われてみると確かに、神器の重さが変わっているとしか思えないような出来事は何度かあった。そうかあ、そういうことだったのかあ……。
「じゃあこれは知ってるかな? もし神器の持ち主が死んだら、その神器は誰のものでもなくなる」
「誰でも使えるようになるのか?」
「いいや、最初にその神器を使った者が使う権利を与えられるよ」
『虚構の鏡』が持てないほどに重かったのもそれが理由だろう。持ち主が死んでから最初に使った者、つまりあれは今バーバラに所有権があるらしい。
「じゃあ神器が欲しいならその持ち主を殺すしかないんだな」
「それがね、もう一つ方法があるのさ」
「へえ」
「それはズバリ、現在の持ち主から新しい持ち主であることを認められることだよ」
いいことを聞いたと思ったが、俺は魔法や神器について知らないことが多すぎるのではないだろうか。
今までは俺をカーケル大陸に連れてきた神を親切だと思っていたが、俺の知らない情報を常識としていくつも出されるとこう、何と言うか釈然としない気持ちになる。これからは情報に対してもっと貪欲になった方がいいのかもしれない。
「話は変わるけど、お前宝石を買い取ってくれる店とか知らない?」
そういうわけで、俺は早速情報に貪欲になるのだった。というかルーク、お前結局手伝わなかったな。
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「いやすごい。これはすごいぞ」
代えの服に着替えた俺は、ルークに教えてもらった宝石商に向かった。
一気に売ってしまうと価格が暴落しそうなので、今回売ったのは五個。それで何と価格は二十万ユピト!バーバラへの借金を十回返せるほどの大金だ。俺が硬貨をいじりながら思わず感嘆の声を漏らしてしまったのも無理もないことだと思う。
次バーバラに手紙を送るときに合わせてお金を返すことにしよう、と考えながら俺は例の路地に到着した。ラダリアに報告する時のために少しでも情報を集めておきたかったからだ。
猿、いやイビルモンキーの死体はもうなかったが、血は地面や壁についたままだった。その臭いに顔をしかめつつ奥へ進み、ある地点で俺は止まった。
「何もないな……」
『大地の瞳』で見た限りは、イビルモンキーはまさしくこの場所にいきなり現れた。あのミノタウロスと同じように発生したのだろうか。そう断定できるだけの知識は俺にないので、とりあえずこの辺を調べることにする。
何も見つけられないまま数十分(多分)、石ころを一つ拾って『収納』した。
そして俺は立ち上がり、『大空の盾』を取り出して空中に固定させさらに『自由の弓』と矢を手に持った。
「用心深いのね」
目の能力で、リーンが隠れて俺の様子をうかがっているのがわかったからだ。
「ええっと、リーンさん、か? どうしたんだよ。ルークならさっき東の方で会ったぞ」
「リーンでいいわ。私はダリーと同い年なの」
「嘘だろ……」
とてもそうは見えない。リーンの顔つきや所作、雰囲気全体が大人びている。ラダリアどころか俺より年上だと思っていた。ラダリアの名誉のために言っておくが、決してラダリアが子どもっぽいというわけではない。あいつも十五歳らしくない話し方をしてるし。
そこで気付いた。ということはリーンはわずか十五歳で、しかも女なのビリン有数の実力者になったのか。やっぱり怖いな、こいつ。
「ここにモンスターが出たと聞いて野次馬根性で来たのよ。イビルモンキーはあなたが撃退したそうね。すごいじゃない」
「どうもありがとう」
「それで、何かわかった? 見たところ調査をしているようだけど」
「いいや、何もないってことしかわからなかった。というわけでもう帰るからそこどいてくれ」
「そんなに怖い顔しないでほしいわ。武装までされたら悲しいわね。私はもう少しお話したいのだけれど、もしかして私を警戒する理由でもあるのかしら?」
「お前みたいな強い奴と一対一で、しかも逃げ場のない場所で会うなんて怖すぎるからな」
「ふふっ。ここは大通りのすぐそばよ? いくらなんでも人目に付き過ぎるわ」
「つまり人目につかない所なら何かするかもしれないと?」
「……冗談よ。その様子じゃあ楽しい話はできなさそうね。引き止めてごめんなさい。ラダリアによろしく言っておいてちょうだい」
リーンはそう言うと右側に寄った。どうやら通してくれるらしい。はあ……、緊張した。
最大限の警戒をしながら注意深くリーンの横を通り過ぎる。路地から出かかった時、気になったことがあったので振り返った。
「『よろしく言って』って、お前はラダリアに直接言えばいいじゃないか。友達なんだろ?」
その言葉を受けたリーンはしばらく目を伏せ、顔を上げると
「そうね」
と寂しそうに笑って言った。




