黒の魔王の狂歌・2っ!?
まずは、僕等のいる天空都市から、いくつかの飛行型マジックアイテムが飛び立つ。僕とアリス君、その他の魔族たちも、その光景を見送った。
地上にいる、ザーとかいう敵将めがけて、うちのゴブリンたちが一直線に向かっていく。魔大陸の常識的に考えれば、無謀の一言で終わってしまう行為だろう。
実際、アリス君も不安そうに僕を見る。
「キアス様、あれが例の実験部隊なのですか?」
「うん、頑張ってもらいたいよね」
「ええ……、そうですね」
軽く答える僕に、心配そうなアリス君が神妙に頷きつつ、戦場へ視線を戻す。
「見慣れぬ魔道具ですが、あれが専門技術を必要とする乗り物なのですか?」
「そうだよ。ただ、まだ作ったばっかだから、これからも改良していかなきゃいけないと思うけどね。だからこその実験なんだよ」
「とてもではありませんが、輸送が担えるものには見えないのですが……」
それはそうだろう。あの機体は、輸送から外れたコンセプトで設計されているのだから。しかも、僕のダンジョン創造能力ではなく、大部分を手作業で造っている代物だ。正直、そういう意味でも心配である。
まぁ、飛行実験そのものは既に終えているので、飛ぶ事は飛ぶだろうけど……。ああ見えて、結構革新的な技術を山程積んでいるので、できる事なら全機無事に戻ってきてほしい。できないのなら、戻ってこない分は徹底的に破壊する必要がある。憂鬱だ……。
「なんといいますか……、空飛ぶ煙突といった形状ですね」
「あはははは! たしかに! 見た目は空飛ぶ煙突だ!」
アリス君の評価は、なんとも的を射ている。今空を飛んでいるのは、銭湯の煙突が少々寸足らずになったかのようなシルエットの代物だ。ゴブリンが搭乗している風防付きのコックピット部分がなければ、本当に煙突そのものだったかもしれない。
ただ、言われてみるまでまったく気付かなかった僕は、その指摘に大爆笑する。そうか、アリス君にはアレが、煙突に見えるのか。
まるで特攻するような勢いで、一直線に飛んでいく空飛ぶ煙突たちを見送り、僕はアリス君の『望遠魔法』へと視線を移す。
「さて、どういう実験結果になるか……」
「心配ですね……」
パイロットの心配をしているのか、アリス君の言葉は深刻な重みを持っていた。ただ、きちんとレライエに言い含めたので、いざという時の備えはしているだろう。僕はそのあたり、ほとんど心配していない。
まぁ、上級魔法とかで即死とかされると、助けようもないだろうから、楽観するわけにもいかないだろうが。
「さぁ、そろそろ現地に実験部隊が着くな。アリス君、この『望遠』もう少しズームアウトできる?」
「はい、可能です。実験部隊の挙動も確認できるように、少々離れますね」
「うん、よろしく」
アリス君が手をかざせば、半透明の画面に映っていたザーの大きさが、一気に豆粒大にまで小さくなる。その俯瞰された映像だと、やはり三つ目の部下たちは右往左往するばかりで、まったく頼りにならない。
「なんだって、三つ目の配下たちは、こんなに無能ばっかなんだよ……」
「まぁ、プワソン様は第十二魔王様ですから、キアス様が誕生なされるまでは、最も年若い魔王様でした。軍の人材が、そこまで揃っていないのも無理からぬ事かと」
「ああ、そういう事か」
魔大陸だと、若い魔王のところには人材は集まりにくいからなぁ。それは、今現在最も若い魔王であるところの僕も、常々痛感している。オールのところでダブついていた人員をリクルートしてきてからこっち、雇用できた一定以上の資質を持つ人材は、フォルネゥスただ一人なのである。それは、どれだけ僕の名が売れても、変わりはない。
それだけ、真大陸では新参の魔王の元に馳せ参じるのは、ハードルの高い事なのだろう。
まぁ、三つ目も三つ目で苦労してるんだなぁ、と同情しておく。ウチはそれでも、結構優秀な人材が集まりつつあるし、一定以下でいいなら人材はいない事もない。それに、アカディメイアで人材育成に注力しているわけだし。
