三羽のカラスっ!?
全身真っ黒の翼人は、グザファンの反撃を恐れてか、すぐさま身を翻す。一瞬遅れて、ナイフから滴る鮮血が、赤い軌跡を描く。
「お、おい、あれは誰だ?うちの軍に、あんなヤツいたか?」
僕も自軍の魔族を全員把握しているわけじゃないけど、翼人だけは把握していたつもりだ。飛行能力を持つ人材というのは、色々と使い勝手がいいのだ。しかしそもそも、あんな魔族は知らない。ナジャのようなハーピーでもなければ、敵のグザファンとも違う。翼と尻尾がある以外は、普通の人間と大差ない。
「んー、よく知らないの」
「むー。ました、ミュルの方、カワイイ」
「アレ、飛ぶヤツ。隠れて飛ぶヤツ」
あー……。ダメだ……。こっちに残ってるの、まともに会話が成り立たない。——って、ちょっと待て。そうだ。
僕は三人のうち二人、マルコとミュルを見て気付く。さっき話していた、もう一人の魔人だ。だとすれば、色々と合点がいく。翼と尻尾以外には、人間と大差のない容姿。そして何より、幼い外見に似合わない実力。
あのグザファンは、四人がかりでとはいえレライエと互角に戦える人材の一人だ。間違っても、容易に背後を取らせてくれるような、弱者ではない。そんな相手の背後に忍び寄り、気付かれずに一撃離脱を成功させている彼が、その容姿通りただの子供であるはずがない。
烏の濡れ羽色の翼を羽ばたかせ、風に嬲られるままに揺れる長髪をなびかせて、空を泳ぐ翼人の少年。長い髪が、まるで鳥の尾羽のようだ。
「――――グ……ッ。こりゃあ、いよいよもってヤベーんじゃないっすか?」
「う、うっせぇ!俺たちがここで踏ん張んなきゃ、他の連中が追い討ちかけられて、全滅しちまうだろうがッ!!」
左肩から血を滴らせたグザファンが、痛みで半泣きになりながらムシュフシュに言うも、それに答えるムシュフシュは、意固地になってレライエにメンチを切っている。
そうか。彼等は、敵の補給部隊が撤退する為の、殿軍だったのか。道理で、せっかくレライエと対等に戦っているというのに、援軍がこないわけだ。レライエが倒されれば、うちは頭を捥がれたも同然。烏合の衆と成り果てる。だというのに、そうしない理由は、彼等にそんな余裕がないからだ。
恐らく、敵軍の出せる最高戦力が、あの四人なのだろう。そして、その実力はたしかに真打たり得るものだった。なにせ、レライエに匹敵しているのだから。
「〝大地の欠片〟」
突如として、レライエの頭上に現れる岩塊。直径十二m程の巨大なそれは、生成と同時に自由落下し、レライエへに激突する。しかし、ビキビキという乾いた音が響いたかと思えば、その巨大な岩塊は真っ二つ割れ、地面へと落ちていく。勿論、レライエは無傷である。
「冗談にしてもタチが悪い……。ただでさえ魔法も当たらぬ高速飛行をする龍が、上級魔法を意にも介さぬ防御力を持っているなどとは……」
魔法を放ったクヌムが、やや疲れたような声で空にいるレライエへ文句を言う。
「どうやら知らぬようなので、お教えして差し上げましょう。妾は、彼の第四魔王にして三大魔王、オール・ザハブ・フリソスが第一子、レライエでございます。キアス様の配下となろうと、その事は微塵も変わるものではございません。母上程ではありませぬが、妾の鱗がただの魔法で傷付けられるような、軟なものだとは思わないでくださいまし」
悠然と言い放つレライエが、三人を見下すように睨み付ける。普段は穏やかな笑顔を浮かべるレライエが、こうして威圧的に振る舞うのは、なかなかのど迫力だ。対する三人の敵は、見事に萎縮してしまっている。
「黄金の魔王様に準じる硬さって事っすか……? うへぇ……、無理っしょこれ?」
「ハンッ!! 三大魔王っつっても、オールは一番の下っ端だろ!! だったら俺にもなんとかなるッ!!」
「ならねーっすよ! これだから竜は嫌なんすよ。戦力差くらい、ちゃんと見極めてほしいっす!」
「しかし、我々がここで退くわけにはいかん。撤退する友軍の為、相打ち覚悟で特攻あるのみ!!」
泣き言を言いつつも、決して逃げだそうとしないグザファン。自らを鼓舞するように虚勢を張るムシュフシュに、ただ静かに決死の覚悟を決めるクヌム。
三人ともレライエだけに注視しているように見えて、上空の魔人にも気を配っているあたりは流石だが、やはり実力差は歴然だった。――――そこに――――
「ぅおおおおおっ!?」
地上で戦っていたパイモンが、タラスクスの尻尾を抱えて、ジャイアントスイングよろしくブンブン振り回しているのが見えた。――――え? なにやってんの?
