第十五話 平行線
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「『身体強化』」
万が一に備えて俺は魔法を使った。そんな俺を見て座っていた勇者が立ち上がる。目は俺をしっかりとらえているが、両手を脱力させた無防備な状態だ。それでも迂闊なことはできない。俺が攻撃の意思を見せれば、勇者はすぐに俺を殺すだろう。
向こうから攻撃を仕掛けてくる可能性も考えて、『大地の瞳』をフル稼働させておく。全方位から勇者の動向を凝視すれば、いくら勇者が強いといってもさすがに対応できるはずだ。
「なあ、勇者」
とは言っても、真っ向から挑みかかる気はない。戦うのはあくまで最終手段だ。なんとか勇者を説得するべく、俺はできる限り友好的に話しかけた。
「お前は知らないかもしれないけどな、この森に住んでいる奴らは人間と同盟を結んでいるんだ」
勇者は意外にもおとなしく話を聞いている。俺程度ならいつでも殺せるという余裕があるからだろう。
「しかも、その同盟にはお互いに殺しちゃいけないっていう条文があるんだよ」
キクルが謁見の間に静かに入って来たが、俺は構わずに話を続ける。
「だからお前がやったことは非常にまずい。まずいんだけど、森の王はお前を許してくれるそうだ。お前がどうしてこの森に来たのかは知らないけど、王様はお前の目的に協力してくれるらしいぞ」
森の王が驚いたような顔で俺を見るが気にしない。勇者が暴れたら困るのはこいつなんだから、事態解決のために利用しても誰も損はしない。まさか森の王も協力を拒みはしないだろう。
「馬鹿だな、お前」
勇者はようやく口を開いたが、
「そんな嘘で俺を騙せるわけないだろ」
俺は、こいつがいかに話が通じない人間かということを思い知ることになる。
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「オークとゴブリンが人間と同盟? あり得ない。ゴブリンもオークも魔物だ。村を襲って、女をさらってすぐに増える悪以外の何者でもないだろ」
「……何で、そんな風に断言できるんだ」
「何でって……。逆に聞くけど、何でそうじゃないと思うんだ?」
勇者は話が通じないというよりは、すでに自分の中に強い固定観念があると言った方が正確かもしれない。
しかし、俺にはこいつの自信が何によるものなのかがさっぱりわからない。そういえば森の王は、勇者はこことは違う世界から来たと言っていた。ひょっとすると、勇者が元いた世界ではゴブリンとオークは魔物として扱われていたのだろうか。
「じゃあ、エルフはどうなんだ。オークとゴブリンに味方してるエルフを、お前はどうして殺さない?」
どんな返答が来るか薄々わかっていながらも、俺はそう聞かずにはいられなかった。
「決まってるだろ。エルフはオークとゴブリンに仕方なく従っているだけだからだ」
「ちなみにその根拠は?」とは聞かなかった。どうせあいつの「常識」を押し付けられることになるだけだ。勇者のいた世界では、エルフは人間に友好的だったに違いない。
「あのな、確かにお前のいた世界ではそうだったかもしれないけど、ここではそうじゃないんだ。エルフもオークもゴブリンも、昔は人間の敵だった。でも初代の魔王を倒すために同盟を結んだんだ。二代目の魔王が現れた今、お前がするべきことはオークとゴブリンを殺すことじゃない。一刻も早く魔王を倒すことだ」
また黙った勇者に構わずに俺は続ける。
「だから頼む、この森から出て行ってくれ」
俺はそう言って頭を下げた。当然『大地の瞳』のおかげで周囲の様子はちゃんと分かっている。
「お前は、本当に馬鹿だな」
しかし勇者は、俺の頼みを嘲笑とともに一蹴した。
「俺が、奴隷を連れてるような男の言うことを聞くと思ったか?」
ああ、そういえばそんな話もあったな。やっぱりその誤解を解いておくべきだったのだろうかと思ったが、一度そう思い込まれてしまった以上、こいつを説得するのはやはり無理だっただろう。
「それにな、お前は俺の仲間を傷つけた。だから絶対に許さない。お前に解毒させて謝らせないと俺の気が済まない」
その件に関しては非常に申し訳ないと思っている。
「わかった。俺も謝りたいと思ってたところだ。おいキクル、まずは勇者の仲間に謝りに行くぞ。お前が作った毒なんだから、解毒できるよな?」
突然話を振られたキクルは驚きながらもうなずいた。
しかし、勇者はそれでは不満のようだ。
「謝る前に一発殴らせろ。それでもサーシャが味わってる苦しみには程遠いけどな」
「いや、それは断る」
「何?」
勇者が意表を突かれたような顔をしたが、当然のことだ。
「俺が毒を塗った矢を当てたことは間違いない。だが、お前に殴られる筋合いはない。その仲間が殴りたいと言うなら仕方ないけどな」
そう言っている最中、俺はあることに気付いた。
「いや待てよ。そもそも最初に仕掛けてきたのはお前らなんだから、先にお前らが殴られるべきじゃん」
「ふざけるな!!」
俺が言い終えていないうちに勇者は叫んだ。
「ゴブリンとオークは魔物だ!! 魔物を殺して何が悪い!!」
「いや、だから同盟があってだな」
「まだそんな見え透いた嘘を続けるのか!!」
嘘ではない……はずなのだが、こいつを見ていると不安になってくる。もしや俺は王たちに騙されているのではないだろうか。
「勇者よ、その男の言っていることは間違っていない」
「黙れ!!」
俺の視線を受けた森の王がそう言うと、激怒した勇者が王に斬りかかった。
王はとっさに避けたが、『聖剣』がわずかにかすったせいで前脚から血が流れている。
「ああそうか、そういうことか」
先ほどまでの激怒はどこへ行ったのやら、勇者は急に落ち着くと今度は俺に『聖剣』の切っ先を向けた。
「全部お前が仕組んだことだな」
「は?」
「勇者の俺を殺すために、この森を利用してるんだな」
「いやいや、ちょっと」
「大方魔王の部下あたりに転生したんだろ?」
いきなり話が遠くへ飛んでしまったが、混乱する俺をよそに勇者は得意げに話を進める。
「同盟の話は本当なんだろう。だからその同盟を利用して、人間の味方のエルフたちを盾にして、俺を殺そうとしたわけだ。俺に反撃をさせないために。でも残念ながらお前の企みは全てばれた。さっさと諦めろ。さもなければ俺も容赦はしない」
そう言うと勇者は『聖剣』を構えた。どうやら話は終わってしまったらしい。勇者は思い込みが激しい奴だとは思っていたが、ここまで重症だとは予想外だった。こいつは一体どんな世界から来たのだろうか。
さて、話を打ち切られてしまったのなら仕方がない。もう一度話し合いの席に戻ってもらうためには、勇者の俺に対する認識を改めてもらわなければならない。勇者が強気なのは俺が弱いという理由もあるだろう。
『聖剣』を正面に構えている勇者がゆっくり俺に近付いて来るのを見ながら、俺は両手の手袋を『収納』した。