ただ、それにしては三つ目のところには、なぜか竜が結構所属している。竜は魔王と同等とはいえないが、それでもすべての種が上級魔族と同等か、それ以上とみられている強大な幻獣だ。第八魔王軍の補給部隊を襲撃した際に目撃した、タラスクス種やムシュフシュ種が記憶に新しい。
多くの場合、竜は巨体であり肉体は頑強。魔法適性も高く、種によっては思いもよらない能力を有している場合も多い。ただ、大抵の場合は気性が荒く、魔族以上に脳筋の連中が多い。さらには気位も高く、他者に傅くのをよしとしない者も多いと聞く。
そんな気性だから、竜の配下にいるならまだしも、魔王の配下に多数の竜が所属しているというのは、とても珍しいのだ。圧倒的実力に屈服させられたか、あるいは対等な同盟関係を築いたか……。あの三つ目が、数多の竜を屈服させられる程に強力だとは思えないので、後者の可能性が高いか。
まぁ、龍と違って竜のオツムのできは魔族と大差ないので、結局おバカな事には変わりないだろう。
「お、きたきた♪」
画面のなかに、唐突に飛翔物が現れて、にわかに戦場が慌ただしくなるのがわかる。未確認飛行物体に、敵も味方も浮き足立つ。素早く態勢を立て直したのが、ザーたち敵勢だったのが情けない……。
○●○
「ザー将軍! 上空からなにかが飛来してきます!」
「な、なんだあれはッ!?」
「不明です! ですが、飛行している事から第十三魔王軍の何某かであるかと!」
俺の問いに、素早く答えを返してきた部下。俺と同じ意見のようで、警戒も露に空飛ぶ煙突へと注意を向けている。
まるで鍛冶工房や風呂屋のような煙突が空を飛んでいるという光景は、実に馬鹿げた代物だ。だがそれも、あの第十三魔王様がやった事となると、むしろ地味に感じてしまう自分がいる。まぁ、町一つ空に飛ばす魔王様を前提にすれば、煙突が数本飛んでいる程度はおとなしいと感じても仕方がないだろう。
しかし、だからこそあの第十三魔王様が、煙突を飛ばしてそれで終わりだとは、到底思えない。というか、それだと意味がわからない。
つまり、アレにはなにかしらの意味があり、今が戦闘中である事を思えば、それが戦闘行動であると予想する事は容易い。詳細についてはわからないが、警戒を強めておいて損はないだろう。
俺は最大限の警戒を、空飛ぶ煙突群へと向けた。とはいえ、周囲の敵兵から注意をそらすわけにもいかない。
まぁ、敵もそれどころではないようだがな……。
見れば、敵兵の多くもあの空飛ぶ煙突の登場に浮足立ち、右往左往している。こちらに対する攻勢が弱まった事は僥倖だが、空の敵と地上の敵、どちらが与し易いかといえば、地上の敵だった。
隊伍をなすように空を疾駆し、こちらへと突っ込んでくる煙突に向かい、俺は投石を行う。普通の魔族ならひと抱えはあろうかという大岩も、俺の巨体であれば片腕で投げられる。まっすぐに向かってくる岩も、単発ではさして脅威でもないのか、煙突群は散開してあっさりとかわす。
「チッ、やはり投石は悪手か……」
「対象がもう少し大きければ、話は変わるのでしょうが……」
忌々しげに吐き捨てた俺の言葉に、部下の一人が付け加える。
対空戦といっても、それは一概に語れないものである。翼人などの小柄な魔族には、投石はあまり効果が見込めない。的は小さく、敵の行動範囲はあまりにも広い。そこに速度まで加われば、投石のような点攻撃では対処できない。
対して、竜などの巨体を持つ相手であれば、空を飛んでいても投石にはそれなりに効果が見込める。巨体がゆえに、まともな回避行動は難しく、空中での質量攻撃は衝撃を地面に逃がせないという点から、それなりに効果の見込める攻撃となる。
まぁ、そういった存在は、往々にして防御力に秀でているのが難点ではあるが……。
だが、あの空飛ぶ煙突には、どうやらそれなりの機動力があり、単発の投石には効果が見込めないらしい。
俺の投石で散開していた煙突群は、再び隊列を組んで俺たちに向かってくる。さて、どうなるか……。
「総員警戒! 回避を優先だが、敵の出方次第で臨機応変に動け!」
情けない事だが、その程度の指示しかできない。どだい、初めて見る兵器に対応するには、臨機応変という無策の代名詞を多用する他ないのだ。
——————ッ!!
