閑話・11
ハーツ。
このゲームを知っている人は多いのではないだろうか?
しかし、ポピュラーなカードゲームかどうかと聞かれると、首を捻る人は多いと思われる。何故なら、このゲームを知っている者の多くが、ハーツと聞いて思い浮かべるのは、液晶に映った画面であろうからだ。
そんな無味乾燥にこのゲームに触れ、そしてこのゲームから興味を無くしてしまう。
ハーツのルールは、ジョーカーを抜いたトランプを4人に13枚ずつ配り、その手札からお互いにカードを出しあってババを押し付け合うのが基本概要だ。これだけ聞けば、ババ抜きを連想するかもしれないが、このゲームのババは何と14枚もあるのだ。
ハートのスート全てと、スペードのクイーン、計14枚である。
最初の親は、クローバーの2を持つものが担う。最初にそれを出し、時計回りに親が出したスートに合わせたカードを出し合う。4枚出た時点で、一番高い数字を出した者が次の親になり、場のカード総取りとなる。親になると自由にカードを出せるのだが、他のスートが手札にある状態では、ハートだけはそれまでに場にハートが出ていない限り出せない。
手札に指定されたスートが無ければ、手札にあるカードを好きに出す事ができ、そのカードはどんなに数字が大きくても捨て札として扱われる。つまり、勝敗に考慮されないわけだ。
ここで、ハートの捨て札が出て初めて、親もハートのスートを指定して場に出す事ができる。
だが、1ターン目だけは、手札にクローバーが無くても、ハートやスペードのクイーンは出せない。
最終的に手札が全て無くなるまで行い、取得してしまったババの数得点が加算される。ハートは1枚1点、スペードのクイーンは1枚13点。プレーヤーの誰かが100点になるまでゲームを行い、その時点で最も合計得点が少なかった者が勝者となる。
ここで1つだけ注意点が存在する。ある特殊ルール―――
『シュートザムーン』
ハートのスート全てとスペードのクイーン、つまり全てのババを手に入れた場合、当人は加点0で残りの3人に26点ずつ加算される。
ただ、1枚でも取り逃してしまうと、下手をすれば25点加算されてしまうので、この方法は諸刃の剣である。
さて、ここまで説明すると、あるいはもうこのゲームが、中々普及しないわけを察していただけたかもしれない。
このゲームは、運の介在する割合が限りなく低く、駆け引きと戦略が重要な、ストラテジーゲームなのだ。
他プレーヤーとの駆け引きの要素は、ポーカーなんかより圧倒的に重要だ。そりゃあ、パソコンに入ってるだけのプログラム相手では、さぞつまらなかろう。何せ奴等は駆け引きをしない。ただ単に、効率的に、淡々と手札を消費するだけの相手。このゲームをするにあたって、そんなつまらない相手はいない。
表情もなければ、声も出さない。出す札にすら駆け引きが存在しない。ハッタリ、揺さぶり、ダミー、嘘、それこそがこのゲームを面白くするのである。相手を上手く騙しきれば、シュートザムーン4連発で決着、という事もあり得る。あるいは素直に、ラブゲームを重ねる事も可能である。ただただ論理的にカードを出し続けるプログラムなんかを相手にするには、勿体無いゲームなのだ。それでは、このゲームは面白さ半減どころか10分の1以下と言って良い。
「誰か!誰かキアスを止めろ!」
「私は無理だ!手札を消化してしまっている!」
「………僕も、数字が低い………。………場が乗っ取られてる………」
シュートザムーンまっしぐらな僕に焦ったシュタール、アニーさん、ミレが談合を始めるが、僕はそれをほくそ笑んで眺める。
もう奴等に打つ手はない。消化したカードを確認すればわかる事だが、僕ら4人の中で8以上のカードを残してるのは僕だけだ。おまけにそれはスペードの8。僕の手札は、既にハートとダイヤのカードばかり。他にはスペードのクイーン1枚のみ。つまり、僕が親で無くても、既に捨て札以外に使い道がないのだ。
何の為にクローバーを消費させたと思っている?
