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 閑話・10

 たらたらたららららららららら。


 ペレ達の演奏と、観客達の歓声。聞こえるのはただそれだけだ。

 熱気渦巻き、宗教と化したこのコンサートも、今の曲を最後にアンコールも終わりである。定期的にゴモラで開催するコンサート。音楽を知らなかった魔族達にとって、このコンサートはこれ以上ない娯楽なんだとか。ぶっちゃけ、練習やコンサート自体にも時間をとられるので、辞めれるものなら辞めたいのだが………。

 アンコールが終わっても、熱狂的にアンコールを叫んで腕を振る魔族達を見るに、しばらくは無理そうである。だが―――


 戦いにしか喜びを感じないはずの魔族達の声援。それを聞いて、まんざらでもなさそうに笑むペレ。誰もが求め、そして満たされ、音を楽しんだ。




 だからこれは僕だけだ。




 僕だけの思いだ。本当なら表に出す必要なんかない、余計で邪魔で無粋な感情。しかし抑えられない衝動。体の中をうねり、燻り、しかし確かに燃えている思い。

 求められていない事はわかっている。理解されないとも、思う。まだ早い。時期尚早だ。土壌を完成させる事を優先すべきだ。わかってる。

 ―――わかってるんだ!!


 それでももう無理だ。押さえつけるのは限界だった。




 ギィィィィィイインン!!




 僕はわざわざここまで持ってきた、今までは役立たずだったそれを掻き鳴らす。思いっきり掻き鳴らす。

 音楽でもなんでもない、ただの騒音。異音。まるで僕の内に眠る衝動が唸るような、鮮烈な鳴き声。


 途端にシンと静まり返る会場。先程のボルテージは一気に冷め、さっきまで笑っていた観客、奏者、全員が静まり返って僕を見る。せっかく盛り上がっていた興奮に水を差され、沸騰するほどの高揚は、一気に氷点下まで下がった。


 僕の無粋な行為1つで。


 一瞬、やはり間違っていると思い直そうとした。だが、会場に居る奴等表情は、僕にそれを許さなかった。失望でも怒りでもない、ただ純粋な期待。それによって、彼等は僕を押し止めたのだ。


 彼等は聞いた。僕の唸りを。衝動の産声を。


 それは、新たな命の息吹。それを理解できないような奴は、この場にはいない。なぜなら、彼等は知っているのだ。この感覚を。誰もが、この大陸では聞いた事のない音が、どう進化していくのか、どう成長していくのかを。それに対する、一心不乱な期待。

 だがこれは、下手をすれば誰にも求められないかもしれない命。生まれてすぐ捨てられるかもしれない音。そうなった時を想像し、恐怖がぶるりと背筋を伝う。


 『大丈夫です、マスター。彼等なら』


 胸ポケットのアンドレに励まされ、僕はようやく踏ん切りって奴がついたらしい。いつもいつも、世話ばかりかけてすまんな。

 ならば後は、何が起きても歌いきるだけだ。勇者が攻めてこようが、魔王に押し倒されようが、最後まで。

 とりあえずここは、様式美としてこう言っておくのがいいだろう。


 「これは所謂オールディーズだけど、………といっても、………僕の前いた所ではオールディーズだ」


 当時より、さらにな。

 僕は振り返る。こちらに観客はいない。奏者だけだ。皆、戸惑った表情でこちらを窺ってくる。まさかぶっつけ本番で演奏させる気なのか、と。




 その通り!




 「リズムはブルースで、Bから入って途中で変わるけど、後は適当に合わせてついてきて!」


 それだけ言うと、僕はもう一度振り返る。観衆。もう僕の感覚では、大観衆と言って何の差し支えもない人の波。

 それから抱えた『それ』に視線を落とす。これを作るため、わざわざ電気まで用意した。蓄電も、変電も、とても大変だった上に、この世界では大体の事が魔力で代用可能なのにである。細かい部分は流石に無理だったので、わからないものは悪魔ウァプラに協力してもらった。アムドゥスキアスと双璧を成す、細工師の悪魔。木工細工、金細工、楽器工芸は僕のお手の物だが、残念ながらこれには機械工学の知識も技能も必要なのだ。僕だけでは作れない楽器―――