ある程度近付いた空飛ぶ煙突群が、一斉に火を噴く。大きな白煙が上空に発生し、次々と強い衝撃が地面を揺らす。数秒遅れて、思い出したかのように断続的な雷音が轟く。
地面にあった土を巻き上げ、黒い雨を降らし、さらには地面を揺らす原因が、俺にはわかった。なにせ、その原因の一つが、俺自身の体に当たったのだ。
唐突に体に伝播する衝撃。そして痛み。思わずたじろぐような威力だ。だが、土手っ腹という腹筋が守っている部分に着弾したおかげで、怪我らしい怪我はない。
俺の鋼の筋肉に弾き返され、力なく地面に落ちたもの——
——それは、金属の球体だった。
まさか、このようなただの金属塊が、あれ程までの威力を持っていようとは……。魔道具ごときで、上級魔族の拳を彷彿とさせるような一撃が、放てるとは思わなかった。
他にも無数の攻撃が、味方に向かって飛来したようだ。だが、そのほとんどは地面に落ちて、土砂を舞い上げる程度の効果しか発揮していない。どうやら、あまり正確な狙いはつけられないようだ。さらに、運が悪ければ直撃するが、だからといって致命傷になる程の威力はない。だがそれは、必ずしもそれは、攻撃の威力が低い事にはならない。俺たちは、第八魔王軍の中でも特攻に秀でた精鋭だ。当然、防御力は人後に落ちない。
だが、そんな俺たちでも、この金属塊の攻撃には強い衝撃を受けるのだ。並みの魔族であれば、致命傷になる事は明らかであり、上級魔族であろうともそれなりのダメージは免れない。
とはいえ、総評するなら、あの空飛ぶ煙突群は、俺たちにとっては然程脅威ではないという結論に至る。敵があの煙突だけであれば、対処は容易だと思われる。
衝撃から立ち直り、上空に視線を戻すも、そこに先程まであった煙突群はなかった。残滓のように、薄くなった白煙だけが漂っていた。
○●○
「うーん、やっぱり魔族ってのは大概だよね。大砲の弾が直撃しても、せいぜい片膝つくぐらいってどういう事だよ……」
チムニー・ライダーたちの一斉砲撃を画面越しに確認した僕は、呆れるようにこぼした。いや、これは言いたくもなるだろう。
火薬ではなく火魔法で発射したとはいえ、飛行の運動エネルギーと上空という位置エネルギーをそこに加味した砲撃は、なまじな近代戦車を凌ぐ威力があったはずだ。だというのに、敵将ザーやその部下の面々は、そんな砲弾の直撃も、肉体だけで受け止めたのだ。
まぁ、チムニー・ライダーは実は、キャノン・ライダーだったんだけど、アリス君の命名により、チムニー・ライダーと改名する事にする。煙も吐くしね。
原理は、僕の持っている銃とほとんど同じ、それを多少大掛かりにした原始的な大砲である。砲弾——というか砲丸を装填した砲身に、ゴブリンたちが乗り込んで空を飛び、敵の上空から砲撃し、煙幕に乗じて逃げる、ヒット&アウェイ攻撃を主とする部隊だ。
飛行用のマジックアイテムを自作するうえで、最初に作ってみた試作機であり、製造コストの面でかなり優秀なので、そのまま実用できないかと思って実験部隊で運用している。だが、どうやらパンチ力に欠けるようだ。
「まぁ、砲丸を発射する為の魔法は初級のものだし、砲丸そのものもなんの変哲もない鉄塊だ。威力にかけてても仕方がないか……。とはいえ、あれ以上に威力を上げようとすれば、大規模な改造が必要になるな。安直に火魔法の威力をあげればいいって話でもないし。そうなれば、原理からして別物の研究が必要だ。だが、それならいっそ、別のコンセプトでまったく違う機体を、一から組み立てた方が早い気がするな。なにより、チムニー・ライダーの利点だったコストの点が、完全に消えるのが痛い。かといって、砲撃が効かない以上は無用の長物になってしまうし、でもコストがかさむのもなぁ……」
実験結果を鑑み、僕は現状の問題点と改善案をならべる。とはいえ、改善案については後回しでもいい。問題なのは、実験結果があまり思わしい成果をあげられなかった点にある。攻撃部隊の攻撃力が低いというのは、実に面白くない実験結果である。
「それに、威力をあげるって一口に言っても、原始的な武器ならともかく、第一次大戦以降の前近代の兵器って、僕が再現するの難しいんだよなぁ……」
近代兵器など、いうまでもない。
当然、大砲に関してもそうだ。砲弾そのものの威力を上げたり、地表にぶつかって破裂するようにしたり、ぶつかる前に破裂するようにしたり、そういう改造をする為の知識がない。結局僕に作れるのは、刀剣類や原始的な銃砲くらいのものなのだ。
いや、試行錯誤して改善していく事は可能だろうけど、そういうのは時間も労力も必要だ。大砲の改良の為に、それだけの時間を捻出する事は、僕には無理だ。なにより、そこまでして作った代物であろうと、戦争において決定的な威力を発揮するとは言い切れないのである。