「うああああぁぁあぁぁぁぁぁああああ!?」
信じられない事に、パイモンはそのままタラスクスの巨体を、上空へ向けて放る。まっすぐ、ムシュフシュへと。叫ぶタラスクスも、自分の身に起きている事が信じられないと、目を見開いている。
それはそうだろう。あんな巨体を、空で戦ってる連中のところまで投げ上げるだなんて、いったいどれだけの力が必要なのか……。レライエも大概規格外だが、パイモンもそうとうである。
「なぁにやってんだテメェはッ!?」
タラスクスより小さな体のムシュフシュは、まさかの事態に慌てふためき、隙を作る。
「ヤベェっすッ!!」
すかさずフォローに入ろうとしたグザファンだが、上空から音もなく飛来したナイフによってたたらを踏んだ。空中だけど。
「うぉぉおおおおおおっ!!」
隙を突くように、レライエが大きな口を開いてタラスクスとムシュフシュという、二頭の竜へと迫る。迎え撃つムシュフシュは、体勢の悪さを裂帛の気合いで誤魔化して蛇の頭にある、一対の角をレライエの鼻先へと向ける。
だが、どう見ても空を飛べないタラスクスのフォローに気を取られすぎていて、まともに迎撃できるとは思えない。
「蜥蜴の類としては、そこそこ楽しめました」
最後に、嗜虐的にそう言ったレライエの口から、夜桜色のブレスが放たれ、二頭の竜が呆気なく、その圧倒的な奔流に呑み込まれる。
地上のクヌムがどうなったかとそちらを見れば、パイモンが制圧していた。やはり、魔法使いは近接戦闘で倒すのがセオリーだからね。空に気を取られてたクヌムが相手なら、パイモンが有利だったという事だろう。……いやまぁ、あのタラスクスをぶん投げるようなパイモンなら、普通にタイマンやっても勝てたと思うけどね。
ボタボタという鈍い音が周囲に響き、二人の竜が地面へ落下する。体からは、プスプスと煙が上がっている。だが、どうやら生きているらしい。虫の息に合わせて、微かに体が動いている。最後に残ったグザファンは、流石に抵抗は無意味と悟ったのか、両手を挙げてゆっくりと地上へ降りていく。
……ふぅ。一時はどうなる事かと思ったが、どうやら戦闘はこちらの勝利のようだ……。
ホッと胸をなでおろす僕は、地上で伸びてる二人の竜と、グザファンを警戒して睨みを利かせているレライエと、クヌムに神鉄鞭を突き付けているパイモンを見る。
二人とも、怪我らしい怪我もないし、一安心だ。あとは、四人を捕虜として天空都市へ送り、早々に撤退をしよう。
やっぱり僕には、普通の戦場というのは性に合わない。危なっかしくて、ヒヤヒヤする。いっそ、この辺りに新しいダンジョンでも造って、敵軍を十把一絡げに一網打尽にしてしまった方が、心労が少なくて済む。できるかできないかでいうと、それもできるのだが、やっぱりコスト面では無駄が多すぎる。
「なんにしても、心臓に悪い…………」
仲間たちが戦うくらいなら、勝てなくても自分が戦った方が、かなり気が楽だ。死にたくはないが、それでも女の子たちが傷付くのを見るくらいなら、自爆でもして敵を道連れにする方が遥かにマシだ。
●○●
「我が主ぃぃぃぃいいい!!」
戦っていた三人を労おうとしたら、真っ先に全身真っ黒の魔人が絶叫して迫ってきた。
えー……。
僕を見るなり、いきなりこれである。涙と鼻水を撒き散らし、鬼気迫る形相で取り縋ってくる黒の魔人。なんというか、せっかく格好良く登場したというのに、実に台無しな姿である。
僕のお腹に、その目と鼻から流れる体液を擦り付けながら、黒の魔人は言い募る。
「ようやく……! ようやくお会いできましたっ!! 我輩、このときを一日千秋の思いで待ち望んでおりました!!」
「えーっと……。ありがとう?」
感涙に咽び泣く魔人に、僕は疑問符付きのお礼を述べる。正直、なんと返していいのかよくわからない。
「地下迷宮より見出されてこの方、青い悪魔と紫の龍にこき使われ、我輩は……っ、我輩はっ!!」
「えーっと……」
本当にどうしようか……?
