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魔法




 巫女の隣にいた男がこれから魔法の使い方を教えてくれるらしい。昨日は書物を読んでとりあえずの概要は覚えたのだが、実際に魔法の類を使うことはできなかった。そのせいで焦りを覚えていたがそれはおそらくおれのやり方が良くなかったのだろう。仕方のないことだ。いきなり独学で成果を出せる訳もあるまい。


「さて、これから魔力の使い方を覚えていもらます。まずはこの魔法陣に魔力を注ぎ火を灯していただきます」


 そう言って男は幅十センチ程の魔法陣が刻まれた薄い金属版を取り出し、空中に小さな火を出して見せた。


「まず魔力の注ぎ方ですが、魔法陣に意識を集中すれば自然とできるはずです。ですがそのままだと何も起きません。この魔法陣には火を起こす、とだけ記されています。魔法を発動させるには、何を何処にどうしたいのか意識しなければいけません。魔法陣に火を起こすと書かれているので、何を、の部分はこれで補えます。なのでその火を何処に出してどうしたいのかを自分で思い描く必要があります。起こす火の大きさや発現する場所と自分の位置、出した火を飛ばしたり浮かべたりその速さや時間、そういった要素で発動に必要な魔力は変わります。まずは小さな火を浮かべてみてください。成功させるコツは起こしたい現象の正確なイメージと、疑わない事です。必ずできると心底思い込む事です。ではやってみて下さい。」


 さっそくやってみることにしよう。渡された金属版を手のひらに乗せ、魔法陣を上に向けてそこに意識を集中する。


 ライター程度の火が自分の前方に浮かんでいる様子を想像。時間は一分。

 唐突に体から魔力が消費される。始めての体験ではあるが今の感覚がきっとそうなのだろう。だが魔法が発現した様子はない。

 どういうことだ、と頭を捻っているとその頃になってようやくと言っていいのか、小さな火の玉が浮かび一分程で消えた。

 出ることは出た。先ほど見た時はすぐに発現したように見えたのだが。

 そこで男が口を開く。


「皆様、発動はできたようですな。魔力を消費してから発現が遅く感じられたことかと思います。初めはそんなものです」


 しかしなるほど。心構えがどうとかイメージがどうとかの前に魔法陣が必要であったようだ。読んだ本には魔法陣の事など書いてなかったのは、あまりにも前提的な話であった為か、もしくは選んだ本があまりにも不親切だったのだろう。

 周りを見回せば四人とも成功しているようだ。そうしていると目が合った幸平が話しかけてくる。


「ほんとに別世界に来ちゃったんだな~って実感するな、これは」


 手のひらに浮かべた火の玉を眺めながらそんな事を言う。そうだなこの光景を見ると、本当にあんな窮屈な世界から脱したんだと実感する。


「確かにな」

「しかし素晴らしいことです。未だ魔力のない方が出ていないようですな、もしかしたら異界の方々は才があるやもしれませんな」


 男はそう言って七割ほど終わった魔力検査の列に目を向ける。あの様子だと全員が魔力持ちである可能性もある。まさか大介の冗談が当たるとは。俺のそんな苦笑には構わず男は続ける。


「では、次は火の玉を飛ばしましょう。複雑に動かすよりは飛ばすだけの方が単純なだけ簡単にできます」


 今度は近くの壁に向かって火の玉を飛ばす。大きさは野球の球くらいか。


「ではやってみてください」


 それから十分程試行錯誤してみたがどうにもうまくいかない。飛ばすというだけで難易度が相当上がってしまった気がする。


「あっ、できた」

「なるほど、こうか」


 その声に反応してそちらを見ると幸平と葉月の操る火の玉が、頭上を右に左に上へ下へと飛び回っていた。あの二人はもはやただ飛ばすだけではなく、既にそんなことまでしている。


 コツでもあるのか聞いてみるか?