自然と消費傾向にあるスペードは放っておいてもいいのだが、クローバーは意識して減らさないといけないのだ。おかげでスペードのエースとキング、クローバーのジャックとキングを消費しなければならなかった。でないとどこかで、ハートごとかっ拐われてしまっていたかもしれない。
1枚でも取られるとシュートザムーンを達成できず、僕は負債を抱え込むわけだ。
予定調和のようにシュートザムーンを決め、シュタールの持ち点が100点を超えた。僕は1桁。
「くっそぉー!!また俺の敗けかよ!」
意外かもしれないが、カードゲームに無類の強さを見せるシュタールも、このゲームは覿面の弱さを発揮する。このゲームの特性状、絵札やスートの偏りは有利にはなっても、必ずしもそれだけで勝敗は決まらない。元々バカのシュタールには、荷が勝ちすぎてるゲームなのである。
「はい、じゃあシュタールさんは私と交代です。キアス様のやり方を見学してきた私が、今度こそキアス様に土を付けてご覧にいれましょう!」
「そうですね、流石に張り合いがないので頑張ってください。期待しています」
「「「………………」」」
あー楽しい。勇者パーティーをボコボコにするって、こんなに楽しいんだな。
「悪い顔になってんぜ、キアスさん」
呆れたような顔で酒のグラスを傾けながら、レイラは言った。彼女は、ルールを聞いた時点で、参加を諦めて、卓で酒を飲みながら観察していた。
前のゲームでも思ったが、中々の引き際の良さである。それを戦闘ででも活かせれば………。
「次は私がシュートザムーンを………」
「駄目ですアニー!それでは13枚のカードを押し付けられた挙げ句、残り1枚をキアス様が確保して終わりです!」
「………シュートザムーンは………、………ビギナーが狙うべき手ではない………」
何故か堂々と、結託の相談をする3人。
「むぅ………、ならばどうすれば良いのだ?」
「なるべく少なく皆にハートを分散させ、スペードのクイーンだけは何としてもキアス様に押し付けるのが良いでしょう」
「………でも………、………それはこのゲームの基本戦略………。………ハートを分散させつつ………、………自分ではなるべくハートを取らないようにする………」
そう、それが基本戦略。このゲームは、できるだけ早く高い数字のカードを、当たり障りのない場面で消費し、場にハートが出始めるまでに自分がババを抱え込むリスクを減らす。しかし、それの裏をかくのが『シュートザムーン』だ。あえて終盤まで高い手を残し、親権を確保し続け、それ以降出されるカードを独占する。他のプレーヤーは、数字の高いカードを消費してしまった状態では、それを止められないのだ。あるいは、手札次第では一種類のスートを溜め込んで、低い数字で場を独占する、という手もある。
親の出したスートを持っていなければ、他スートの捨て札を出さなければならない。いくら高い数字を出しても、それは勝敗に左右されない。本来は高い数字を消費するためのルール。だがそれを、逆に低い数字でも場を支配させるために応用するのだ。
「正攻法でキアス殿に勝てるのか………?」
「そ、それは………。しかし!だからと言って、シュートザムーン狙いは無謀です!」
「………………」
つーか、このゲームのプレーヤーは全員敵なはずなのに、いつの間にか僕とそれ以外の図式が出来上がってやしませんか?
まぁ、それでも負ける気はしないけど。
残念ながら、この人達はまたまだ初心者。僕だって上級者を気取るつもりはないけれど、中級者の末席くらいは汚せると自負している。まぁ、そういう自称中級者が一番痛い目を見るのは、どの世界でも常なのだが、この場合は生温かくそこを無視してほしい。
この人達はまだ、場に出すカードで嘘を吐く方法に気付いていない。プログラムの真似と言ってはなんだが、効率的に考えすぎているのだ。例えば、スペードのスートが3枚出た状態で、その中にクイーンが無い場合、手札にキングやエースがあれば、それを消費するのが定石だ。でなければ、スペードのクイーンが出た時にキングやエースしか無ければ、それを出さなければいけないからだ。
だがそこで、敢えてそれを出さずに低い手を出せば、手札にキングやエースが無いと判断するだろう。少なくとも、論理的にはそれが正しい。だがそれでこそ、裏をかく意味があろうというもの。その場合、スペードのスートで僕にクイーンを押し付けるのは断念せざるを得ない。それでもスペード押しするのも手だが、この方法をとる場合、本当に僕の手札にスペードのクイーンが無ければ、その間に他スートの高いカードを消費される危険も存在する。場合によっては、それで唯一残っていた勝ち目を消す事にも繋がりかねない。
要は結局読み合いなのだ。
さっきの僕のように、あるいはアニーさんが言うように、シュートザムーン狙いに絞る手もあるが、その場合、場を支配するだけの準備が必要である。他者の高いカードを消費させ、自らのカードを取って置く。しかもその間に、誰にもハートを取られてはならない。でないと、シュートザムーン狙いは、すぐバレてしまい、少しくらい不利益を被っても流れを止められ、ハートを奪われてしまう。ただ、敢えてそれを誘発し、相手に流れを持っていかれると同時に、その流れで相手にハートを集中させるのも手だ。
このハーツというゲームは、戦略の幅の広さが面白いのである。
お、クローバーのエースがあるな。最初の主導権は貰いだ。今回はラブゲームにしよう。




