第十六話 対勇者
『』が多すぎる
40
「何だ、お前」
勇者はふと歩みを止めると、俺を馬鹿にするような声を出した。
「レベルがカンストしてるのに、ステータスが全然釣り合ってないじゃないか。一体どういうふうに戦えばこうなるんだ? まさか強いパーティーに寄生してたのか?」
「……?」
勇者の問いに答えなかった理由は二つ。俺が集中していたから、そして勇者の言っていることがよくわからなかったからだ。
一体勇者はどうやって俺の社会的地位を見たのだろうか。
「弱いことは知ってたけど、まさかここまでとは思わなかったぞ」
ここまでってどこまでだよ。そう喉まで出かかったがなんとかこらえた。もしかしたら俺の油断を誘うために適当なことを言っているだけかもしれない。
「よく俺に立ち向かおうと思ったな」
勇者は呆れを通り越してどこか感心するように俺にそう言ったが、
「まさか、何か切り札でもあるのか?」
その的を射た発言に、俺は勇者への評価を改めた。
「図星か、まあ当然だな。そうじゃなきゃお前が奴隷より前にいるはずがない」
相変わらず俺への評価がひどいが、言っていることは論理的だ。少し侮りすぎたかもしれない。
そして勇者が再び歩き出す気配が見えない。俺を警戒しているようだ。俺達の距離はあと五メートルといったところだろうか。行こうと思えば後数歩で届く距離だ。
「俺が近付かないとその切り札は使えないのか、だからおとなしく待ってたんだな」
勇者の言葉は無視し、俺は勇者に向かって一歩踏み出した。勇者は目を見開いたが、すぐに剣を上段に構える。先ほどよりは気を引き締めたらしいが、やはり根本的に俺を見下しているのは間違いない。俺に近付かれたくないなら剣ではなく魔法を使えばいいのに、どうして悠長に俺が剣の間合いに入るのを待っているのだろうか。前に見たときの『第三解放』とやらも使っていないようだ。
なんてことを考えている暇もなく、剣の間合いまであと一歩というところまで来た。今までにない緊張感が俺の体を襲っているが、それは勇者も同じだったらしい。
「足、震えてるぞ」
俺が嘲るような声を出すと、勇者の顔はわかりやすく真っ赤になった。すぐに踏み込んで『聖剣』を振り下ろしてくる。
勇者が踏み込んできた段階で、俺は両手を顔の前に出した。オークをほとんど抵抗なく切り裂いてしまう剣だ。このままでは俺も真っ二つにされてしまうだろう。
そして『聖剣』が俺の手に触れようとしている。『大地の瞳』の力を使って、俺はその光景を横から見ていた。勝負は一瞬。少しでもタイミングがずれれば即死だが、タイミングを合わせることに関して『大地の瞳』より優れた道具は存在しない。
『聖剣』が俺の手の平に少し食い込み、赤い血が少し滲んだ瞬間、俺は魔法を、カーケル大陸に来てから最もお世話になった魔法を使った。
「『収納』」
41
俺の作戦は問題なく成功したようだ。『聖剣』が消えた勇者の腕が振り下ろされるが、その腕は俺の目の前で空を切った。俺の手の平から血が出ていなければ、誰もここに剣があったとは思わないだろう。
「『止血』」
見る見るうちに俺の傷はふさがっていった。痛みは消えないが仕方がない。この魔法はあくまで止血のためのものなのだろう。
さて勇者といえば、俺から少し距離を取った後からずっと『聖剣』を握っていた手を眺めて茫然としている。先ほどまで勇者の体に満ちていた大量の魔力も今はまったく消えてしまったようだ。
「はは……」
なんと声をかけようかと悩んでいるうちに、勇者の方に変化があった。その顔には明らかな笑みが浮かんでいたのだ。
「あははははは!!」
ひとしきり笑った後、勇者は突然真顔に戻った。
「何かと思えば、切り札って『収納』かよ」
その声には、安堵とほんの少しの失望が込められてていたと思う。
勇者は興奮しているようで、かなりの早口でまくし立ててくる。
「確かに、お前の思った通り俺は『聖剣』がないと大して強くない。神器は同じ世界にあるものにしか効果を発揮できないからな」
俺は黙って勇者の話を聞いている。このまま勇者に喋らせれば有益な情報を聞けるかもしれない。もっとも、この男の話をどこまで信じていいかはわからないが。
「この状態の俺になら、お前でも勝てるかもしれないな。何せ今の俺はただの人間だ。いや、ただの人間よりも弱い。ステータスは低いし魔法もほとんど使えない」
勇者は一呼吸置いてまた話し出した。
「そんな俺が、『収納』で『聖剣』を奪われたときのことを考えていないとでも思ったのか?」
そう、俺はまさにそう思っていた。というかちゃんと考えていたのか、意外だ。やはり、相手を侮っていたのは俺も同じだったようだ。もっとも、俺が侮っていたのは勇者の人間性であって実力ではないのだが。
「『聖剣』がない俺でもな、『収納』は使える。お前も分かってるとは思うが、『収納』は取り出すまでがワンセットの魔法だ。だが、他人がすでに『収納』したものを取り出すことはできない」
それはそうだ。例えるなら、俺の家の鍵では勇者の家の鍵が開かないのと同じことだろうか。だからこそ俺はこの作戦を選んだのだ。
「だが俺は、勇者は違う」
勇者はそう言うと右手を前に突き出した。
「俺の魔法は、他の誰の魔法よりも優先される!」
次の瞬間、勇者の手には俺が『収納』したはずの『聖剣』が握られていた。
「これが俺のスキル、『勇者指令』だ!」
スキルという単語に首をかしげている俺をよそに、勇者の得意げな説明がまた始まった。
「このスキルのおかげで、俺の魔法を魔法で防御することはできない。当然、お前の『収納』も意味はない。残念だったな、お前は最初から負けてたんだよ!」
勇者はかなり嬉しそうだが、俺にはその理由がわからない。とはいえ『聖剣』が勇者の手にあるのは危険だ。
俺はまた『聖剣』を『収納』した。二回目以降は声を出す必要はない。
「え?」
勇者はまた右手を見ているが、今度はすぐに『聖剣』を取り出した。そして俺が『収納』する、勇者が取り出す、俺が……
「一回触ったら、あとはもう『収納』し放題だぞ? 取られたくないなら大事に『収納』しておけばいいじゃないか」
俺はそう言いながら勇者との距離をまた詰めていく。当然勇者が『聖剣』を取り出したら即座に『収納』することを忘れない。
「これで話を聞く気になってくれたか?」
俺は努めて優しく語りかけたのだが、勇者の様子がおかしい。顔色が悪すぎる。あんなに青白い顔の人間を見たのは久しぶりだ。
「嘘、嘘だ。こんなはずがない……」
「おい、大丈夫か?」
「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!」




