二人の近衛兵っ!?
今現在、ここ魔大陸にいる人間は、城壁都市ソドムにいるものを除けば、フォルネゥスとこのシュタールだけだ。いつもはシュタールと一緒にいる勇者パーティの子たちは、城壁都市でお留守番である。まぁ、お留守番といいつつ、彼女たちは彼女たちで、シュタール抜きで地下迷宮に潜り、荒稼ぎを目論んでいるらしい。彼女たちといっても、乗り気なのはアニーさんだけだったように思うが…………。
「いや、俺は別に『参加させろ』とまでは言ってないっつの」
シュタールは物珍しそうに、魔大陸の風景を見回している。特段、見ていて面白いものもないだろうに。さっきまでオールの龍バージョンの姿に瞠目していたというのに、忙しい奴だ。
「俺は、単に『お前が心配だ』って言っただけだ。お前、ついこないだ怪我で寝込んだばっかじゃねーか」
「だったら、お前が僕を守れって連れてきたんだろ?」
「いや、まぁそうだけどよ……。いいのか、俺がここにいて?」
「というと?」
僕が首を傾げると、シュタールは呆れたような目で僕を見てきた。
「いや、お前は真大陸と魔大陸を分断する為にダンジョンを造ったんだろ? なのに、真大陸の人間であり、勇者でもある俺が、こうして魔大陸に入り込んでいるのは問題ないのか?」
「ああ、そういう事」
問題があるかないかでいえば、ある。まぁ、ないわけじゃないって程度だし、微々たるものだ。その為に、アニーさんも含めた勇者パーティは、今回不参加にしてもらったんだから。下手に何人も連れてくると、僕が監視しきれない。
「だから転移の指輪とか使うなよ? 使ったらマジ絶交な」
「ガキかお前」
まぁ、正直、こいつがいて少し安心しているのも事実だ。連れてきたのは予定外だったが、こうしてそばに侍らせていると安心感が違う。……色々とね。
「まぁ、パイモンちゃんやレライエちゃんが忙しくしてるみたいだし、護衛に不安があるのはわかるけどな」
「おいおい、なにを勘違いしてるんだい、このおバカの勇者くんは」
「え?」
「僕はこう見えても、一国一城の主だぜ?」
「一城どころじゃねーけどな」
「はいそこ、揚げ足を取らない! とにかく、魔王である僕は、それなりの部下を抱えてるんだ。近衛兵だっているんだぜ? 王様みたいだろ?」
「正真正銘魔王だろ、お前」
「揚げ足を取るなっつの!!」
「お前の足、揚げっぱなしだな……」
失礼な。僕はツッコミ役だぞ?
「にしたってよ、その護衛もなぁ……」
シュタールは苦笑しつつ、僕の護衛を務める二人を見やる。
緑の肌、短い角、大きな鼻の小人と、焦げ茶色の体毛に体の八割を覆われた、猪のような顔の、子供のような体躯の女の子。ゴブリンのアリタと、オークのココだった。
「ココ、キアス様、守る」
「っす。いくらキアス様のお友達だからって、俺たちをバカにしたら痛い目見るっすよ?」
普通の魔族からしたら矮躯といって差し支えない小柄な二人が、学ランを着て、オリハルコンでできた軽鎧を纏い、同じくオリハルコンでできたドゥ・サンガを装備している。
うん、なんつーか、僕も大概魔大陸の常識に疎い事は自覚してるけど、きっとゴブリンとオークがオリハルコンを使った武具で武装させるというのは、絵に描いたような〝猫に小判〟な光景なのだろうな。
ゴブリンもオークも、魔大陸においては低級な魔族に分類され、一段低く見られがちだ。まず体が小さく、膂力もほぼ人間並み、魔法適性もそこそこしかない種族である。いくら僕の陣営が、できたばかりの烏合の衆とはいえ、流石にゴブリンやオークたちよりも上級に属す魔族の部下はいるし、その中で信用できる者もいる。
ならばなぜ、こんな戦場にこの二人を連れてきたのかといえば……――
「あぶない」
やや舌足らずで、のんびりした口調とは裏腹に、ココが二股鉾を振るうと、鋭い金属音が周囲に響き、真っ二つになったなにかが地面に落ちる。たけの〇の里?