忘れてはいけない。ここは魔大陸なのだ。
「いえ、威力は既に十分かと……」
しかし傍らから、呟くように放たれた言葉に顔を上げれば、そこには慄くように表情を凍らせたアリス君がいた。
「そう? あまり効果があったようには見えないけど……」
「あれは、将軍を主とした精鋭部隊が相手であればこそです。しかも、どうも守りの固い種族を集めた、切り込み部隊の様子。あの一斉攻撃に耐えられる魔族は、そう多くはないでしょう。正直を申しまして、私も防御に注力しなければ、かなり危うい攻撃に思えます」
画面に映る地面の惨状を眺めつつ、言葉にする事で再確認するかのように言うアリス君。彼がそう言うなら、改良に時間と費用をかける必要はないか。魔族の研究員を育てられればいいのだが、専属のドライバーやパイロットの段階でまごついている現状では、高望みにも程があるだろう。
「まぁ、そうか。あまり威力に拘泥しても仕方がないよね……。チムニー・ライダー部隊は、所詮は牽制の為のものだし」
「あれで牽制ですかっ!? あ、いえ、そうですね……。たしかに、主力として考えると、いささか威力不足ですし、単発であるというのも欠点です……」
最初は驚いていたアリス君だが、大砲という目新しい兵器に対する驚愕が薄れれば、チムニー・ライダーたちに対してかなり冷静に考察している。
「敵に飛行を得意とする者や、魔法の達者な者がいれば、撃墜される危険も高いでしょう。攻撃そのものも、砲身の向きから予想されやすく、回避も難しくないですし、結界でも張られれば手も足も出ません。主力とするには、おっしゃられる通り力不足かと」
「うん、僕も同意見。まぁ、それでも少し、大砲の威力には期待してた部分はあるんだけどね。残念残念」
結局、チムニー・ライダーを効果的に使うには、釣瓶打ちにするか、牽制としてが最も効果的だという事だろう。まぁ、だからといってこれは、実験失敗ではない。チムニー・ライダーの攻撃に、ある程度の威力がある事が確認できただけで、今回の実験としては十分な成果である。
「さて、じゃあ次の実験だな……」
「まだ他にも実験部隊が……?」
「ああ、牽制だけで終わるわけがないだろう?」
「それはたしかに」
「そもそも、あの攻撃部隊を作った理由は、補給部隊とはいえそれを守る為の戦闘部隊は必要だからだ。それが、チムニー・ライダーだけじゃ、少々心もとないだろう?」
「はい、そうですね」
煙突ライダーたちが帰投し、次の実験部隊が飛び立っていく。さっきの煙突ライダーと比べて、こちらの形状は形容が難しい。
なんというか、球形のコックピットに二つのプロペラが生えた、異形のヘリコプターといった感じだ。それが何機か連なり、先程チムニー・ライダーたちが砲撃した敵将の元へと向かっていく。
さらにその後ろには、ずんぐりとしたシルエットで、航空機にあっては珍しい角ばったフォルムの機体が、数機のそのヘリもどきに守られるように飛んでいく。空気力学という概念に真っ向からケンカを売るようなシルエットの機体だが、これまでの飛行機とは違い、ちゃんと翼もある。
「さぁ、アリス君。あの二種類の機体にも、ふさわしい名前をつけたまえ! チムニー・ライダーみたいな、コミカルなネーミングを頼むよ!」
「えっ!? む、無理ですよ! どちらも異様な形状ですし、それを一言で形容する言葉なんて、そうそう見つかりません!」
「そう?」
「はい! と言いますか、チムニー・ライダーは私が命名したわけではありません! 私は単に、形状が煙突に似ていると言っただけで、命名したのはキアス様です」
そっか……。まぁ、たしかに砲身を飛ばしただけのチムニー・ライダーと違って、この二種類の飛行機は、イメージしやすい形をしていない。用途の為に外観がいじられているせいで、シルエットがシンプルじゃないのだ。
この点、チムニー・ライダーは大砲にまたがる形でコックピットを加え、空を飛ばしたくらいなので、その容姿はミサイルとタメを張れるくらいに機能美に優れていた。
今飛んでいった二機を無理やり形容するなら、ヘリもどきの方は傘が刺さったボールだし、ずんぐりした方は羽根つきのパイナップルだが、その言葉が十全にその姿を形容できたとは思えない。これを一言で表すのは、たしかに難しいだろう。
「一応便宜上つけているプロダクトネームはあるんだけど、正直安直すぎて好きじゃないんだよ」
ちなみに、チムニー・ライダーのプロダクトネームが、キャノン・ライダーだった。うん、安直である。とはいえ、チムニー・ライダーも同じくらい安直なのは否めないが、こちらは好きなので正式採用する。うん、やっぱり好みの問題だよね、こんなの。
「じゃあ、今は仮の名で失礼して、シールド・ボールとフレイム・シップの奮戦に期待しよう!」
「……確かに安直ですね……」