第七話 タートという町
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門の前で矢を作りながら待っていると、バーバラが戻ってきた。手には皮の袋を握っている。
「ヤバネ、お待たせ! はい、じゃあこれは報酬の半分の一万五千ユピトだよ!」
「おお、ありがとう」
革袋の中身が報酬だったようだ。俺は袋から出された金色と銀色の硬貨をありがたく受け取った。
……俺の金をバーバラに取りに行かせたことに罪悪感を覚えたので、次からは苦手な人込みを我慢して自分で報酬を貰いに行こう。
「すまんバーバラ、お前に借りたお金を返すのはずいぶん後になりそうだ」
「え? 別に返さなくてもいいんだよ?」
「いや、返さないと俺の気が済まないから」
バーバラはずいぶんと気前がいいことを言ってくれるが、お金を借りっぱなしというのは気分が悪い。 まあ、この町に滞在する目的が一つ増えただけだ。ウルフ十二匹で一万五千だから、生活費を含めてあと三回くらい退治すれば問題ないだろう。
「ねえ、ヤバネはこれからどうするの?」
「とりあえず今からこの町を散策して、いろいろ見て回ろうと思ってる」
「……そっか。できれば案内したかったんだけど、ボクはこれから家に帰らないといけないんだ」
「そうか」
すると、バーバラがうつむいた。手を後ろで組み、何やらもぞもぞと動かしている。どうやら何か俺に言いたいことがあるようだ。
「ね、ねえヤバネ! もしよければ、その、明日もボクの依頼を手伝ってくれない?」
何かと思えば、バーバラの口から出てきた言葉は俺にとって歓迎すべき言葉だった。当然、断る理由などない。
「ああ、いいぞ。俺からお願いしたいくらいだ」
「ほ! ホントにいいの!?」
「それは俺の台詞だぞ。というか本当にいいのか? 俺がいたら報酬が半分になるんだろう?」
「ううん、そんなことはどうでもいいよ! ボクはヤバネと一緒に依頼を受けたいんだ!」
どうやら俺はバーバラに気に入られているらしい。理由がさっぱり思い当たらないが、まあ嫌われているよりはいいだろう。
いまさらだが、冒険者じゃない俺が依頼に同行しても問題はないのか? 俺は疑問に思ったが、バーバラが何も言わないということは特に問題がないということだ。きっと。
「じゃあ、ヤバネ! また明日! あ、そうだ。ヤバネ、最近タートは物騒な事件が多いから、気をつけてね!」
そう言って駆け出したバーバラを見送り、俺は一人になった。まずはこの空腹を満たさなければならない。食事ができるところは近くにあるだろうか。飯を食べたら、とりあえず町の中心部を目指そう。町を一人で散策するという初めての経験を前に、俺の胸はこれ以上ないほどに高鳴っていた。
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俺は整備された石畳の道を、門番から貰ったパンをかじりながら歩いていた。バーバラと別れた後、ギルドの近くの店に入ろうと思ったのだが、どの店も混雑していた。町を少しでも回るために並ぶ時間が惜しかったので、行儀は悪いが食べながら歩くことにした。
それにしても、このパンは硬すぎやしないだろうか。噛むたびにゴリゴリと音がするし、うっかりしていると口の中に刺さりそうだ。
さて、白い石でできた家が並び立つ明るい町並みは、俺の心を奪うのに十分な美しさだった。この町を上から見てみたいが、見渡せそうな高い建物は見当たらない。なら『大地の瞳』を使うしかないだろう。人通りの多い所で立ち止まるわけにはいかないので、俺は近くの人気のない路地に入った。
路地に入って、しばらくタートを上から見た視界を楽しんでいたら、誰かがこちらを見ているのに気付いた。
肩に届くくらい髪が長い少女だ。ずいぶんと若い、というか幼いが、その瞳は強くこちらを睨んでいるし、右手には大きな刃物が握られている。
俺は後ろを振り返るが、誰もいない。どうやら俺に用があるらしいが、あの少女とは会ったことがないし、初対面の人間にあんなに強く睨まれる心当たりも俺にはない。
すると、突然少女が刃物を構えて走り出した。細い路地だから避けてもあまり意味がないので、俺は彼女の前に盾を出現させた。
「え? きゃあ!?」
少女は盾に正面衝突し、重い音が響いた。その衝撃で尻もちをついて刃物を落とした少女に向かって、今度は俺が走りだす。当然盾は既に『収納』してあるから、あっという間に少女の前にたどり着く。俺は少女が落とした刃物を遠くに蹴り飛ばした。これで安全だと思っていたが、少女が立ち上がろうとするのを見て焦った。
完全に制圧するまで油断はできない!
俺は少女を突き飛ばして倒し、左足で少女のみぞおちを踏みつけた。いたいけな少女に乱暴をするのは気が引けるが、身の安全には代えられない。
「ぐっ!? うう…… な、何で、私がいるってわかったのよ……!?」
痛みをこらえながら少女がそうつぶやいたが、答える義理などないので俺はその問いを無視する。
というかあれで隠れているつもりだったのか……。
少女の間抜けさに呆れるばかりだが、今はもっと重要なことがある。
「お前は誰だ? どうしてこんなことをした?」
当然、こいつが殺人未遂を働いた理由だ。まあ、ひょっとしたら傷害未遂かもしれないが。刃物がない今、抵抗しても無駄だということはわかるはずだ。ちょっと左足に込める力を強くすれば、すぐに観念して洗いざらい正直に話すだろう。
「『どうしてこんなことをした?』ですって?」
だが、少女の瞳は変わらず俺をにらみ続けていた。
「それはこっちの台詞よ、冒険者!!」
みぞおちを圧迫されていながらも大きな声で、
「何であんたらみたいな最低の人間が偉そうに町を歩いているのよ!」
俺より体の小さい少女とは思えないような気迫で、
「私のお父さんとお母さんを殺した冒険者なんて!」
泣きながら、憎悪のすべてをぶつけるように叫んだ言葉は、
「あんたたち冒険者なんて、みんな、みんな死んじゃえばいいのよ!」
……まったくの見当違いだった。
「俺、冒険者じゃないぞ」
「…………は?」