 教えを乞おうかと考えが浮かんだが、同時に自力だけで成功させるべきでは? との思いも浮かべる。だが、この程度で意地を張る事もないか、と素直に聞いてみることにする。


 幸平の下には既に、俺と同じことを考えたのか優姫と大介が教えを乞いに馳せ参じているので、俺は葉月に教えを乞うことにしよう。


「なあ、コツでもあったら教えてくれない?」

「む? 義人か。貴様はもう少し己だけで努力したらどうだ。昔からそうやってすぐに楽をしようとする。しばらく己だけでやってみろ。それでダメなら教えてやる」


 この女はいちいち正論を押し付けてきて喧しいやつだ。どうしてこんなにも俺だけに突きかかってくるのだろうか? どうせ兄に、俺の目付でもしてくれと頼まれてでもいるんだろうがな。違う世界に来てまでも律儀な奴だ。評価を稼ぐ対象の兄も、この世界にはいないというのに。


 「いやいや、大介と優姫も幸平に教えてもらってるじゃん。……まあそれはいいんだけど、教えてやるって事はコツの様なものはある訳ね。それを教えてくれよ。俺達はあとで生徒達に教えなきゃいけないだろ? だからあまり時間をかける訳にもいかないと思うけど?」


 そう言ってやると葉月は忌々しげに顔をしかめる。


「貴様は本当に口が達者だな」


 これで折れて教えてくれるだろううと、一息ついたその時に何やら二十人程の集団がこちらに近づいてくるのが目に映った。その中でも先頭のフードを被ったローブ姿の四人とその後ろの、豪奢な身なりをした身の丈2メートルは超えているであろう壮年の偉丈夫が一際目を引く。


「葉月、どうやら訓練どころではなくなったらしい」

「なに?」


 訝しげな顔をする葉月に、巫女と二、三言交わしてからこちらに向かってくる集団を顎で指し示す。多少動揺してみせた巫女だが会話のあとは何やら畏まって集団に合流している。


「あれは一体?」

「さあ? お偉いさんって事くらいしか分からんね」


 周囲の兵士達もなにやらざわめいているし、神官の男は壮年の偉丈夫を見て動揺している。おそらくあの偉丈夫が立場の高い人間なんだろうが、そんな者の前を歩く四人組も只者ではないのだろう。


 そしてその集団は息を飲んでいる幸平たちの前で足を止めると、先頭の四人組が口を開く。


「私はこの方に致します」

「自分も見つけました」

「あ~あたしはあっちの女かな」

「私も見つけけましたよ。私とは気が合そうな方です」


 唐突に何を言っているんだこいつらは。フードとローブでよく分からんが声で判断するに最後の奴が男で他は女だろうか。偉丈夫は顎髭を撫でながら頷き、四人組へ見た目に相応しい重く轟く声をかける。


「それは加護を授けていただけるという事でよろしいですかな」


「ええ、我々四人はそれぞれ使徒となりうる者を見つけました。この者らには加護と使命を授けます。貴方も協力をしてくれますね?」


「それが神命とあらば。ただ……あの件はお忘れなきよう」

「分かっています。使命の妨げにならない限り我々は関与しません」


 神命ね。あのフードは教会のお偉方か? 


 神官の男が偉丈夫の前で膝をついて畏まっている。なんだ? こっちは一体どんな立場だ?


「陛下、よろしいでしょうか?」


 今度は陛下、ね。この偉丈夫は国王か。おいおい国王よりあのフード偉いのかよ。


「良い、申せ」

「はっありがたく。こちらの方々はもしや」

「まさしく」


 王が神官の問いを遮った。


「で、あるが、姿を隠されている意味を考えよ」


 最後まで言わせず、何を問われるか分かっていたんなら言われる前に教えてやれ、と思うがこれが様式美なのだろう。ご苦労なことだ。

 幸平がひっそりと巫女に近づいていく。神官が口にした問いの意味を確認をしているのだろう。


「ではシルク王。我らはこれで」


 その言葉を残してフード共は去っていく。突然の事態にこの場にいる全ての人間は、その後ろ姿を見えなくなるまでただ見つめていた。


 例外は幸平に視線を向ける王と、ひっそりと訓練を続ける俺だけだった。

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