翡翠龍山最悪の一日・前編
キアス様からの命を承け、妾は小高い山を登っていました。
任務は、この山に住む龍にキアス様のご来訪という幸福を告げ、ついでに人間達の様子を知っていれば聞いておけというもの。
ああっ、レライエは今、幸福に打ち震えております。キアス様のお側で、キアス様のご命令を遂行し、キアス様のお役に立つ。なんと甘美な任務でしょう。普段の書類仕事とて、キアス様のお役に立ってはいるのでしょうが、こちらは喜びも緊張も一入でございます。いつも一緒なパイモンに、少々嫉妬してしまいそうです。
とはいえ、浮かれて任務を疎かにするわけには参りません。龍と言えば、母上が魔王になる前と同種の存在。真魔両大陸でも、魔王や勇者以外ではトップのポテンシャルを秘めた圧倒的強者。
その力は、個体によっては魔王すら凌ぐと言われる存在でございます。気を引き締めねば。
「何奴だ。ここより先は聖域、即刻立ち去れ」
そろそろ鬱蒼とした木々も疎らになってきた頃、唐突に声をかけられました。土色の肌に神官のような貫頭衣、禿頭でつり目の男は、敵意もあらわに妾の前でふんぞり返っておりました。
「あなたは、この山に住まう龍でございますね。
初めまして、妾は第13魔王様―――」
「立ち去らぬなら、死ね」
あらあら、随分と程度の低い龍ですね。
猪のように真っ直ぐ突貫してきた男の頭を片手で受け止め、妾は続けます。
「妾は第13魔王アムドゥスキアス様直属の配下、第4魔王オール・ザハブ・フリソスが第一子、レライエと申します。
以後はありませんが、お見知りおきを」
無礼者には、それ相応の対処が必要にございます。
頭を掴んだまま、妾はその無礼者を頂上へ向けて投擲いたしました。きっと、これで今から妾が向かう事がわかるでしょう。
キアス様のご来訪を祝福する準備も必要でございましょう。少しゆるりと歩いて向かう事にいたします。
愚かな龍は、どうやら1人2人ではなかったようでございます。龍ともあろうものが、何と嘆かわしい事でしょう。
山頂で妾を待っていたのは、なぜか祝福と礼の言葉ではなく、総勢20に届くかという龍と、小虫がごとき竜が幾百。
竜はともかく、これだけの数の龍が揃えば、人間の国なら一夜で焦土と化すでしょう。どこかの国でも攻め落とすつもりでございましょうか?
とはいえ、例え親龍を殺されたのだとしても、今はキアス様がいらしているのです。他の一切は雑事と同義でございましょう。
全ての瞳が妾に敵意を向けております。
1人の龍が、妾の前に飛んできました。比喩ではなく、20m少々の龍の体で悠然と宙を飛んできました。
「殺す前に聞いておいてやる。何故にこの地を侵す。我等は世俗に干渉せぬ。ただ龍の繁栄を願い、静かに生きるが我等が望み。
答えよ」
なんという事でしょう。これでは恐らく情報収集の役には立ちますまい。妾の2つ目の任務は、どうやら達成不可能のようにございます。忸怩たる思いです。
「妾は第13魔王、アムドゥスキアス様の使いで参りまし―――」
「魔王だと!?我等を滅ぼすつもりか!?」
「いいえ、キアス様の度量を、その他の程度の低い魔王と同列にされるのは業腹にございます。謝罪と訂正を求めます」
「ならば我等を隷属させ、戦の駒にでもしようと言うのか!?」
「ですから―――はぁ………。龍というのは思っていたものとは裏腹に、随分と稚拙な存在だったのですね。世捨て人を気取っても、所詮はただの引き籠りですか」
自らのルーツがこのような下等動物とは、なんと悲しい事でしょう。
「もういいです。最後に妾から、キアス様のありがたいお言葉を授けます」
妾は集まった龍たちを見限る事にいたしました。周囲の視線が集まる中、妾はキアス様のお言葉を、そのまま伝えます。
キアス様が領地管理を部下に丸投げしていた第9魔王サンジュ様と、第12魔王プワソン様に告げたお言葉をそっくりそのまま真似して伝えます。
「働け、クソニート」
龍の咆哮と爪牙が、辺りを蹂躙します。幾百の木っ端な竜も、ここぞとばかりに妾に群がってきました。
「おやおや、龍はいつから蜥蜴の親戚と仲良くなったのでございましょう?
まぁ、低能を絵に描いたようなあなた方には、お似合いのペットでございますが」
しかしそのような物、妾にとっては物の数ではございません。爪牙など歯牙にもかけず、あしらいます。
龍といっても、精々が10m程度、大きくても20mの者。母上とは比べるのも不遜な小物ばかりにございます。雑多な竜など、お話にもなりません。
竜の首を掴み、龍へと投げつけ、怯んだ隙にその軽い頭を地面へとめり込ませます。
「くっ、つ、強い………ッ!」
残った龍が怯えたように後ずさりますが、今さら何を怖じ気付いているのでございましょう。
これは、そちらが売ってこちらが買った喧嘩。よもやこれ以上無様をさらして、逃亡を企てるつもりではないでしょうね。
「舐めるなよ小娘がッ!?」
1人の赤龍が口を開いてブレスを放ちます。うねり、それでいて一直線に妾に殺到する炎の怒濤。しかし、その火炎さえも小さく貧弱でございます。
ああ、嘆かわしい。ドラゴンブレスとは、死と絶望の象徴とすら言われる、龍のアイデンティティーその物。龍が龍であり、龍である証明。すなわちレゾンデートルそのもの。それがこんな、儚く弱々しい火の粉とは。
正面から堂々と、そのブレスの中を突き進み開いた口の中へと降り立ちます。
「そちらこそ、小僧が図に乗るものではございませんよ?」
妾はその口内へ向けて、
ブレスを放ちました。




