幕間・商業都市ベルトムーア・2
まるで前哨戦といった雰囲気の自己紹介を終え、私は支配人に案内されて、彼等の座っている円卓へと腰を下ろした。あえて今さら注釈する事でもないのだが、この卓も、椅子もそうとうな高級品だ。
「さて、私はどの程度話に乗り遅れましたか?」
「いえいえ。さっきまではお互いに持っている情報を交換していただけです。詳しい話はこれから、というところです」
にこやかに笑いながら、ベルトムーアの市役人も務める大商会の主、ナッシュ・ガット・ルイーザ・ロイドハイド殿が答える。大きな体に、熱意が爛々と輝く双眸。まるで戦士のような偉丈夫だが、その装いはぴっちりとしたスーツ姿である。その体格も相俟って、まるで壮年のような外見の彼は、しかしその実年齢は五十四歳という、老境に一歩足を踏み入れた年齢だったはずだ。
「チュール殿。なにかお飲み物でもお持ちしましょうか?」
まるで執事のような事を言うホテル王、ジルベール・エル・シュルス殿。彼の格好も、燕尾服という執事のような出で立ちだが、私をここまで案内してきた支配人の身に着けている服と比べると、段違いの質である。このままどこぞの国王の御前に立っても、なんら恥じ入る必要のない衣装だ。
「では、酒以外でなにかお願いします」
「わかりました」
私の注文を聞くや、シュルス殿は席を立ちあがり、部屋の奥へと足を向けた。まさか、彼自ら私の飲み物を用意するのか? すぐそこに支配人がいるのに?
その支配人が、慌てたようにシュルス殿の後を追って、部屋を出ていった。
彼のような大富豪ともなれば、もう少し傲慢に振る舞ってほしいものだが、そうやって反感を買っているようでは、大成する商人になどなれないという事なのだろう。いや、それにしたってシュルス殿のあれはどうなんだ? 彼のような大人物を、図らずも顎で使ってしまった私としては、非常に心苦しい思いを強いられているのだが…………。
「お気になさらず、シュルス殿は元来、おせっかいなタチなんですよ」
そう言って苦笑しながら声をかけてきたのは、デミトリ・スペラント殿。
全体的に丸いシルエットの彼は、その丸顔に人のよさそうな笑みを浮かべて、こちらに笑いかけてくる。やや肥満体型から相手に与える印象は、不摂生ではなく愛嬌だ。相手の警戒心を解くような、その笑顔もあいまって、どこか〝いい商人〟のお手本のような外見の男だ。
無論、彼が本当にただの〝いい商人〟であるわけがない。ここにいる六人の大商人の中でも、このデミトリ・スペラントだけは、細心の注意を払って接しなければならない。
「そんな事より、さっさと話し合いの続きを始めない? 正直、私も暇じゃないんだけど?」
「然り。商人たる者『時は金なり』の精神で、時間は一秒だって無駄にしないものだ」
少し離れた場所でグラスを傾けていたアドミリタ・シュナイザー殿と、こちらは席につかず壁際にたったまま腕を組んで佇んでいるメフメット・エジュザジバシュ殿。だがそれに対する反応は、嘲りの色が見えるカルバン・ロス・ワインバーガー殿の言葉だった。
「おやおや、『貧すれば鈍する』とは言うが、こうまであからさまだと憐れみを禁じ得ないものじゃのう……」
「はぁ? ワインバーガー、あんた今なんて言った?」
「私は、間違った事は言っていない」
すぐさま食って掛かるシュナイザー殿とエジュザジバシュ殿だが、その姿は図星を突かれたようにしか見えない。まぁ、さもありなん。
アドミリタ・シュナイザー。女性、三十八歳、未婚。一代で財を成した才媛。全盛期には、国が買えるとまで言われた女商人である。今では少々トウのたった彼女ではあるが、それでも彼女の元には日夜多くの縁談話が舞い込む。しかし、女性である彼女にとって、配偶者は商会の指揮系統に支障をきたす恐れがあり、その為に未婚を貫く。
メフメット・エジュザジバシュ。男性、三十二歳、妻一人、子供一人。アドミリタとは逆に、彼は老舗、エルケン商会の五代目である。より正確にいえば、新米五代目というべきだろう。先代が引退したのがつい二年前。エルケン商会程の大商会ともなれば、二年ではまだまだ内部を掌握しきったとはいえず、聞く限りはきりきり舞いの毎日だそうだ。
