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第三話 神器に目がない少女



 「お、やっと起きたね」


 俺は柔らかい何かに包まれている感覚の中で目を覚ました。明るい色の天井が視界に飛び込んでくる。枕元には胸当てと手袋が置かれていた。声の主を探して上半身を起こすと、ルークがベッドの横の椅子に腰かけていた。


 「ここは……?」


 「仮眠室だよ。さすがにあのまま地面に寝かせておくわけにもいかなかったからね」


 「そうか……。ええと、ありがとう」


 「どういたしまして」


 ルークはそう言ってほほ笑むと、興奮しているのか一気にまくし立ててきた。


 「いやあ、それにしても君はすごいね。僕もあんなに長い時間戦ったのは初めてだよ。しかも君は歩いてこの町に来たばかりだったそうじゃないか。もし君が万全の状態だったら僕も危なかったかもしれないね」


 「それはどうも」


 褒められてもあまり嬉しくない。なぜなら俺はただ必死に逃げ回っていただけだからだ。客観的に見ればさぞ無様だったことだろう。

 

 「それに君の身のこなしは明らかに素人なのに、狙う場所はやたらと的確だったよね。君、誰かに痛めつけられたことあるでしょ。しかも日常的に」

 

 「いやいや、どこ殴られたら痛いかなんてなんとなくわかるだろ」


 「あれ、ハズレ? 絶対そうだと思ったんだけど」


 さすがに深読みのしすぎだろう。俺は喧嘩の経験は少ないが、痛い思いをしたことは少なくない。例えば小指をドアにぶつけたことも一回や二回ではないのだ。 


 ちょうど会話が途切れた時、休憩室の扉が外から叩かれた。


 「おっとようやくご到着か。実はね、君に用があったのは僕じゃなくて今扉の外にいる彼女の方なんだ。決闘なんかしたのも君を引きとめておくためだったんだよ」


 彼女? この町には女どころか男の知り合いもいないはずだが。


 「へえ、てっきり戦いに目がないだけだと思ってた」


 「うん、それもあったけどね」


 あったのか。

 俺が少し引き気味になったところで、再び扉が叩かれた。


 「さて、待たせるのもよくないから僕はここで失礼するよ。ヤバネ、だよね? 何かあったら僕を頼るといい。今日の決闘のお礼にきっと助けになるよ」


 ルークは俺に背を向けて歩き、扉を開けた。


 入れ違いに入って来たのは少女だった。背筋を伸ばして大股で歩いてきたので、あっという間にベッドの前まで来た。顔を見る限りでは年下のようだが、背はそこそこ高い。服の上からなので正確なことは言えないが、体は引き締まっている。鍛えているのだろうか。

 そして何より、俺はその顔に見覚えがあったのだ。


 「あ、確か町でぶつかった」


 「おお、覚えてくれていたのか。そう、騎士に頼んで君を引きとめさせたのは私だ」


 俺の記憶に間違いはなかったらしく、目の前にいるのは俺がヤンキーに絡まれる前にぶつかった少女だった。

 俺が決闘することになった大本の経緯はわかったが、しかし理由がわからない。


 「で、何でそんなことをしたんだ?」


 俺の率直な疑問に彼女は得意げな笑みで答えた。


 「それはもちろん君に興味があるからだ! というわけで君の話を聞きたいんだが、ここでは少し味気ない。いい店を知っているんだ。ご馳走するから着いて来てくれないか?」


 特に断る理由もないので、俺はこの少女と共に出かけることにした。今金に困っているわけではないが、俺は他人の金で飲み食いするのが大好きなのだ。




 「ここの料理はどれも絶品だぞ」


 メニューを俺に見せ、少女は笑いながら言った。俺は同じものを頼むとだけ伝えて店内を見渡した。

 連れてこられたのは暗い路地を進んだ先にある隠れ家のような店だった。店内には厚い壁で仕切られた個室がいくつもあり、一室一室が完全に隔離されているようだ。隣からは物音ひとつ聞こえない。


 「自己紹介がまだだったな。私はラダリア。迷宮の研究をしている」


 「俺はヤバネ。この町にはまだ来たばかりなんだ」


 見た目に似合わず研究職についているらしい。しかも迷宮のときた。来て早々素晴らしい情報源に会えたことに感動していたが、続くラダリアの言葉で気分を引きもどされた。


 「私が聞きたいこととは、つまり君のその目のことだ」


 「目? この目がどうかしたのか?」


 「とぼける必要はないぞ。これでも私は神器に詳しいんだ。君の目がただの目ではないことはもうわかっている」


 今までのことから、神器は珍しい物だということを俺は知っている。だから隠そうとしたが無駄だったようだ。まあ、別にもったいぶるようなことではない。もう何人かに話しちゃったし。

 

 「目の形をした神器など、私は見たことも聞いたこともない。ぜひそれを手に入れた経緯と、その能力について聞きたい。ここなら誰かに話を聞かれる心配もないしな」


 ラダリアの目を見る限りでは俺を逃がす気などさらさらないようだ。それでも俺が話す気でいるのは、彼女の質問が純粋な好奇心から来ているものだとわかったからだろう。


 「経緯は無理だけど、この目がどういうものかなら言うぞ」


 「おお! 本当か!?」


 「ただし」


 驚きと喜びで目を見開き前のめりになったラダリアを手で制し、俺は個室の扉に目を向けた。


 「料理を食べてから、な」


 そして、注文を取りに来た店員がノックをする音が響いた。


 「……ああ、それもそうだな」


 勢いをそがれたラダリアは納得したようにうなずき、入って来た店員にシチューとパンを二つずつ注文した。

 今ので『大地の瞳』の能力はばれてしまったかもしれないがどうでもいい。最近はパンをそのまま食べてばかりだった。久しぶりのまともな食事に思いをはせていると、腹から情けない音が聞こえてきた。




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