僕のお腹に泣きついたまま、文字通りの泣き言を繰り返す魔人に、僕はほとほと困り果てる。
その凛々しい外見からは予想できない程、みっともなく嗚咽を漏らす黒い魔人。立てば僕よりも背が高いはずなのに、こうして縋られていると、見た目以上に幼く思える。まぁ、たしかに生まれたばかりなんだけど……、これはなぁ……。
っていうか、まず青い悪魔って誰? 赤い悪魔なら知ってるけど……。
「ずびばぜんー……。もっど、ちゃんどお目見えじだがっだのでずがぁー……」
「あーあ……」
端正にできた顔を、ぐっちゃぐちゃに崩して縋ってくる黒い魔人。全身真っ黒のなか、その青い瞳だけが大粒の涙に濡れて引き立っている。
せっかく忍者っぽく登場したというのに、なんと残念な姿だろうか。どうやらレライエと青い悪魔さんに、そうとうメンタルを削られたようだ。
「よしよし、よく頑張ったな?」
「うわぁぁぁあああ! 主ぃぃぃぃ!!」
僕は彼の背中をポンポンと叩いて宥めながら、周囲を見る。フルフルはこの少年を心配そうに見ているが、マルコとミュルは頬を膨らませている。
しかしこの魔人は、二人と違ってかなり知能が高そうだな。会話もちゃんと成立するし、グザファンとの戦いで背後を取るという戦法を使えていた。まぁ、ミュルはある意味、頭はいいと思うが……。
「なぁ、なにがあったかは後々聞くからさ、とりあえずちゃんと挨拶させてくれないか?」
「はい…………」
どうにも感情の収拾がつかなくなっている黒い魔人。彼を宥めつつ提案すると、意外と素直に離れてくれた。涙と鼻水がべったりとついた学ランで自己紹介するのは格好がつかないが、まぁ、この格好が付かない感じも、僕らしいだろう。
「やぁ、僕は第十三魔王アムドゥスキアス。ダンジョンマスターだ。《魔王の血涙》に建造されたかの大迷宮の主にして、君たち魔人の生みの親。君は、あの地下迷宮で生まれた、最後の魔人って事でいいかい?」
「…………は。ご慧眼の通りです」
跪いて頭を下げる、黒い翼と黒い髪の魔人。こうして顔を伏せると、実に絵になるな。まさに、忍者って感じだ。……顔を上げると、目元と鼻頭が真っ赤になっているが……。
「そうか。アンドレから聞いてるよ。ようやく会えて、僕も嬉しい。遅くなったが、名前をつけないとな」
僕がアンドレの名前を出すと、なぜか顔を伏せたままの魔人の肩がビクリと跳ねる。なにかあったのかな?
