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 翡翠龍山最悪の一日・後編

 「ブレス!?貴様!よもや龍でありながら我等に敵対するかッ!?」


 夜桜のようなブレスで仲間が吹き飛び、その先にいた竜も数十匹巻き添えを食らって塵と化した。


 そんな爆心地に立っているのは、1人の魔族―――いや、龍。


 人間の魔法使いのような出で立ちでありながら、激しい戦闘で脱げたフードの奥からは、黄金の巻き角が堂々と姿を見せていた。


 「これは異な事を。妾に敵対したのはそちらなれば、今さら妾がどのような出時であろうと関係ないのではございませぬか?」


 くつくつと妖艶に笑う女に、我々は背筋に走る悪寒を抑えられなかった。


 何を馬鹿な。我ら龍は、地上に生きるあまねく命の頂点に座す存在。魔王など、所詮は群れて身を守らねば我等に能わぬ存在。そんなものに、同じ龍が仕えているだと?


 悪い冗談だ。


 「龍でありながら誇りも持たずに魔王に追従するか、小娘!?貴様の存在は、我ら龍の誇りを穢す!今ここで滅してくれるわ!!」


 「これはこれは、真大陸の龍は本当に愚かこの上ありませんね。自らの上に力を求めず、自らの力の本質見つめず、自らを律せず、無意味に膨らんだ矜持だけを(よすが)とし、いっそ哀れなまでに虚勢を張ることしか知らない。

 宜しい。童に礼節を教えたるは先達の務め。あなた方に龍の礼節を教えて差し上げましょう」


 一斉に飛び掛かる龍と竜。その中心にあって、女はなおも妖艶に笑ってみせた。


 暴虐の風が吹いた。


 夜桜のような鱗に覆われた胴、それが竜巻のごとく、あるいは押し寄せる津波のごとく我々を薙いだ。

 50mはあろうかという巨体に、我等は一薙ぎに吹き飛ばされ、地に伏し、肉片と血霧が辺りを染めた。知能の低い竜共は既に逃げ腰で、我等とて満身創痍。


 強い。そして美しい。


 夜桜のような薄紫色の龍は、その巨体を天へと伸ばし、我等を睥睨する。


 その大きさ、いっそ柔らかな印象を持つ色合いと巻き角、歳経た龍のみが纏うことを許される神がごとき王者の貫禄。このような者が、自ら王を名乗るでなく、魔王に付き従っているというのか。

 馬鹿も休み休み言ってくれ。


 「本当に期待外れな方々ですねえ。よもやこれで終わりですか?これだけの数がいて、母上との訓練より遥かに退屈でございます。やはりあなた方にはこの程度、蜥蜴の親戚と同程度の戦闘しか出来ませんか」


 「ぐっ………」


 ここまで侮蔑を受け、なおも立てねば誇りはどうなるッ!?龍は後世まで魔王のペットと呼ばれる事になろう。


 「ヌガァァアア!!」


 「おやおや、まだまだ楽しめそうな方がいるではありませんか。今度は手加減をして差し上げますので、どうぞ一矢を報いてくださいまし」


 心底楽しそうに、それでいて酷薄に笑う女。こいつは!こいつだけは生かしておけぬッ!!


 「舐めるなぁぁァアア!!」


 我等の誇りを穢し、我等龍を軽んじ、我等を嘲笑うこの女だけはッ!!