「あそこっすねっ!」
ココに目を奪われていたら、アリタが懐から取り出した投矢を投擲する。周囲より少し深い草むらにそのダートが飛び込むと、鋭い断末魔が鳴り響いた。
「ホーンアローっすかね?」
「ん。たぶん。鳴き声、似てた」
ココとアリタが話していると、オールの従者がダートが刺さったウサギのような魔物を拾ってきた。
あれが、ホーンアローである。
影から角を飛ばして攻撃してくる、不意打ちの得意な魔物だ。今はそこになにも生えていない額に、普段は角が生えている。その角を矢のように飛ばして攻撃してくるのだが、見ての通り一回攻撃すると、しばらく角が生えてこない。そうなると、ホーンアローに攻撃手段は残されていないので、一撃に全てをかけた魔物だともいえる。
これだけだと弱そうに聞こえるのだが、しかし、真大陸でも魔大陸でも、このホーンアローは厄介な魔物として認識されている。
なぜなら、非常に珍しい事にこのホーンアローは、逃走する魔物なのである。
「なるほど。ホーンアローを難なく狩れんなら、ある程度は安心か」
「だろ?」
あっさりとホーンアローを狩る二人を見て、シュタールも納得の表情を浮かべてそういった。
僕がこの二人を護衛として連れてきた理由は、ただ単純に強いからである。
ホーンアローは、角を飛ばした後は文字通り脱兎のごとく逃走する、一撃離脱の魔物だ。角が生え変わるまでは穴などで息を潜めて隠れ、なかなか見つける事ができない。角は丸一日あれば生え変わり、同じ場所にとどまっているという事もないので、潜伏中のホーンアローを見つけるのは、完全に運頼りになる。
その厄介さは、ただ強いだけの魔物の比ではない。なぜなら、普通の魔物は生物に対して、執拗に攻撃を繰り返すのだが、その分すぐに倒される。だが、ホーンアローは逃走するので、下手をすると狩られないまま、潜伏してしまう。そうこうしている内に次の個体が生まれ、どんどん増えていく事がままあるのだ。さらに、ホーンアローが増えすぎると、商人の往来などに多大な悪影響がでる。
草むらから、マシンガンのような勢いで角が飛んで来れば、そこそこ腕に覚えのある魔族でも、大怪我を負う事がある。これが人間の場合は、言うまでもないだろう。
真大陸では、襲われたあとに逃走され、冒険者組合に報告しないと罪に問われる国があったり、その報告があると、領主が直々に冒険者に討伐依頼を出したりするような魔物である。魔大陸ではそこまででもないが、ホーンアローを返り討ちにできれば一人前と言われている程だ。無論、普通ならゴブリンやオークが、当たり前のように狩れる魔物ではない。
「ココ、キアス様、ちょー守る」
「まー、上級の魔物までなら、俺等でなんとかなるっす!」
なんか、強くなっちゃったんだよねー、この二人は。他のゴブリンやオークたちは、最低限身を守れる程度の護身術は使えるのだが、ホーンアローを狩れる程ではない。まぁ、実はこの二人、日頃パイモンと一緒に、地下迷宮にアタックしていたら、いつのまにやらこんなに強くなっていたらしい。
「ウチのココとアリタは、普通のゴブリンやオークとは違うのだよ」
「普通のゴブリンやオークを知らねえよ」
「あれ? お前、前の戦争で戦わなかったの?」
コションのアホが、真大陸に攻め込んだっていうときに。
「んー? たぶん、いなかったと思うぞ?」
首を傾げつつ、自信なさそうにそう言うシュタール。この調子だと、もしかしたら忘れてるだけかもしれないけどな。
まぁ、コションは下級の魔族とか、配下に入れなさそうだよな。パイモンを雇い入れるチャンスをフイにするようなアホだし。
「のう、キアス?」
そこで声をかけてきたのは、天を衝かんばかりの威容で宙に浮いている金の龍ーーオールだった。
「その人間は、誰なのだ?」
やや拗ねたような声音に、僕は面倒事の予感を感じて、ため息を吐いた。
やっぱ、連れてこなきゃよかったかなぁ……。
宣伝です。
『ダンジョンの魔王は最弱っ!? 四巻』が八月十日に発売予定だそうです。
オールとレライエがでますよー。魔大陸がめっちゃふぃーちゃーされてますよー。いっぱい人外がでますよー。つか、人間がほとんどでてきませんよー。でてくる奴、だいたい異形ですよー。化け物、妖怪変化、モンスターのオンパレードですよー。
……あれ? 宣伝でしたよね……?