「カラスか……」
烏の悪魔はいくつかいる。マルファス、ストラス、ラウムとか。鳥の悪魔となると、さらに増え、翼のある悪魔となると、もう両手の指の数では全然足りなくなる。
「そうだなぁ……。烏、烏かぁ……」
マルファスはないな。あれは、やっぱりハルファスとセットの悪魔だろう。となると、ストラスとラウムか。ストラスは『薬学』の権能を有する悪魔で、ラウムは『窃盗』の権能を持つ悪魔だ。この二つなら……。
「そうだな。君の名前は、ラウムにしよう」
ラウム。ソロモンの七十二柱の悪魔の一柱。王侯貴族の屋敷から財宝を盗み出す、烏の悪魔。都市を破壊し、人間の尊厳をおおいに貶め、和解を促す、三十の軍団を指揮する伯爵である。序列は四十。
以前使ったモノホンの悪魔、アンドロマリウスの正反対みたいな悪魔の名前を、僕はこの黒の魔人――――ラウムにプレゼントする事にする。
「よろしく、ラウム」
「ハァッ!! このラウム、我が身朽ち果てるまで忠節尽くします!! どうぞこの命、御身のお好きなままにお使い潰しくださいっ!!」
僕の前で跪いたまま、ラウムは誓いを立てる。仰々しく、暑苦しい。
「うーん……。君はあれだね。ちょっと面倒臭いね」
「なぁッ!?」
正直、マルコとミュルの方が、万倍扱いやすい。だが、そんな僕の言葉に、ラウムはおおいにショックを受けたようで、その泣き腫らした顔を、再び悲しそうに歪ませた。
「ああ、ウソウソ。だから泣くな。な?」
「……はい」
頷いたあと、ずびびと洟を啜るラウム。いまだ、目尻と鼻の頭は赤い。なんというか、言動に反してその内面は随分と子供っぽい感じだ。
はぁ……。せっかく、割と普通な魔人が生まれたかと思ったのに、こっちもこっちで子供なのか……。
もしかして、魔人ってやつ等は、総じて主人を煩わせる性格で生まれるのだろうか? だとすれば、魔人量産計画は、是が非でも――――非が是でも阻止しなくてはならない。
「キアス様、こちらにお出ででしたか」
ラウムがなにやら長々と口上を述べていると、その背にパイモンを乗せたレライエが飛んでくる。下を見れば、いつの間にか二人の竜と二人の魔族は見えなくなっていた。おそらく、天空迷宮の捕虜収容施設に送られたのだろう。
「レライエ、ご苦労様」
「いえ、パイモン殿のおかげで、拙くも勝利をおさめられました」
「いいえ、そんな事はないです! レライエなら、私がいなくても勝てたように思います。すみません、キアス様。さっきはああ言いましたが、予想以上にレライエが強かったみたいで……」
「パイモンもご苦労様。まぁ、たしかに強かったねぇ……」
一方的に追い詰められているように思えて、結局無傷だしね。
「いえ、攻めあぐねていたのは事実です。やはり、第七魔王様直参だった者たちの実力は、なかなか侮れないようです。サンジュ様、プワソン様には、少々厳しいかもしれませんね」
どうやらレライエは、敵の実力を計っていたらしい。まったく、そんな余裕があるなら、さっさと倒して欲しい。心配するこっちの身にもなってくれよ。
「それを踏まえると、やはりパイモン殿は見事の一言に尽きます。どうやって、その齢にして、その実力を身につけられたのか、少々気になるところでございます」
「うん。僕も気になるな。とはいえ、それはあとでもできる。今は撤退が最優先だ」
「そうですね。このまま敵陣を貫くのも面白そうではございますが、この戦力ではやや心許ないのも事実。勿体無くはございますが、致し方ございません」
「やっぱり、深追いするつもりだったのか……」
だとすれば、あの四人の懸念は大当たりだったわけだ。決死の覚悟でレライエを足止めしたのは、無駄ではなかったというわけだ。
「もう撤退の指示はしちゃったし、目的は果たしたんだ。さっさと帰ろう」
「かしこまりました。主力と主力で鎬を削るのも、戦の醍醐味でございますものね。なにより、それで痛むのはこちらの戦力ではなく、第九、第十二魔王様と、第八魔王様の戦力です」
「相変わらず、腹黒いんだもんなぁ、レライエは」
そうこうするうち、撤退の準備が整ったという連絡が入る。そのまま撤退するように指示し、僕等も帰投の準備をする。
というのも、このまま転移の指輪で帰ると、飛行機を置いてく事になる。飛行機で帰ればいいのだが、それはどうにも迂遠であろう。部下たちが一瞬で帰るのに、上司である僕があとからえっちらおっちら追いつくのは、格好がつかないというものだ。
一度地面へと降り、飛行機を鎖袋にしまう。それから、全員が転移の指輪を使って、あの第九魔王と第十二魔王のいた、本陣へと戻るという運びだ。
「全員、用意はいいかー?」
僕の問いかけに、パイモン、フルフル、レライエ、マルコ&ミュル、アリタ、ココと新参のラウムが頷くのを確認し、転移の指輪を発動させ――――ようとした。
「つーかまえた」




