第二話 逃走せよ
3
「『暴風』!」
その叫び声とともにかなり強い風が吹き、俺は後ろに吹き飛ばされた。起き上がると敵は距離を詰めてきたので、俺は木々の間を縫うように走って逃げた。
「ま、待て! その人間は―――」
「逃げられると思うなよ!! 『身体強化』!」
ゴブリンと呼ばれた男が誤解を解くために叫ぶが、その声は耳に入らなかったらしい。魔法を発動して俺を後ろから追いかけるようだ。確かに血だらけの仲間(?)のそばに誰かがいたなら、そいつの仕業だと勘違いをしてもおかしくないかもしれない。
目の能力を使い、逃げながら俺はその大柄の敵を観察する。肌は緑色で背は二メートルくらいだろうか。顔は豚に似ているが二足歩行で、腰には布を巻いている。手に持った棍棒は木製で、殴られればひとたまりもないだろう。ジャイアントより背は低いが、その代わりに体が全体的に太い。
俺一人では手に余る相手だが、あの緑色の小さいやつをゴブリンだと言っていたから、こいつはオークかエルフのどちらかだ。だったら俺がゴブリンを傷つけたという誤解が解ければ攻撃される理由がなくなるので、それまで逃げればいいだけの話である。
「『身体強化』」
俺も魔法を使って全力で森から逃げることにした。もし誤解が解けるのに時間がかかっても、遠くへ逃げてしまえば問題はない。『大空の盾』もあることだし、あいつ一匹くらいなら簡単に逃げ切れそうだ。
そう思っていた矢先、後ろから高い音、笛を吹いたような音が鳴り響いた。後ろを確認すると、ちょうど笛を口から離すところだった。あんなに大きい音ならこの森中に聞こえたかもしれない。
……あれ、なんだか猛烈に嫌な予感がするぞ?
4
嫌な予感は見事に的中した。あの笛はやはり応援を呼ぶためのものだったらしく、俺を追いかける奴らは着々と増えている。
四方八方から飛んでくる魔法や矢を躱して森の出口を目指す。向こうに数の利がある以上、動きづらい森の中は俺を苦しめるものでしかない。魔法と矢の精度が低いのが救いだ。っていうかお前らは人間を傷つけてもいいのか? 同盟の規則に違反してるんじゃないのか?
なんてことを考えていると、とうとう森の出口に着いた。ここからは盾に乗って全速力で逃げよう。奴らには遠距離攻撃の手段があるから安全ではないが、今は何より速さを重視した方がいいと考えた。
俺が木の間を抜けて飛び出すと、視界が一気に開けて――――
「今だ、撃て!!」
横に並んだ十人くらいの人間らしき奴らがこちらに向かって木の棒を構えている光景が目に入った。
「誘導されてたのか!!」
盾を目の前に出現させて魔法を防ぎながら、悔しさのあまり俺は思わず叫んでしまった。俺はどうしてこうも迂闊なのだろう。目の力を使えばこいつらが待ち構えていることくらいわかったはずなのに!
……嘆いていても仕方がない。今はとにかくこいつらを振り切らないと!
「あの盾はどこから出てきたんだ!?」
「『収納』に決まっているだろう! 次は奴を囲むように撃て!」
中心に立つ背の高い男の指示で、今度は放たれた魔法が俺の横や後ろに回り込んできた。俺は出現させた盾を手に持ち、それを構えて正面に突進した。魔法とぶつかった衝撃が手に加わるが、大したことはないのでそのまま走り抜ける。他の魔法もお互いにぶつかり合って相殺されたようだ。それはつまりあの魔法の狙いはかなり正確だということだ。やはり油断はできない。
「馬鹿な、突破されただと!?」
「人間如きが! ええい、なりふり構うな! 絶え間なく魔法を撃ち続けろ!」
こいつらは俺がまだ無事なのが気に入らないようで、余裕が無くなった表情でひたすら俺に魔法を撃ちまくっている。今はなんとか避けているが、俺にも余裕はない。やはり空中に逃げるしかないだろう。
ほんの少しの隙を狙って俺はジャンプした。着地する前に足元に盾を出現させ、取っ手をつかんだ後に盾を急発進させた。慣性によって後ろに引っ張られるが、『身体強化』を使った俺は決して取っ手を放さなかった。
「我々エルフの誇りにかけて、絶対に逃がすな!」
先ほどから指示を出している男はかなり怒っている。せっかくのイケメンが台無しだが、俺だってここで捕まる、あるいは殺されるわけにはいかないのだ。そしてあの美形集団はエルフというらしい。ゴブリンとオークとのギャップが激しすぎると思うのは俺だけだろうか。
上から見ると、森から続々と追手が飛び出してくる。どうやらいまだに誤解は解けていないようだ。これは俺の予想なのだが、こいつらはもしかしたらあのゴブリンを放置しているのではないだろうか。あいつは俺に感謝していたようだし、保護されていたなら本当のことを伝えるはずだ。となると状況は一気に危機的になる。反撃をするわけにもいかないので、俺は少しでも地上のエルフから距離をとるために高い所に逃げることにした。そうすれば地上から来る魔法に余裕を持って対処できる。
俺の予想通り、魔法が届くまでかなり時間がかかるようになったので、そこからは回避するのが簡単だった。おかげで少しずつ距離を離せているので、もう安心だ。
そう思った俺をどうか責めないで欲しい。確かに、もしかしたら心のどこかで油断していたかもしれないが、油断していたとしても「それ」は絶対に予想できなかった。
俺の視界の端に何かが映った。俺がそちらを向くと、すさまじい衝撃を顔面に感じ、俺は盾から落下した。落ちていく俺は、空中に浮いている少女を見た。俺はあいつに突き落とされたらしい。このまま落ちたら即死は免れないので、俺は『収納』した盾を背中の下に出現させてなんとか事なきを得た。
安心する暇もなく、四方八方から魔法が襲いかかり、俺は全身に痛みを感じながら再び落下する。
痛みのあまりに薄れゆく意識の中で、俺は盾を再び背中の下に出現させ、盾の上に仰向けになった。
空中からあの少女が俺に向かっているのを見ながら俺は意識を手放した。




