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第二十八話 さらばタートよ

65


 戦いの二日後、犠牲者を弔う鎮魂の儀式が行われた。俺も当然出席し、亡くなった十六人に祈りをささげた。その時にあの門番の男と少し話をした。



 「殊勝な心がけだな」


 「あ、どうも。まあ、俺もあの場にいましたからね」


 「……もっと誇らしげな顔をしたらどうだ。あの戦いはお前抜きでの勝利はありえなかった。バーバラもよく働いたが、本来英雄だと呼ばれるべきはお前だぞ」


 周囲に聞こえないように少し声を落とした門番の男がそう言ったのを聞いて、俺の胸は締め付けられるように痛んだ。


 「止めてください。俺は褒められるようなことはしてません。あの十六人も俺のせいで死んだんです。俺があの魔物たちを撤退させれば、町がこんな目に遭うこともありませんでした」


 俺の言葉を聞いて、門番は笑った。その目にははっきりと侮蔑の色が浮かんでいた。


 「お前は思ったほど頭がよくないらしいな」


 「え?」


 突然馬鹿にされた俺はそう返すことしかできない。そんな俺に門番は続ける。


 「狂魔およそ百を含む魔物五百に対して、ほとんどが初心者の人間五百。まともにぶつかれば人間の負けだ。万全の状態で籠城できたのは、お前の情報があったからこそだ」


 俺が口をはさむ暇もなく門番は続ける。


 「大体、お前は人が死んだのは自分のせいだと言ったがな、あの場に集まった者は全員が戦うことを選んだ者だ。当然彼らは死ぬ覚悟もできていただろう。そして死んだ、それだけだ。それに、戦争の犠牲者が十六人という数字はまれにみる快勝と断言できる。お前が気にしていることはまったくの見当違いだ。むしろ我々の喜びに水を差しているだけということがわからないのか?」


 門番の話を聞いた俺は唖然とするしかなかった。めちゃくちゃな理屈だ。日本にいた俺には理解できない理屈だが、騎士の表情はいたって真剣で、本気で俺を罵っているということが伝わってくる。

 なんだか、気にするだけ無駄な気がしてきた。門番の言う通り、俺が気にしていることはきっと見当違いもはなはだしいものだったんだろう。


 「そうですか。じゃあ、気にしないことにします」


 「ああ、そうしろ。……話は変わるがお前、騎士になるつもりはないか? 我々はその目と弓の腕が欲しい」


 門番が唐突に俺を勧誘してきたが、ずっと抱いていた悩みが晴れた俺の答えは決まっている。



 「すみません、お断りします。俺はそろそろこの町を出ますから」


66


 「ええっ!? な、何で!?」


 「何でって言われても……。もうタートのことはよくわかったから、そろそろ新しい所に行きたいって思っただけだ」


 バーバラに俺がタートを離れることを伝えたら、バーバラはかつてないほどに動揺していた。


 「そ、そんな……。いきなりすぎるよ!」


 「悪い。ついさっき決めたからな」


 「ついさっき!?」


 あの戦いの後の五日間、俺はタートを巡っていて気付いたことがある。それはこの町は観光に向いていないということだ。町並みは確かにきれいだが、それを望める高い場所がない。そのほかには名所と呼べるようなものがなく、観光産業が発展していないのだ。とはいえ日本ではない所に来るのが初めてだった俺は十分楽しめたのだが、五日もあればこの町で見ていない場所、行っていない場所はなくなってしまった。というわけで次の場所を目指すことにした。図書館で本を読んだので、目的地はもう決まっている。


 「だ、駄目だよ! 駄目駄目、絶対駄目だから!」


 バーバラは俺の旅に断固反対らしい。正直意外だが、もう決めたことなので仕方がない。


 「ボクはヤバネと離れるのは嫌だよ! まだまだ一緒にやりたいことがあるんだもん!」


 「そう言うなよ。そのやりたいことはマリーとか新しい友達とかと一緒にやればいいだろ」


 俺の言葉を聞いて、バーバラは固まったかと思うと悲しそうな顔に変わった。俺は何かまずいことを言ったらしいが、バーバラが俺の言葉に何か返すということはなかった。


 「ヤバネは、ボクと一緒じゃなくても平気なの?」


 代わりにバーバラはそう聞いてきた。なるほど、バーバラが悲しそうなのはそういうわけか。


 「まさか、寂しいに決まってるだろ」


 「じゃ、じゃあ!」


 バーバラには悪いが、一人旅は俺の夢だったのだ。何と言われようと止めるつもりはない。


 「でもな、それ以上に俺は旅をしたいんだ。この大陸のあちこちを回って、いろんなものを見たい、知りたい」


 日本にいた俺は、学校の行事以外で旅行というものをしたことがなかった。その旅行も、基本的には誰かに決められた日程で進められる自由度の低いものだった。仙台、京都、あの修学旅行で訪れた都市を一人で自由に旅できたらどんなに幸せだろう。高校を卒業したら時間を見つけて一人旅に行こう。俺はそう決めていた。

 だけど俺は死んだ、らしい。実感はいまだに湧かないが、このカーケル大陸にいる以上それは間違いないだろう。日本での旅がもう二度とできないなら、ここで旅をするしかない。


 「お前が友達を欲しがるのと同じくらい、俺は旅をしたいんだ」


 「じゃ、じゃあボクも……」


 「家族とマリーを置いていくのか?」


 バーバラがここまで言うとは予想していなかったが、俺と違ってバーバラには帰るべき家があって、温かく彼女を迎える家族がいる。マリーやその兄、英雄になったことで新しくできた友人もいる。いきなり一人旅をするわけにはいかないだろう。

 

 「なあバーバラ、別にもう二度とお前と会わないと言ってるわけじゃないんだ。またいつか絶対にここに来るし、お前と友達じゃなくなるわけじゃない。あ、そうだ。手紙、手紙を書くぞ。だからそんな顔しないでくれよ」


 俺は許しを乞うようにそう言った。




 バーバラはしばらく黙ってうつむいていたが、やがて顔を上げて言った。


 「手紙、約束だよ? 忘れたら怒るからね?」


 どうやらお許しが出たようだ。一安心しつつ、俺はバーバラに答える。


 「わかった、絶対に忘れない。約束する」


 


 「ところで、いつ出発するの?」


 「ああ、明日だ」


 「……ごめん、もう一回言ってくれる?」


 「出発は明日の予定だ」


 「……ヤバネの馬鹿ーーーー!!!」



67 


 早朝、深い霧が出ている平原を俺は歩いている。上着を一枚しか着ていないせいでかなり肌寒いが、きっとすぐに温かくなるだろう。

 振り返ると霧に包まれた高い壁が遠くに見える。あれはタートを守る外壁で、魔物によって撃ちこまれた土の塊はめり込んだままだ。騎士に聞いたところ、しばらくはあのままで放置するらしい。

 門には人が殺到している。二万ユピトの義務がなくなったおかげか各地から商人が訪れ、物資や食糧を大量に売りさばいているようで、今が稼ぎ時だと一人の商人が言っていた。あの調子だと町は商人と商品であふれかえり、供給過多によって物価が暴落しそうなものだが俺にはもう関係ない。


 目指すは北東にある大きな樹海。その中心にある美しい泉を目指して、俺は歩いている。

 



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