勇者と仲間と枢機卿とっ!?
「面目ない、女には逃げられてしまったようだ」
大太刀を血振りし、納刀しながらフミさんが歩み寄ってきた。
「いえ、1人倒してくれただけでも御の字です。っていうか、フミさんはなんでこっち側に参戦したんですか?」
あの混乱していた戦況を、フミさんが過たず理解できたとは思えない。
「うん? 私は恩義故の助太刀だ。貴殿には色々と世話になっている。そんな貴殿が襲われていれば、助けるのは当然だろう?」
何を当然の事をとばかりに、平然と言い切るフミさんに、僕は呆れてため息を吐く。
「そんなに信用していいんですか? 僕は魔王ですよ?」
「ふむ。だから何だ? 戦に善悪など無い。あるのは敵か味方のみ。どちらに味方するかは状況次第だ。まぁ、だからこそ寝返りや裏切りもあるのだが………。
今回はたまたま貴殿に付いた。次は敵かもしれない。世の中というのはそういうものさ」
この人、本当に明治時代の人………? 元戦国武将とかじゃないの………?
「そ、それよりその人は? 何か和名で呼んでたよね? でも顔立ちは日本人っぽくないし」
「ああ、紹介しよう。大治郎だ。孤児でな、引き取って一端の槍使いに育て上げた」
「………お初にお目にかかります、小早川大治郎にございます」
堂々と胸を張るフミさんの後ろで、静かに頭を下げる。どうでもいいが、旧態然とした日本社会では、2人の立ち位置逆じゃね?
「青木家には今、この大治郎も含め20人ばかりの家臣しかいなく、所領も小さい。再興はまだまだ遠い。だが、粒は揃っていると自負するぞ」
ああ、成る程。あんたが青木家当主なわけね。
サムライ少女とでも言えば可愛げもあるはずなのに、さっきあんな大男を、文字通り瞬殺したのかと思うと全く萌えない。
「そうですか」
とりあえずそう言って会話を切ると、僕はザワザワと動揺している聖騎士達へと足を向かわせる。
「なんというか………、筆舌に尽くしがたい光景ですね………。それでも一言で表現するなら『絶望』、でしょうか………?」
疲れたように苦笑するロードメルヴィン枢機卿だが、それも無理からぬ事。隣にはフルフルとフミさん。後ろにはシュタールとサージュさんと大治郎さん。おまけに冒険者達。それ等が、魔王である僕の周囲に集まっているのだ。
確かに、真大陸の人間にとっては言葉にならない光景だろう。
「シュタールのみならず、サージュやアオまでも………っ! あなた方は、真大陸を滅ぼすつもりですかッ!?」
正直、今回はエヘクトルの言葉にも、頷かざるを得ない。この事が公にでもなれば、真大陸の混乱は必至である。過剰反応して、せっかく教会を潰したのに魔大陸侵攻、なんて話にもなりかねないのだ。
まぁ、その前に抑える自信はあるけど。
「そんな事よりロードメルヴィン枢機卿」
営業スマイルを保ちつつエヘクトルを無視して、僕はロードメルヴィン枢機卿へと話しかける。
「今回のこれは、あなたに貸し1つ、と考えても?」
向こうも貼り付けたような笑顔で答える。
「ええ、勿論。私の命を奪うと宣言した輩と、あなた方が戦ってくれた。ある意味、あなたは命の恩人です。
私にできる範囲でなら、なんなりと恩返しをいたしますよ」
つまりそれは、エドワルド・ロードメルヴィン・ボルバトス個人の恩であり、国や組織に与えた恩ではないと。まぁ、別にそれでいい。今さら教会に貸しを与えたとて、そんなものは不良債権以外の何物でもない。むしろ、彼個人に与えた貸しの方が高い。
「しかしッ! あれ等を倒したのは私とアオとシュタールですよ! 枢機卿猊下がわざわざ恩義を感じる事は―――」
「―――勇者エヘクトル君、それでも実際に彼は私を庇って戦ってくれた。一度は彼等を全員沈黙させ、その後魔王本人にまで傷を負わせてしまった。
これで、最後に倒したのが勇者だからと言って知らぬ存ぜぬでは、あまりに恩知らずだとは思わないかい?」
ゆっくりと語るロードメルヴィン枢機卿だが、それに反発するように表情を歪めるエヘクトル。
「恩などッ! 魔王相手にわざわざ―――」
「―――それ以上は言ってくれるなよ?」
ロードメルヴィン枢機卿は静かな声で、エヘクトルの激情に駆られそうになっていた言葉を制す。
「お互いの立ち位置を見てみたまえ。こちらには勇者が1人。向こうには勇者が3人。
わかるかい? この状況が、今の我々の立ち位置だ。
どうしようもなく愚鈍で愚かなアヴィ教上層部は、あろう事か勇者を敵に回したんだよ。君だって、教会の尖兵に暗殺されかけたのだろう?」
「………っ!」
ロードメルヴィン枢機卿の言葉に、悔しそうに俯くエヘクトル。彼は生粋のアヴィ教徒だからこちらにはつかないが、それでも今の教会を全肯定はできない様子だった。
「と言うか、君を暗殺しようとしたのは枢機卿派だし、私もそこに属していたのだが、君はその事に何も思う所は無いのかい?」
「はぁ、特に何も? ロードメルヴィン枢機卿猊下は、若くして枢機卿になったせいで、ほぼ発言権をお持ちではありませんでしたし。
仮に、我々の暗殺に反対しようと賛成しようと、それを枢機卿派は考慮しなかったでしょう。逆に、我々の暗殺がロードメルヴィン枢機卿猊下の発案だったとしたら、採用もされていなかっただろう、という安心感もあります」
「………ありがとう。そして君は、誰に対してもそんな物言いなのかい?」
ロードメルヴィン枢機卿の口元がひくひくいってる。エヘクトルの空気の読めなさは、本当に筋金入りだな。頭良さそうな雰囲気だけど、馬鹿なのだろう。知らずに周りに嫌われるタイプだ。
けど、その人実は枢機卿派を誘導して、教会を自滅させた張本人だぜ?
「とにかく、今は魔王を相手にしている場合ではないという事だ。今の急務は、国の立て直しと、教会に対する暴動の予防と鎮圧だよ。
そこで、私から勇者方に頼みたい事があります」
ロードメルヴィン枢機卿はこちらに向き直ると、僕の隣や後ろの勇者に頭を下げた。
その頼みの内容については、大方の想像はつく。暴動や反乱を効果的に抑えるため、勇者というキャラクターはとても便利だ。そして、最も犠牲を出さずに争いを制すには、勇者が魔王を倒してしまうこと、と相場が決まっている。
つまり―――
「我が国で革命を起こし、教会の腐敗を正していただきたい」