ついでにカルバン・ロス・ワインバーガーの情報も確認しておこう。
男性、八十九歳、妻七人、子供十八人、孫二十人。愛妻家とも艶福家とも聞かないが、それでも家族が多い。ただし、女性関係に関しては潔癖という噂がある。
矍鑠とした雰囲気に騙されがちだが、基本的には冗談好きで、人当たりのいい好々爺だ。いや、まぁ……、基本的には、だ。
主に酒類を扱う商人で、高級酒から安酒まで、種々雑多な酒を商材としている。ちなみに、彼と私たちゴールドシュタイン隊商には、それなりの繋がりがある。彼の商圏の外から酒を仕入れてくる仕事は、我々の隊商にとっては重要な資金源でもある。とかく、酒の値というのはピンキリで、さらに酒飲みは財布のひもが緩い。高級酒だけではなく、その地、その場所でしか作られていない酒というのは、意外といい儲けになるのだ。近くの安酒も、遠くに運べば高級酒、なんて事もあり得るのが酒の売買なのである。
「しかしワインバーガーさん、チュール殿が訪れたのですから、ある意味ちょうどいいともいえますよ?」
フォローするようにスペラント殿が声をかけると、フンと鼻を鳴らしてワインバーガー殿もそれ以上なにも言わなくなった。まぁ、気持ちはわからなくもない。
これだけの大人物たちを揃えて『早くしろ』『時間がもったいない』はない。世界最大級の豪商たちと会える機会など、それこそいくら金をを積んででも得られない機会だ。時が金と等価だというのなら、今この時こそが値千金の時だろう。
同じ商業都市に拠点を構えているからといって、この二人とて他の面々と顔を合わせる機会は、そうそうないはずだ。
まぁ、それも仕方のない事か。彼等は今、少々追い詰められているのだから。
「では、パイモン商会。並びに、そのパイモン商会専属の行商人キアス殿について、改めて確認しましょうか」
クリスタルのグラスを持ったジルベール殿が、丁寧に私の前のテーブルへとグラスを置くと、場を改めるようにそう言った。どうでもいいが、彼が近付いてくる気配を感じ取れなかった。気付いたら隣にいた……。なに、この人?
「パイモン商会。第十三魔王の造ったダンジョン内部にある城壁都市に拠点を置き、そのダンジョンで取得されるマジックアイテムを主力にしている商会。特に、商会専属の行商人、キアスの商売の腕前は目を瞠るものがあり、パイモン商会は彼が一人で切り盛りしているといっても過言ではない。
ちなみに、主力商品はたしかにマジックアイテムだが、他にも化粧品、武具、塩、高級酒で有力な商材を抱えている。
キアス個人については、男性、十代前半、実年齢不明、商業組合に登録したのは約一年前。それ以前になにをしていたかは不明。奴隷だったとか、有力商人の隠し胤だったとかいう噂はあるが、この辺りは眉唾レベル。
前述の城壁都市の自治を担う一人であり、権力としてもなかなかのものを持つが、キアス本人は貴族や権力者との商売を厭う傾向がある。その分、商人同士の繋がりは重要視する傾向が強く、マフィアや後ろ暗い連中との付き合いも上手い。ことさら、貴族が嫌いなようだ。理由は不明。ただし、アムハムラ王家とは良好な関係を築いているという情報もある。あとは……――あの町の住人や冒険者には、かなり高い人気を博している」
つらつらと、件の商会の行商人についての情報を並べ立てる。
私が今日、この場に呼ばれた理由は、恐らくこの情報を持ってくる為だ。ゴールドシュタイン隊商を仕切る父にくっついて、物心ついた頃から真大陸中をめぐり、王国空運就航からは本当に文字通り、真大陸中を駆けずり回った私の持つ情報。それがあるからこそ、こんな大商人たちが、私のような木っ端商人を下にも置かないような遇し方をしているのだろう。
他には、父に悪印象を与えないくらいしか理由がない。
「――――そして、大富豪番付十番であるシュナイザー殿、九番であるエジュザジバシュ殿の座を奪うという、情報がある」
そう言って、私はパイモン商会――及び行商人キアスについての情報開示を終える。