 ―――それがこの、エレキギターなのである。




 僕は観客に向けて挑発的に笑うと、これからこの世界に生まれる革新的な命の名前を告げる。




 「じゃあいくぜ?ジョニー・B・グッド」




 指がネックの上で踊り、弾く弦が震えて産声をあげる。


 流れる、なんて悠長だ。転がるリズムは開始と同時に最高潮。今までの常識は置き去りにすっ飛ばし、新たな境地は怒濤となって押し寄せる。止まらない。止められない。マイクに唇を押し当て、僕は歌い出す。力強く、観客に押し付ける。


 地球を代表するロックンロール。


 これは僕のエゴだ。ついて来られない奴も居るだろう。呆れられるかもしれない。あるいは、今までクラシックばかりを伝えてきた僕が全く性質の違うこの曲を歌うことで、失望すらするかもしれない。それは、決してこの歌が悪いわけじゃない。まだ、これを受け入れる準備ができていなかっただけなのだから。

 それでも構わない。今は、今だけは。僕がそう決めた。


 行け、行け!


 今だけはこの快感に身を委ねよう。歌いたい歌を歌い、楽しみたい事を楽しむ。それだけだ。それだけが音楽なんだ。


 行くんだ、ジョニー!


 鬱積していた不満が、この痛快な歌詞に押し流されていくようだ。1人の田舎者が、ギター1つでどこまでも行く物語。僕はそれを歌う。


 最初に、呆然としていたペレ達が続く。ややぎこちなくも、それでもしっかりと付いてくる。ここで、映画の彼のようにパフォーマンスに走ったりはしない。つーか、無理。恥ずかしい。それに、あんな空気になるのは困るしね。


 次に、火が付いていく。観客達に。今までなら演奏中は静かにしていた観客達も、次第にリズムに合わせて腕が上がり、歓声が上がり、テンションが上がっていく。さっきと同じように、いや、それ以上のボルテージへと。


 だが、まだまだ!!


 お前ら、そんな湿気た歓声じゃ全然足りねぇだろうが!?


 行け!行け!


 声を張り上げ、挑発するように観客を煽る。すると、今度は客席からの歓声が一段熱くなる。


 まだまだ!!まだ燻ってんだろうが!?


 行けよ、ジョニー!もっともっと!


 肺よ潰れよとばかりに歓声が沸く。



 まだまだ!!

 一段熱く!!


 まだまだ!!

 一段熱く!!


 まだまだぁ!!

 一段熱く!!




 「ジョニー・B・グッド」







 鳴り止まぬ歓声に、僕は安堵と共に満足する。

 クラシックやオペラに傾倒した、僕が広めた音楽たち。勿論、それしか知らない魔族が求めるのはそれだけだ。音楽なんて文化が無かった以上、アレンジすらせず、ヘタクソな鼻唄を歌うのがせいぜいだ。それは別に悪い事じゃない。一度心臓を掴まれたら、最早逃げられないのが音楽というものだ。ほとんど麻薬だ。おまけに医者にだって治せない、中毒性を持った麻薬。ある意味で質の悪さは本家を超える。だから、待っていればいずれ、魔族の中にも音楽を生業にする者は現れる。それから、音楽はそれぞれ個性を持ち始めるのだ。むしろ良い兆候とすら言える。


 だが、僕がダメだった。


 クラシックは素晴らしい、オペラも美しい。どちらも崇高な芸術であり、僕が名前を忘れてしまった天才達の残した、人類の大切な遺産だ。

 だが、肩肘張らずに楽しみたい。歌う方も、そして聞く方にも楽しんでもらいたい。1人で楽しむには、この感覚は魅力的すぎた。とても独り占めなんか、できやしない。




 ………まぁ、端的に言って、代わり映えしない選曲に飽きてきていたのだ。




 新たに生まれた子供を言祝ぐ歓声に、僕はニヤリと笑う。

 「楽しんでくれて礼を言おう。だがテメェ等、まさかこれで終わりだと思ったか?」


 僕の衝動は、オール並みに子沢山だぜ?


 再び静まった会場に、僕は新しい命を生んでいく。全てを置き去りにするように、早く、速く、疾く、音楽を走らせる。


 もう止まらねぇって言ったろ?







 その日のコンサートは、予定の時間を大幅にオーバーし、そしてかつてない盛り上がりを見せた。どうやら、魔族の心臓は悪い奴等に鷲掴みにされてしまったようだ。

 熱く、限界まで加速した音楽は、どうやら魔族には合っていたようだ。この調子なら、真大陸とは全く別の音楽の体系として確立する事も出来るかもしれない。




 ただ、一番のお気に入りが、某カロイドの生物に歌えんのか、ってレベルの超速曲ってのはどうなんだ?





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