 全霊のドラゴンブレス。命すら燃やせとばかりに、我が咆哮は放たれようとしていた。


 その時―――




 「止めよ」




 現れたのは我等が長、ヤーデ・フェイツイ。人間のような少女の姿は、下界で竜人族が崇め奉る龍神の姿だ。


 「状況が掴めぬ。そこな見慣れぬ暗龍よ、何故荒ぶる?」


 「さてはて、妾にも何故こうなったのかは、皆目見当もつきませぬ。

 そこらに転がる愚か者共にでもお聞きください。皆まだ息はありますので」


 女の言葉に、我は周囲を見回す。荒れ果てた地に伏す龍は、しかし確かに生きていた。飛び散った血肉は、全て竜のそれだった。

 安堵の息を吐くと共に、女に怪訝な視線を向ける。何故この者は、我等を殺さない?あの圧倒的な力量差があれば、やろうと思えばこの霊山ごと我等を葬れたはずだ。


 「ふむ。わからぬ。

 わからぬが、そなたは我等に敵対する意思はないと?」


 「最初はそうでした。しかし、真大陸の龍はあまりにも傲慢で幼稚。少々教育をして差し上げようかと思いまして」


 「あまり侮蔑してくれるな。龍とはプライドの高き幻獣ぞ。そのような物言いでは、この者達が貴様に攻めかかった事を責められぬな」


 「これは失礼。少々言葉が足りなかったご様子。




 長も含め、真大陸の龍は皆、少々恥を知るべきかと愚考いたします」




 慇懃無礼に言ってのけた女に、ヤーデは翡翠の瞳を向ける。


 「………ほう?」


 そこには、敵意以上に怒りの色が踊っていたのは言うまでもない。当たり前だ。長とて龍。それも、この霊山に住まう幾十の龍を束ねる最古参の龍。


 その誇りを傷付けて、怒りを買わぬわけなどないのだ。


 「何を後からのこのこと現れて、自らは関係ないとばかりに話しているのでございますか?


 部下の責任は長の責任。教育が行き届かなかったのなら、教育すべき者の責任。監督不行き届きは、監督の責任と相場が決まっております。にも関わらず、あなた様は現れてより一度も、妾に頭を下げておりませぬ。これが恥でなくて、何を恥と申しましょう。

 全裸で歩く鳥獣ですら、もう少しましな羞恥心は持っていると思いますが?」


 轟音。

 女が言い終わると同時に、その周囲は消し飛んだ。他ならぬ、ヤーデのブレスによって。山肌を削り、彼方へ消え行くブレスは、もしここが山頂でなかったなら、山の形が変わっていてもおかしくない威力を誇っていた。

 翡翠の鱗を持つ地龍、ヤーデ。古龍の1人で、その力は魔王をも凌ぐと言われ、神と崇められる程に圧倒的なその威風。精霊と同等の魔法適正、そして精霊にはない身体能力。これこそが、我等龍が地上最強である証。


 「小娘が。言わせておけば調子に乗りおって」


 それが今、我等の前に顕現していた。


 80mクラスの巨体に、輝く翡翠の巨体。稲妻を思わせる雄々しき角と、純白の鬣。まさしく王者。


 これではあの女と言えど―――




 「成る程、驕るにたる力量は認めましょう。飽くまで、引き籠りにしてはでございますが」




 馬鹿な………。


 女はなおも悠然と、その場にいた。


 「貴様………何者だ………?」


 やや怯んだ声音のヤーデに、我等は今日何度目かわからぬ驚きを禁じ得なかった。

 あのヤーデが、押されている?


 「何度も申しております。妾は第13魔王アムドゥスキアス様直属の配下、第4魔王オール・ザハブ・フリソスが第一子、レライエ。

 この度ノーム連峰に足をお運びになられたアムドゥスキアス様の命で、この地を縄張りとする挨拶に参りました」


 挨拶?ただの挨拶で、我等が聖域はこのような被害を受けたとでも言うのか?


 「オールだとっ!?貴様、オールの娘と言ったか!?」


 「いかにも。それが何か?」


 「………」


 ヤーデの顔色は、目に見えて悪くなっていった。

 あれ?震えてね?長?長ーーー?


 女―――レライエはなおも続けて口を開く。




 「それでは、魔大陸の龍として、田舎者に本物の龍がいかな存在であるか、ご教授して差し上げましょう」




 夜桜のようなブレスは、ヤーデを天高く舞い上げたのだった。





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