結局いつものレライエさんっ!?
地上に降り立ったパイモンは、真っ先にタラスクスへと向かう。
「ハァ!!」
掛け声とともに神鉄鞭を振りかざし、巨体の竜へと躍り掛かる。
「クソッ! 加勢が来やがった!」
それに反応し、地面の上なのにまるでデスロールのように転がり、パイモンの攻撃を躱すタラスクス。どうやら、見た目以上に機敏なようだ。
「おいおい! あの女一人に、四人でも攻めあぐねてるのに、手が足りなくなったらどうしようもないっすよ!!」
空飛ぶグザファンが泣き言を述べると、すぐさまムシュフシュが食ってかかる。
「ふざけんなッ!! 俺たち竜種が、たかが空飛ぶ蛇なんぞに遅れを取るかッ!!」
「実際、四人がかりでも、一発も当たってねーっす!!」
やはり、いくら地球の伝説では神の隋獣とまでいわれているムシュフシュであろうと、こっちの世界では竜種らしく激しい気性のようだ。口調がもう、ただのヤンキーである。
「うるせぇ!! 情けねぇ事言ってんじゃねぇ!! おい、蛇女! テメェも、ちょこまか逃げんじゃねー!! 真正面からぶつかってこそ強者だろうがッ!!」
「はて? そういえば、先程より煩い小虫がブンブン飛んでいると思っておりましたが、よもや蜥蜴の類でしたか。失礼、少々物思いに耽っていたもので、御挨拶が遅れました。妾は――――」
「――――お、おい、レライエッ!!」
――――と、唐突に空中で制止し、律儀にペコリと頭を下げるレライエ。だが、そこにムシュフシュがブレスを放つ。自分のかけた声に反応したレライエに対し、攻撃で応じるという外道なムシュフシュ。しかしそのブレスの威力は、流石は聖獣とでもいうべき強力なものだ。傍から見ているだけで、目を焼くような強い光のブレス。それが向かう先は、夕闇のような龍だ。
一際強烈な光と轟音。レライエに命中した光のブレスは、目も開けられない閃光と耳をつんざくような音を発生させる。微かに、グザファンが翼をはばたかせて、その光の渦中へと飛び込むのが見えた。
「クソッ!」
とりあえず、僕はパイモンに頼まれた事をやろう。イヤリングを取り出し、バルムへとつなぐ。
「バルム! 撤退だ!!」
『キ、キアス様!?』
「説明はナシだ!! すぐに動けッ!!」
『ハ、ハッ!』
バルムの返事を聞くや否や、僕はイヤリングを投げ捨てる。懐から二つ、イヤリングを取り出すと、両手で耳に当てる。
「アルル! ハイプ! 撤退だ!! 質問は許さん! すぐ取り掛かれ!」
『ハッ、ハイィィィィィィイイイ!!』
『りょ、了解しました!!』
これで一応、この戦場にいる幹部への連絡は終わりだ。目を瞑ったまま、光の弱まりを感じた僕は、ゆっくりと瞼を開く。
「レライエ……ッ」
いまだ光の収まらぬ爆心地を、腕を翳して盗み見る。しかしそこで、僕の目に飛び込んできたのは別の光だった。
「グザファンッ!?」
赤い。業火とでも呼ぶべき強力で巨大な火柱が、いまだ光の収まらぬ場所に立ち登る。今までの目を焼くような暴力的な光ではなく、赤く、強烈な熱波を伴う、炎の光。
「炎の魔法!? 地獄の釜番が、こっちでは炎の魔法使いか!」
本当に、魔族ってのはどいつもこいつも気軽に魔法を使いやがる。それも、グザファンの使っている魔法は、どう見ても上級レベルのものだ。いくら魔法適正者の多い魔族と言えど、上級レベルの魔法を使える者はそう多くない。この強力な魔法こそ、グザファンという種に炎の魔法適正があったとしても、このグザファン個人が優秀だという証左だろう。
「フルフル! アイツの炎に水ぶっかけて消してくれ!」
「ん。いーよ」
この切迫した状況がわかってんのかいないのか、軽い調子で請け負うフルフル。バカっぽい顔で炎を見るフルフルが、両手を翳す。そういえば、シルフってどこ行ったんだ?
「〝精霊の慈悲〟って、あれ?」
フルフルが精霊魔法を使おうとしたそのとき、空を染めていた赤が、宵闇に晴らされる。まるで、炎を物理的に引き裂くようにして、巨大な龍がその姿を現す。
「――――妾は、第十三魔王アムドゥスキアス様直属、勿体なくも軍総統の地位をいただいております、レライエと申します。以後、お見知りおきの程、よろしくお願いします」
まるで、何事もなかったかのように、再び頭を下げて挨拶をするレライエ。傷一つない鱗を見せつけるように、空中に屹立するレライエ。悠然と空に浮かぶレライエは、ムシュフシュ、グザファン、クヌムを傲岸に見下ろす。
ちなみにタラスクスとパイモンは、さっきから一騎打ちしている。あっちにも加勢が必要なはずだが、なーんか上から見てると、十分対等に戦えているように見えるんだよなぁ。龍も竜も、魔王に匹敵し得る強者なんだよね……? まぁ、真大陸の両者を例に出すまでもなく、個体差は勿論あるんだろうけど……。
「どうやら、第七魔王様直属だった敗残兵の方々とお見受けしますが、先程から妾のあいさつの最中にピカピカ光ったり、ぱちぱち火花を出したりと、少々礼儀知らずではございませんか? ああ、申し訳ございません。これが下賤なる蜥蜴の歓迎の風習というのであれば、それを蔑むつもりはありません。ええ、ええ。独自の風習というものは、歴史資料として残しておく価値があります。それがどれだけ野蛮であろうと、野卑であろうと、下劣で下品で低俗で低劣で愚劣で愚昧で無知蒙昧であろうと、それこそがあなた方の品性というのであれば、実によろしいのではないでしょうか?」
一見礼儀正しく、穏やかな声で、明らかに敵をおちょくるレライエだった……。
「なに言ってんのかわかんねーが、また俺たちの事をバカにしやがったなッ! この蛇女!!」
「ああ、申し訳ございません。妾、蜥蜴語わかんなーい」
「テメェ!!」
「そこの羽虫の方? あなたも蜥蜴なんぞとなれ合っていては、バカがうつりますよ?」
「……なんすか、この人……。チョーこえーんですけど……」
「もう我慢ならんッ!! この蛇女、とっとと地面に落として普通の蛇と見分けのつかんようにしてくれるッ!!」
グザファンが意気消沈し、逆にムシュフシュが激昂する。
「ああ、それと――――」
そこで、レライエが意味ありげにグザファンを見る。と――――
「グガッ!?」
「空にいるからと、他からの介入がないと思ったら、大間違いですよ?」
気付けば、グザファンの背後に、もう一人の翼人がいた。黒い翼に黒い髪。ボサボサの長髪を靡かせて、音もなくグザファンの背後に忍び寄ったその翼人は、手にしたナイフを堕天使へと突き立てている。
…………え、誰?